第6話

 ガーネル男爵家を出て三日が経った。太陽の高さが西側に傾いた夕方頃。着ている服の所々に穴が空き、ボロボロになってしまっている。僕は当てもなくただひたすら森を進む。ラーナさんからもらった食事は、今はない。


ぐうぅぅぅぅぅ!


腹の音が鳴る。二日間も何も口に入れてないのだ。当然の反応である。


「お腹空いたよぉ〜……」 


 僕は腹を押さえて、木の根元に腰を下ろす。体力はもう限界に近い。歩けなくなるのも時間の問題だ。こんな森の中ではいつ襲われてもおかしくない状況なのだ。安心して眠ることもできない。現在、三徹中なので睡魔にも襲われる。六歳の体では、後一日ともたない気すらしていた。


「もう限界だよ……楽になりたいよぉ……」


 僕の弱い部分が表に出てきてしまう。まぶたが重い。気力が持たない。体も動かない。


「ごめんなさい……ラーナさん。僕……もうダメかもしれません……」


 ドシドシと何かが近づいてくる。閉じかけた目で足音の方を見ると全長三メートルくらいのヒョウがいた。どす黒いオーラを発しており、普通の動物ではないことは一目で分かる。この世界における魔物と言うやつだ。ゆっくりと僕に近づいてくる。ヒョウのよだれが僕の顔に落ちる。餌だと思われているようだ。ヒョウの口が大きく開く。


「さようなら……」


 僕は目を静かに瞑る。二回目の死を覚悟した。幸せだったのは赤ちゃんの頃を含めると六年。短い人生だった……。


「その子から離れなさーい!ファイアボール!」


 胡桃色のロングヘアを一つ結びにして、前髪を少し目にかけた空みたいに透き通った水色の瞳を持つ僕と同い年くらいの女の子は叫ぶ。手から放たれた火球は一直線に飛んでいき、ヒョウに直撃する。ヒョウは慌てて僕から離れる。ヒョウは女の子に突撃をする。大きく口を開け、女の子を食べようとしているようだ。


「風よ、エルザの体を押して!」


 風がエルザと言う女の子の背中を押す。女の子は上空に浮かび上がりヒョウの突撃を見事に避けた。女の子は空中でバランスを取る。


「エアカッター!」


 風の刃がヒョウの体を切り裂く。ヒョウは体から血を出し、ふらふらになっている。あれだけの出血。魔物と言えど大ダメージだろう。エルザと言う女の子は綺麗に地面に着地する。


「とどめよ!ウォーターランス」


 水が槍の姿に変形する。槍の大きさはヒョウの半分程度だが、かなり大きい。水の槍がヒョウの胴体を貫く。体に穴の空いてしまったヒョウは命を落とした。


「ねぇ、大丈夫?エルザの声は聞こえる?」


 僕に急いで駆け寄ってきたエルザと言う女の子は、僕の肩を叩いて意識があるかどうかを確かめている。声は聞こえているのだが、体を動かせないので聞こえていることを伝えることが出来ない。最後の力を振り絞ってできたことと言えば、目を大きく開けること。さっきは気付かなかったが、エルザと言う女の子は眼鏡をしている。


「生きてるのね、良かったぁ。立てそう?」


 僕は首を横に振る。声も出せず、体は石のように固まってしまっている。


「そうだよね。ごめんね」


 エルザと言う女の子は謝罪すると、あたりをキョロキョロと見渡していた。そして女の子はこっちに来て欲しいと言う意思表示を誰かにしている。エルザと言う女の子の見ている先から現れる茶髪で前髪を七対三の比率で分けている壮年の男性。右目には傷跡が残っている。


「アゼル。こっちこっち」

「はいはい。すぐに行きますよ。本当に人使いが荒いんですから……お嬢」


 アゼルという男性は僕の姿を確認するとすごい勢いで寄ってくる。


「お嬢。この子は誰です?」

「分からない。さっきあいつに食べられそうになってたから助けた」


 エルザと言う女の子は自分が倒した魔物を指差して言う。


「こんな魔物まで倒せるようになったんですか、感心ですね。じゃなかったこの子をすぐに保護しないとですね」

「うん。エルザの力だと持ち上げれないからお願い」

「分かりましたよ」


 アゼルという男性は僕を軽々と持ち上げる。お姫様抱っこをされている。少し気恥ずかしいとは思うが、安心して眠りにつくことができそうだ。

 窓から刺す日差しに照らされて、ゆっくりと目を開ける。腹のあたりでは、何かが乗っている感覚がある。少しだけ上半身を上げるとそこにはエルザと言う女の子が僕に両手と頭を乗せて、気持ちよさそうに寝ていた。体には布団が被せてあり、僕を見ている間に眠ってしまったようなのだ。


「んーっ。やっと目が覚めた。よかったぁ……」


 安堵の表情を浮かべるエルザという女の子。


「パパ様に連絡してくるね」


 そう言うとエルザと言う女の子は部屋が出て行こうとする。僕はエルザという女の子が着ている黄色いドレスの裾を掴んで止めた。


「どうしたの?」

「僕を一人にしないで……お願いだから……」

「うん。分かった」


 エルザと言う女の子は僕を抱きしめる。僕の震える体が少しずつ落ち着きを取り戻していることを感じられた。安心しているのだ。人の温もりは偉大だ。体もポカポカと温かくなっている。


「何があったのか、エルザに聞かせてくれる?」

「うん……僕ね、親に捨てられたんだ……精霊の義でね。魔力がない、属性適性がないと言われて……お前はうちの子ではないと言われたんだ……僕は落ちこぼれなんだって……つ……う……うわぁぁぁ……」


 最初は堪えていられたのに、親のことを思い出してしまった途端。涙が溢れてくる。悲しかったのだ。大好きだった親に手のひらを返されて……。

 森では死にかけた。苦痛な三日間だった。とても苦しかった。エルザという女の子に助け出されなければ、今頃僕は死んでいた。生きるために必死に押さえ込んでいた気持ちが爆発してしまったのだ。


「大丈夫、大丈夫。これからはエルザが君のことを守ってあげる」


 精霊の義で絶望していた僕に親が、かけてくれなかった優しい言葉。心にあいた大穴が少しずつ埋まっていく。


「君、名前は?」

「レイン」

「レイン、よろしく。エルザと言います」

「ありがとう……エルザ」

「いいよ。これからエルザはレインを絶対に悲しませたりしない。だから安心してね」


 エルザの天使のような笑顔。僕も自然と笑顔になる。エルザは僕の手を引っ張って僕を部屋から連れ出す。エルザの手の温もりを感じだ。それだけでも安心してしまう僕がいる。

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