第4話
〜同刻〜
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
僕の前で幸せそうな顔をしている女性。深緑色の髪に朱色の瞳。肩まで伸びた髪が光に照らされ輝いている。
「あなた、この子の名前を付けましょう」
「そうだな。レインと名付けるのはどうだ?」
僕を嬉しそうに見つめるのは、立派な西洋風の服を着ている茶髪に落ち着いた容姿の壮年の男性。
「レイン!まぁ……素敵な名前ですこと」
「そうだろ。それにしてもこの子は可愛いなぁ……チューしたい」
「そうね……私もよ」
幸せいっぱいの雰囲気に包まれる立派なお部屋。写真でしか見たことはないが、立派なお屋敷の中にいるようだった。
「あやあややぁや」
手を女性のほうに伸ばす。いつも通りの感覚で話しているつもりだったのだが、言葉になっていないみたいだ。
「まぁ……手を伸ばしたわよ。可愛い手ね」
僕の伸ばした小さな手を女性は優しく握る。
(どういうことなんだ……僕の手はこんなにも小さかったか?)
疑問が浮かぶ。
(まともに話すこともできないし、この女性の表情、子供が生まれた時にする顔だよな……)
現実が受け入れられていないでいる。確かに僕は自ら命を絶った。それは鮮明に覚えている。それなのに手と足は僕の思い通りに動く。
「どうしたんだろう……レインが浮かない顔をしているぞ」
「あなた。それは気のせいですよ」
「気のせいなのか?確かにそんな気がしたのだが……」
「何言ってるの?赤ちゃんはそんな顔しないわよ」
「そうか……確かにしないよな……うん……絶対にしない……」
自分を無理やり、納得させる男性。
(赤ちゃん⁉噓でしょ⁉もしかして僕、転生したの⁉)
そう考えるだけですべてがつながる気がした。自ら命を絶ったはずなのに僕の思う通りに体が動く。さらには喜んでいる男性と女性。この二人はこの世界のお父さんとお母さんと考えれば納得できる。
(せっかくの貰った第二の人生。今度こそ幸せに生きるんだ‼)
お腹が減った。僕は必死にお母さんに泣いて訴える。言葉を発することのできない今は泣くことで伝えなければならない。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「どうしたの?お腹がすいたのかな……待っててね。今すぐ母乳をあげますからね~」
ふっくらとした胸。僕はそこから出る母乳を必死に飲む。空腹にはどうあがいても勝つことができない。前世の記憶がある僕にとっては耐え難いことだった。
(できるのならば……物心つくまでの記憶を消してほしかったよぉ……)
そんな願いは届くはずもなく、耐えることになった。
時は流れ、この世界に転生して六年の歳月が経った。僕は六歳になっていた。精神年齢は高校二年生。この世界の勉学は僕にとっては簡単だった。
「お母様!字を書けるようになりました!」
「凄いわね!」
お母様は僕の頭を撫でながら、褒めてくれた。向こうの世界で叶わなかったことが、やっと叶った瞬間だった。僕はとても嬉しいと感じた。僕が生まれた家はガーネル男爵家。この世界では身分制度が存在し、男爵という爵位は貴族階級では平民の一つ上で最底辺の位だ。納めている領土も少なく、住民は五千人くらいしかいない。それでも定期的に税金が収められているので、裕福な生活をしている。
次は剣術の稽古だ。僕は鏡の前に立ち、身支度をする。お母様譲りの深緑色の髪に朱色の瞳。目にかからない程度のところまで前髪を垂らした落ち着いたヘアスタイル。大人しめの印象の顔は向こうの世界の僕。成瀬仁人に雰囲気が似ている気がした。忘れかけていた記憶を思い出すようで、僕は顔を歪めてしまう。
「いけない……笑顔、笑顔」
僕は気を引き締めると外に出る。僕が住んでいる家は屋敷だ。向こうの世界では金持ちしか住むことのできない、いわゆる豪邸というやつだ。
貴族だけあって立派な服を着させてもらえている。広大な庭では、多種多様な植物も元気に育っており、お屋敷の使用人が水の魔法を使って水を上げている。
この世界では科学の概念がなく、魔法が発展している。誰でも魔法を使え、使えない人は存在しないらしい。これも本を読んで身につけた知識の一つである。
「お疲れ様です!レイン様!」
庭で植物の世話をしていた使用人が深くお辞儀をして挨拶をしてくる。
「お疲れ様。いつもありがとう」
僕はそう返すと練習場へ向かう。使用人の人はなんだか嬉しそうにしているように見えた。練習場につき、待っていたのはお父様だった。
「お父様。お待たせしました」
「よく来たな。逃げるかと思っていたぞ」
「そんなことないです……」
剣術の稽古、部活にも所属していなかった僕にとってはいちばんの難所と言っていい。数回打ち合っただけでもすぐに疲れてしまうほどだ。僕は苦笑いを浮かべる。
「心配をしないで良い。レインは覚えが早いからすぐに扱えるようになるさ。さぁ、始めるぞ」
「はいっ!よろしくお願いします」
僕とお父様が相対する。二人の手には練習用の木剣が握られている。
「やぁぁぁ!」
僕は思いっきりお父様に接近する。そして上から一振り。お父様はそれを最も簡単に防ぐ。金属同士のぶつかり合う音が響く。
「どうした、そんなものではないだろ‼︎」
「はいっ!まだまだぁ‼︎」
一旦距離を取って、何度も何度もアタックを試みるが、全ての攻撃を簡単に防がれてしまう。
「どうした、握りが甘くなってるぞ!」
「はいっ」
「そうだその調子だ。戦場では絶対にその剣を離すなよ。剣を離すということは死ぬことと同じだぞ」
「はいっ」
体から出る汗を飛ばしながら、何度も剣を振るう。幼い体で必死に体を動かす。
「はぁ……はぁ……はぁ……強いです。叶いません」
十分も経たないうちにマラソン大会で走り切った時のような疲労感に襲われる。体力がないことだけが、僕の弱点なのだ。
「ははは、まだまだだなぁ。今日はこれくらいにしておこう」
「はぁ……ありがとうございます……」
へとへとになって、動けなくなってしまっている僕をお父様は抱っこして、お風呂まで連れて行ってくれる。
(この感覚……いつぶりだろう……)
僕はお父様に身を任せ、しっかりと甘えた。僕の心は十分過ぎるほど満たされていた。こんな幸せな時間がいつまでも続けばいいと思っていた……。
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