第8話
部屋を後にした後、またエルザと二人っきりになった。この時間が僕の中で一番落ち着いていられる時間だった。
「レイン、エルザの家を案内するね」
「うんっ」
元気な声をエルザに返す。エルザは嬉しそうに僕の手を握り、家を案内してくれる。一通り家の案内が終わるとエルザは玄関に向かっていた。
「エルザ、どこに行くの?」
「街に行くの」
「見張もつけないで、行くのは危険だよ」
「大丈夫。いつもしていることだから」
エルザに引っ張られるままに玄関に手をかける。
「エルザ様!勉強の時間ですよ!」
エルザの肩がビクッと動く。怒っている様子のライラさん。僕にもひしひしと伝わってくる。
「えーと……ライラ……レインにお庭を案内してくる……」
エルザは僕の方を見て、何かを懇願している。
「はい……今から案内してもらう予定です……」
「エルザ様。街に行くと言っていませんでしたか?」
ライラさんは鬼の形相のような顔をしている。正直言ってとても怖い。
「えーと……それは……あのう……レイン!逃げるわよ!」
勢いよく扉を開けて、外に出ようとするエルザ。僕も引っ張られている。
「今日という今日は絶対に逃しません‼︎風よ!」
ライラさんは僕たちを風の魔法で空中浮かせて身動きを取れないようにする。そしてそのまま屋敷の中に強制的に戻された。
「エルザ様。今日は長い時間お勉強をしましょうね」
「嫌だ!絶対に嫌!レイン、助けて……」
エルザは駄々をこねる。そんなことはお構いなしにライラさんに手を引っ張られている。六歳の力では大人には勝てないみたいだ。
「分かった。レインと一緒なら勉強をする。だから離して」
エルザは屋敷から抜け出すことを諦めた。ライラさんはエルザの手を離す。半ば強制的に僕も一緒に勉強することになったのだが、勉強は嫌いではない。僕もエルザの後ろをついていく。
エルザの部屋について、もう直ぐ一時間が経過しようとしていた。エルザは机の上で伏せてしまっている。
「もう飽きたぁぁ。勉強を終わりにしたい‼︎」
「ダメです。まだ一時間しか経っていません。エルザ様もレイン様を見習ってください」
エルザの隣で黙々と勉強をする僕。この世界のいろんな知識を学べて、嬉しくなっていた。ライラさんの説明も分かりやすく、楽しくてたまらなかった。
「レイン、飽きないの?」
「全然、飽きない。むしろもっと勉強したい‼︎」
「むーっ!レインの裏切り者!」
「裏切っていない。エルザと違って僕は、勉強は好きな方なんだ」
僕の姿を見て、不満そうな顔をするエルザ。エルザの中では僕もエルザと一緒で勉強が嫌いだと思っていだのだろう。僕が勉強を辞めようとしないので、エルザも仕方なく続けている。自分が言ったことに対しては責任を持って実行するみたいだ。
トントン!トントン!
エルザの部屋の扉を誰かがノックしていた。
「はーい。今、出ますね」
ライラさんはゆっくりと扉を開けた。
「お父様。どうしたのですか?」
ライラさんの視線の先にはワイズさんが立っていた。ワイズさんとライラさんが親子だったなんて……。
「レイン様、カイル様がお呼びです」
「パパ様が?どうして?」
「伝えたいことがあるみたいです。一人でお越しください」
「分かりました。すぐに行きます」
「レイン、大丈夫?」
「大丈夫だよ。行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
エルザの部屋を出て、ワイズさんの後ろについていく。本音を言ってしまうとエルザと離れてしまって不安なのだが、エルザは勉強中だ。邪魔をしたくはない。ワイズさんがカイル様の執務室の扉をノックする。
「入って良いぞ」
カイル様の声が聞こえてくる。ワイズさんは僕を部屋の中に入れる。ワイズ様はついてこないみたいだ。
「カイル様、お呼びでしょうか?」
「レインよ。そんなにかしこまらなくても良いぞ」
「そんな訳には……」
「そうだよな、いきなりは無理だよな。私の考えが至らず、すまなかった」
「僕なんかのためにそんな……」
「レイン。自分を卑下する言葉は使うものではない。気をつけなさい」
「すいません……」
カイル様に叱られてしまった。僕は反省してすぐに謝る。
「私の子になった以上、エルザと対等な扱いをする。だから前向きに生きるんだぞ」
「はいっ」
カイル様は僕の頭に優しく手を添える。両親に落ちこぼれ扱いされたのに、カイル様は僕をエルザと対等に扱うと言ってくれた。とても嬉しかった。その言葉に少しだけ救われた気がした。
「そうだ、レイン。この部屋にある本が読みたかったのだろ。自由に呼んでもらっても構わないぞ」
「いいんですか?」
「昼食の時間まで好きなだけ呼んでくれ」
「ありがとう存じます。カイル様」
僕は読みたいジャンルの本棚の近くに寄り、手を伸ばす。
「んーっ。んーっ」
背伸びをして、本を取ろうとするが今の身長では全く届かない。ジャンプとしてみるが、届かない。仕事をしているカイル様に声をかけることはできずに困っていた。
「レイン。抱っこしてやるぞ」
僕を軽々と持ち上げたカイル様は僕が取ろうとした本がしまってある本棚に近づいてくれた。本棚と目線は一緒くらいだ。僕は気になっていた本を取る。
「ありがとう存じます。カイル様」
「いいんだ。何かあったら気軽に声をかけてくれ」
「はいっ」
僕は本を持って、執務机の前にあったソファーに座る。ソファーの前には机もあり、僕の向かい側にも同じ種類のソファーがあった。お客様が来たときに使用するのだろう。そして僕は本を広げる。本を広げてみるとそこには地図が描かれていた。
地図をよく見てみるとガーネルという名前とバイオレットという名前が描かれていた。ガーネルとバイオレットは隣に位置しており、バイオレットの方が数十倍も大きい領土を持っているように見える。
「カイン様。これは貴族が持っている領土が記されているんですか?」
「どれどれ、見せてみろ」
「レイン。これを見ただけでそんなことが分かるのか?」
「はいっ、ここにガーネルという文字とバイオレットという文字が書かれていたので、そうではないかと思いました」
「それだけの情報で……すごいぞ。レインの言う通りだ。これは中央大陸の貴族の所領が記してある」
「そして私の所領はここだ」
「広いですね」
「そうだろ、そうだろ。私の貴族階級は侯爵なんだ。所領には十万人以上の領民がいる」
「侯爵なんですか?すごいです。かっこいいです」
「あ、ありがとう。マジマジ見られると少しだけ照れるな」
頭をかきながら、少しだけ顔を赤らめるカイル様。侯爵と言えば、貴族階級第二位の爵位だ。そんな爵位を持っているなんて、尊敬に値する。僕は目を輝かせていた。
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