第2話
一日の授業が終わり、みんなが帰宅した頃。朝から学校の授業に一度も参加していない悠斗たちが帰ってくる。
「おい!仁人ぉ。ツラ貸しなぁ!」
僕は取り巻きに捕まり、体育倉庫まで連れて行かれる。
「お前のせいで、クソババァに注意されたじゃないかぁ!お前らこいつを捕まえておけ!」
「はい!悠斗さん!」
取り巻きに拘束され、怒りを露わにした悠斗にみぞおちを何度も何度も殴られる。暴力を振るったところを他の人に知られないように人から見えない部分だけを集中して殴るのが悠斗たちのやり方だ。
「うっ……うっ……うえっ……ゴホッ、ゴホッ」
僕はその場で嘔吐してしまう。
「汚ねぇ!吐きやがった!あとで片付けておけよぉ」
「そうだぞ。片付けとけよ」
悠斗たちはゲラゲラと笑いながら僕を見る。スッキリしたのか僕を置いて悠斗たちは体育倉庫から出ていく。僕は言われるがまま、片付けをして家に帰る。全身がズキズキと痛む。気を抜いたらバランスを崩し、倒れてしまいそうだった。なんとか家に着いた僕はリビングでぐったりとしてしまう。部屋は真っ暗だった。平日、両親が帰ってくるのは僕が就寝する頃なので、会うことは絶対にない。
「つらいよ……もう限界だよ……わぁぁぁぁぁぁぁ……うわぁぁぁ……」
止めようとしても止まらない。心にしまい込んだものが一気に溢れ出す。机に伏せた格好で長い間いたので、気付いた時にはびしょ濡れになっていた。
おばあちゃんが生きていたころはこんなに気持ちを抑え込むことはなかった。しかしおばあちゃんは僕が十歳の時にこの世を去った。テストでいい点数を取った時もおばあちゃんは必ず褒めてくれたのに、両親は褒めてはくれなかった。
「ごめんね。疲れてるからまた今度にしてくれる?」
母親はそう言うだけで、僕のテストを一切見てくれなかった。父親も同様だった。両親は家に帰ってきても疲れている顔を僕に見せるばかり……。
僕はいつしか学校で起きたことを話すことはなくなっていた。それでも両親に褒めてほしくて、必死に努力した。中学校の時は上位を常にキープ。さらには偏差値の高い高校にも合格した。「頑張ったね」の一言を聞きたかったのだ。それでも褒めてくれなかった。でも僕を大学に行かせたくて、今も必死に働いてくれている。それが分かっていたからここまで耐えてきたのに……。
シャワーの水が僕の体を痛めつける。鏡で見る自分の姿から目をそらしたくなってしまう。殴られ続けたことによる多くのあざが体の至る所にある。他の人から見えるところはきれいなのに上半身は全く印象が違う。
「こんなの……誰にも見せられないよ……」
ポツリと呟いた声がシャワーの音にかき消される。
ずきずき痛む体に鞭を撃って、僕の食事を作る。おばあちゃんがいなくなってからは、自分が食べる料理を自らの手で作っていたので、料理はできるほうだと思っている。
「お父さんとお母さんの分も作っておこう……」
三人分の料理を作り、両親の分は書置きだけを残して冷蔵庫にしまう。
「いただきます……」
シーンとした部屋の中で僕の声がむなしく響く。
食事を終え、布団に入る。両眼を閉じ、眠ろうとしたが眠れない。今日は月曜日。休日になるまでにあと四日間も学校に行かないといけないことを思い出す。
「嫌だ……もう学校に行きたくないよ……あんな思いしたくないよ……」
拒絶する体。両親に迷惑をかけたくないという気持ち。その二つが争いあって、僕の中の何かが壊れた。
「そうか……死んでしまえばいいのか……ははは……あはは」
不気味な笑みを浮かべる。
「どうせ僕のことなんて……誰も心配しないし……あはは……あははははは」
僕は起き上がる。一歩ずつ足を進めて玄関へと到達した。両親はまだ帰ってきていない。無気力で家の外に出た僕は何も考えることはせずにひたすら歩く。
「学校だ……あはは……あはははは。僕をこんな状態にしたところ……ここに決めた……あはは」
真っ暗で、戸締りがしっかりとされた状態の学校。お化けが出てきそうな不気味な雰囲気をしている。僕は門を乗り越え無断で侵入する。学校の裏手にある非常口のドアノブに僕は手をかける。ドアノブを回すと開けることができた。施錠忘れがあったようだ。ただひたすらに上へ上へと階段を上っていく。
到達したのは屋上だった。ひんやりとした風が僕の体を冷やす。薄着できてしまったため、このままでは風邪をひいてしまうだろう。
「やっと……やっと……ついた……これで楽になれる……」
屋上の端っこを目指して、再び歩き出す。端っこに到着した。下を見るとかなり高いところに僕はいるようだ。普段の僕なら怖気ついてしまうところだが、不思議と今は何も感じていない。
「さようなら……親不孝者でごめんなさい……」
僕は躊躇せずに身を乗り出した。自由落下の影響で速度がどんどん早くなっていく。僕の目からは少量の雫が風に乗せられ飛んでいく。地面にぶつかった痛みを感じる。広がっていく赤いドロッとした液体。僕の意識はそこで途絶えた……。
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