接近

1

 教会の西を進めば大きな街がある。

 基本的に私たちの生活用品はそのまちから買うことが多く、残りは寄付に頼っている。

 シスターの殆どはその街の男へ嫁ぐので、知った顔もちらほらと見受けられる。


 シスターヘレンに頼まれた墨は直ぐに買えたからいいものの、なかなか神から与えられた宿題の答えを教えてくれそうな人は見つからなかった。

 私はまがいなりにもシスターである。

 街を往来する人達に神のことなんて尋ねたら赤っ恥であり、シスターヘレンの耳に入ったらそれこそドヤされるだろう。

 だから私達よりも詳しくても不思議では無い学者や布教する人を見つけたいのだが、そんな人はなかなかいない。


 なんとなく私はサラの旦那を見ておこうとその旦那の経営する八百屋へ行った。

 旦那はちょうど店の前で客を集めていて、修道服を着た私は目立ったのだろう。

 サラの知り合いじゃないかと声をかけられ、旦那の家へ案内された。

 旦那の家は小さいが手入れが行き届いていて、タンスを指で擦ってもホコリひとつつかない。

 そんな面倒臭い御局様姿を旦那の両親に見られ、慌てて手を後ろに隠すと、広間に案内された。

 旦那の母、サラの姑が茶を出し、私はそれをすすってこの時間の意味を探った。

 少しして旦那が部屋へやってくると、「お待たせしました」と一礼して私の前に座った。

 なぜ結婚前の男が私を家へ招き寄せたのか、その理由はだいたい予想が着いており、果たしてその通りだった。

 旦那からはサラの普段の様子を尋ねられた。

 私が事細かに教会でのサラの姿を教えると、旦那は時々笑いながら、何度も頷いて耳を傾けた。


「突然お引き留めして申し訳ありませんでした」


 話せることを全て話し終えると、旦那は両手を机について深々と頭を下げた。

 このままでは、これから結婚して教会を出ていく友人のためにここに来ただけで終わってしまう。

 なんとも言えぬ惜しさがあり、私は街の八百屋に聞いても仕方ないとは思いつつも、目的のものを尋ねた。


「神マロシュや東の湖のことを詳しく知っている人はこの街にいませんか」


 尋ねると旦那は十人並の顔をゆがませ、人差し指で頭を擦りながら唸った。


「うーん。シスターより神に詳しい人はこの辺りには居ないんじゃないでしょうか。それに東の湖も

あそこに行く人なんてほとんど居ませんし」

「やっぱりそうですか⋯⋯」

「いや、待ってください」


 旦那は何か閃いたかのように、両目と口をパッと開いた。


「グラスのお爺さんなら詳しいかもしれません。あの人確か、この辺りの地勢のこと色々研究してる人でしたから」


 案外思いつきで行動してみるものだ。

 まさかの情報を旦那から聞き出すことができ、サラのことを語った時間は無駄ではなかったと満足した。


「あの⋯⋯その人はどこに」

「北に行ったところのはずれの家に住んでますよ。北に行けばすぐ分かると思います。庭に桃の木があるので」

「ありがとうございます」


 一礼し、八百屋を後にする。

 私は言われた通り、真っ直ぐ来たに向かって歩いた。

 しばらく北に向かって歩くと、賑わっていた街の様子は静まり、それまで密集していた建物も、ポツポツと立ち並ぶ様子に変わった。

 桃の木があるという情報を頼りに、周辺を探すと、一軒の大きな家が見つかった。

 大きな家というのは間違いかもしれない。

 木の柵で囲われた敷地は随分と広いが、中にある建物自体はそう大きくもなく、平屋の木造作りの至って普通の建物だ。

 あまり手入れの行き届いていない庭に足を踏み入れ、扉の前まで行く。

 街とは思えない妙な静けさをこの家の周りに感じるが、本物の神に出会った私に恐れるものなんてない。


「あのーすみません。クローベト教会の者ですが」


 扉を叩いて少し待つと、ドアノブが回る音がした。

 おもむろに開けられた扉の隙間から、白髪の長い髪の隙間から片目を覗かせたおじいさんが現れた。


「あの、私、クローベト教会のシスター、ヴァレリアといいます」


 自己紹介を済ませると、お爺さんの目が私の顔に向けられ、そのまま見定めるように視線が下っていった。

 お爺さんはドアノブを掴んだまま、顔だけを出して私をじっと見ている。


「あの女の回し者か」

「へ?」


 掠れた声でお爺さんが言った。


「あ、あの女って誰ですか?」


 私が聞くと、お爺さんはまた私の顔を凝視して離さなかった。

 お爺さんの妙に開いた瞳孔を見ていると、なぜだか気分が重くなった。


「どうやら違うようだな。で、何の用だ」


 よく分からないうちに信用されたのか、お爺さんの声色がすこし柔らかくなった。


「教会の東にある湖のことを知るため街の人に聞き込みをしていたのですが、そしたらとある方からこの家を紹介していただきまして」


 念の為サラの旦那の名前は伏せておき、軽く頭を下げて静止した。


「そうか」


 お爺さんが呟くと、扉が擦れる音がした。

 相手にされなかったのかと思ったが、閉じる音が聞こえてこない。顔を上げてみると、扉は完全に開かれ、腰を曲げたお爺さんが立っていた。


「詳しくは中で聞こう。入りたまえ」


 そう言うとお爺さんは先に薄暗い家の中へ入っていった。


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