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「でも分かりません。なぜ女神が封印されたこの地に貴方が囚われているのですか」
「うーん。少し考えたらわかると思うよ」
「まさか、貴方の正体は」
「いや、それは違うからね」
疑問を投げかけると、彼はこめかみを撫でながら言った。
「では、見張り役ですか?」
「うん。正解」
彼は微笑みながら大きく頷いた。
悪霊として堕ちた女神の見張り役だなんて、彼も不憫なものだ。
「どうやったら、貴方をここから解き放てますか」
私は彼の目を見て言った。
彼の瞳に映る顔は、なんだか私らしくない、真剣な顔をしている。
彼は黙って目を見開き、私を見ているが、すぐに目を逸らし、俯いてしまった。
彼は身体ごと私に向け胡座をかいた。
「君は僕をここから解放したいかい?」
「はい」
「解放してどうしたい? 僕の力で人助けでもする?
それとも⋯⋯」
彼は言いかけたところで口を噤み、また俯いた。
そして顔を上げると、なんだか恥ずかしそうに頬が赤くなっていた。
「僕と結婚してくれるかい?」
自分で言ってて恥ずかしいのか、彼は頬をさらに紅潮させながら、唇を結んだ。
最初言った時は、飄々としていたというのに、今じゃ初心なひとりの青年のようだ。
最も私も、こんなことに慣れていないせいか、恥ずかしくなって俯いた。
最初彼からその言葉を聞いた時は、呆れるだけだったが、今は少し違った。
このままでは私は教会で独身として生きていくことになるだろう。
今まで全く出会いがなかったのに、これから良い殿方と出会えるともあまり思えない。
それならこの人、いや、神と結婚するのも悪くないと思う。神と結婚なんて、それだけでもなかなか面白そうなものではある。
そして第一に、彼は良い人だ。
女好きなのは本当かもしれないが、少なくとも私の祈る姿を勘違いするくらいには純情な神だし、誤解だとわかっても、私を好いてくれている。
「ここから貴方を解放出来れば⋯⋯」
意は決した。
私のような教会に悪影響を与えるような女は、さっさと嫁いで出て行くべきであったし、なんなら、大人になった時点で追い出されても文句は言えなかった。
しかし、そんな私を受け入れてくれたシスターヘレンの恩に報いるためにも、私は彼と結婚し、幸せになろうと思う。
「その時はよろしくお願いします」
私は正座し、地面に手を着いてお辞儀した。
頭を下げたまま、私は彼の言葉を待った。
しかし、数十秒ほど待っても、彼は何も言ってこない。
痺れを切らして顔を上げると、彼は真っ赤になって顔から汗を滴らせていた。
「あの⋯⋯」
「はっ、はい!」
私が声をかけると、彼はかしこまった様子で返事し、あろう事か私と同じように頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
神に頭を下げさせたなんて、信者に知られれば本当に殺されるかもしれない。
それでも、小さく震える彼の丸くなった背中が、妙に愛らしく見えた。
「顔を上げてください」
彼はゆっくりと顔を上げ、私を見上げた。
まだ顔が随分と赤い。ただ、それは私も同じで、さっきから身体が熱い。
「貴方をここから解放する手立てを教えてください。でないと」
「無理しなくていいんだよヴァレリア、僕は君とふたりでここにいるのも悪くない」
「いや、それは私が嫌なので」
彼ははっきりと、目に見えてしゅんとなった。
こんな湖で彼と過ごすのは御免だ。
決して悪いところでは無いが、もしかしたら協会の誰かに見られるかもしれないし、何も無いところで過ごしていたらすぐに冷めてしまうだろう。
「別にいいけど、簡単だけど難しいよ」
彼は正座していた足を前に伸ばし、手を後ろに着いた。まるで猫を被っていた彼氏が同棲した途端、行儀が悪くなる現象に似ている。そんな現象見たことないけど。
彼は右手を上げ、顔の前で人差し指を突き出した。
「やる事はひとつ。彼女を、この中の女神を成仏させることだ」
「成仏って、女神は亡くなってるんですか」
「え、知らないけど多分そうじゃないかな」
「えぇ⋯⋯」
大丈夫なのだろうかこの神は。もしかしたら、あまり内情を知らされていない位の低い神なのではとも思ってしまう。しかし、仮に本当にそうだとしたも、別にどうでもいいのだが、シスターヘレンが少し不憫になるくらいだ。
「まあとにかく。彼女がここから居なくならないと僕はここから動けないってことだけは確かだよ」
「なるほど。それで、どうやったら女神は成仏してくれるんでしょうか」
「知らない」
驚いて目を大きく見開いてしまった。
「し、知らないって」
「だって成仏のさせ方なんて聞いたことないからね」
「そ、そうですか」
神とはいえ、万能のであるとは限らないのだろう。
彼が知らないというのだから、とやかく言っても仕方ない。
明日以降、またお爺さんにでも話を聞きに行くとする。
「マロシュ様、私そろそろ眠たくなってきました」
正確な時間は分からないが、もうかなり遅いはずだ。
こうして夜更かしをしても、朝起きる時間は変えられないので辛いのだ。
「そ、そっか。ごめんね。じゃあ今から送るから」
彼が私の前に手を翳すと、光の粒が集まりだした。
「おやすみヴァレリア。ありがとう僕の妻」
「いや、まだなってませんから」
視界が眩い光に包まれ、彼のしょんぼりした顔を最後に、私の意識は遠のいていった。
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