精霊の儀
第5話
今日は精霊の義が屋敷で行われる日。精霊の義とは魔力量の測定と魔法の適正属性を調べる儀式のこと。教会で行うとかではなく、上級魔導士が各家をまわり、個人的に調べるもの。六歳の時に必ず受ける儀式で、どの階級の人でも必ず行うように義務付けられている。今後の成長のために自分に適している師匠を見つけ、魔法の特訓を行う為だ。
「レイン!レイン!起きなさい」
お母様の言葉で目を覚ます。
「んっ……お母様……もう朝なのですか……」
「そうよ。今日は大事な精霊の義があるのですからしっかりとした格好で受けなさい」
「分かりました」
お母様は慌てて僕の部屋を出て行くと、僕の身の回りをお世話してくれている従者が入ってくる。
「レイン様。お召替えの時間です」
「は〜い」
僕は鏡の前に移動して、従者に体を預けた。ものすごい速さで着替えは行われ、寝癖のついた髪を整えてもらう。服装はいつもとは違い、人前に出ても恥ずかしくないような正装。それを着用しただけで、気が引き締まるのを感じる。
「精霊の義が行われる部屋まで案内します。着いてきてください」
「はいっ」
気合いの入った返事。そして人前で発表をした時みたいな緊張感と僕自身の魔力量がどんなものなのか使える魔法属性は何なのかを想像してワクワクした気持ち。その二つが程よいバランスで交わっており、気分がすごくいい。
部屋にはすでに上級魔導士である壮年の男性が椅子に座って待機していた。王家のライオンのような紋章のついた白いローブを着ている。上級魔導士の対に位置する椅子にお父様とお母様が座っている。
「さぁ、レイン。ご挨拶を」
「はいっ。お母様」
僕は大きく息を吸い込み元気な声を出す。
「お初に御目に掛かります。リンド・ガーネルが子。レイン・ガーネルと申します。今日は私の為に王都ランネルからはるばるとお越しいただき、ありがとう存じます」
この日の為にお母様から教わり、必死に練習した挨拶を完璧に披露することができた。少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「これはご親切にどうも。私は王城筆頭魔導士第七部隊のハルト・シュラウザーと申します。本日はよろしくお願いします」
丁寧な挨拶を交わし、ハルトさんは机の上に準備しあった器具の方を見る。
器具は両方とも占い師が使うような丸い水晶玉で、黒と白の布の上にそれぞれ置かれていた。布から一度でも離してしまうと見分けがつかないほどで、取り扱いには十分に気をつけないといけない。
「まずは白い布の上に置いてある器具の説明をします。これは魔力検査器具で三桁までの数字を表示します。参考までに三桁目まで表示された場合は王族クラスの魔導士です。そして次に黒色の布の上に置いてある器具の説明をします。これは属性検査器具で、赤く光れば火、青く光れば水、緑に光れば風、茶色く光れば土。その他にも数は少ないですが、黄色く光る場合と黒く日ある場合もあります。黄色く光れば光、黒に光れば闇です。さらに非常にレアな事例なのですが、二色以上が表示されることがあります。この場合、複数の属性を使うことができます。説明は以上です。何か質問はありますか?」
長い説明だったが要点をしっかりと捉えており、言いたいことは伝わった。お父様とお母様も首を縦に振っている。
「それでは白い布の上に乗っている魔力検査器具に手をかざしてください」
「はいっ」
僕は心臓をバクバクさせながらゆっくりと魔力検査器具に手をかざす。魔力検査器具は光を放出させている。光が収まった後に魔力検査器具の数値を見てみるとゼロが三つ並んでいた。僕は目を疑った。光るという演出があったにも関わらず、オールゼロだったからだ。
「えっ……嘘ですよね……」
「嘘ではありません。レイン様は魔力を持っていません」
ショックだった。誰でも魔法を使えると本にはしっかりと書いてあったのにこんな結果が出るなんて……。
お父様とお母様も僕を蔑むような目で見ている。その視線は僕の胸に突き刺さった。向こうの世界でクラスメイトがしていた目を同じだったのだ。体が自然と震え出す。思い出したくない記憶がフラッシュバックする。
「念の為、属性検査器具にも手をかざしてください。色が変わったら魔力検査器具の方が壊れている可能性がありますので……」
ハルトさんの言葉は僕を公開処刑されることに等しい。魔力がなかったのだ。色が変わるはずがない。震える体に鞭を打って属性検査器具に手をかざしてみる。少しだけ白く濁っている感じはあったのだが、ハルトさんが言っていた色には変わらなかった。
「属性適性もなしですね……こんなこと初めてです……」
ハルトさんも哀れみの目を僕に向ける。その表情は僕にさらなる追い打ちをかける。誰も声をかけてくれない。向こうの世界の時と全く一緒だ。
「み……見ないでよ……僕を……そんな目で見ないで‼︎」
感情が溢れ出した悲鳴。僕は頭を抱えて、しゃがみ込む。何も見たくない、見られたくない。ハルトさんは静かに部屋を後にする。僕はあの目を向けられるのが怖くて、お父様とお母様の顔を見ることも躊躇してしまう。
「落ちこぼれのアンナなんていらないわよ!この家から出ていきなさい!」
「そうだぞ!お前は僕たちの子ではない!顔を見たくないからさっさと出ていけ!」
お父様とお母様の冷たい言葉。お母様に腕を力強く掴まれて、僕を玄関まで引っ張って行く。
「い、痛い……痛いよ……お母様……お母様……」
「黙りなさい!お母様と呼ぶのもやめなさい!恥ずかしいわ!」
抵抗しようにも六歳の力ではどうしようもできない。一歩また一歩と玄関に近づいて行く。
「待って……待ってよ……僕を捨てないで…………お母様……お母様……」
「だからお母様と呼ぶのはやめなさい!」
お母様の手が振り上げられる。お母様が向こうの世界の悠斗の姿に重なってしまう。僕は反射的に目を瞑ってしまった。頬に強い衝撃が走る。お母様に平手打ちをされたのだ。僕は黙り込んでしまった。玄関の扉が勢いよく開かれる。そしてお母様に僕は外に放り出された。
伸ばした手は虚しく空を切る。玄関の扉が閉められ、鍵をかけられた。また一人になってしまった。せっかく幸せになれると思ったのに……。
「こんな仕打ち……あんまりだよ……うっ、うっ。うわぁぁぁぁ……わぁぁぁぁぁぁ……」
僕は扉の前でお尻を地面につけ両膝を抱え、頭を伏せる。止まらなかった。止めることもできなかった。とても辛かった。向こうの世界と一緒の状況になってしまい心細かった。ただひたすら泣き続けた……。
「レイン様。これを持って行って下さい」
ガーネル男爵家で働く使用人の女性は僕にバックを渡してくれた。庭の植物のお世話をすることが彼女の仕事で、手が荒れている。剣術の練習に行く時には必ず彼女に挨拶をしており、自由時間の時にはたくさん話した記憶がある。
「ありがとう……ございます。でも……これは……ラーナさんのお昼ご飯ですよね?」
「いいのですよ、持って行って下さい。一食くらい抜いても死ぬことはありませんので」
ラーナさんの優しさに少しだけ気持ちが楽になった。
「ありがとうございます……ありがとうございます……大事に食べます」
目から出てくる涙を手で拭って、必死に笑顔を作る。ラーナさんも笑ってくれた。ラーナさんのおかげで、生きる希望が持てた。この親切は僕の中で一生忘れられない行為となるだろう。僕はバックを背負って、ガーネル男爵家を後にする。
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