第56話エピローグ
セイラから見た一連の事の顛末というのは、一言で「勝った」ということだけだった。
『WINNER《Valkyrja Wyrd》』
そんな英語だらけの羅列だけが今回の結果。
もちろん、勝ったことはいい。これからもこのゲームができるし、勝利報酬には《ピース》との対等な平和協定が結ばれた。
けれど問題点は山積みだ。
ミストルテインがなければ勝つことはできなかった。
勝った手段は上空に打ち上げられた結果の、相手の手に乗ったただの奇襲。しかももう一度あの弓を引けるかと言われれば、まず無理だろう。
チームとしては圧倒的に負けていた。
これで勝ちを誇るというのは、セイラがチームの勝利に大きく貢献していていたのだとしても、難しい。
最初はみんなで随分と喜んでいたけれど、あれから一週間――興奮も冷めやられ、冷静になった今、実力不足を痛感するばかり。
試合に勝って勝負に負けた。そんな気分だ。
強くならなければいけない。
向上心と、少しの強迫観念が今までより強くなることを求める。
強くなるためには何が必要か。そう考えたとき、セイラには二つしか思い浮かばなかった。
一つは単純にレベルを上げること。
そしてもう一つは――。
「お久しぶりです」
ある平屋の建物。
星羅が訪れると、ちょうど目的の人物が扉を開けて建物の中に入ろうとしていた。
彼は星羅に気づくと、大袈裟に喜びの笑みを浮かべ、星羅のもとへと駆け寄ってくる。
「星羅!久しぶりだね、半年ぶりくらいかな」
「中学の大会が最後だったのでそれくらいですかね」
「元気にしてた?」
「はい。先生はどうですか?」
「細々とだけど、今も順調にやっているよ」
訪れたのは、昔からずっと通っていた地元の弓道場。
目の前の男性は小さい頃から星羅に弓を教えてくれていた先生だ。なよっとした身体に垂れ気味の目。見た目通り優しくて、怒るのが苦手な人。
「もしかして、弓道再開する気になった?」
先生は期待に満ちた瞳で星羅を見つめる。
先生にはいろんな思いがあっただろう。自分が育てた中で一番の実力者である星羅。弓の楽しさを教えてくれたことはもちろん、まるで親睦の深い親戚のお兄さんみたいにいろんな相談にも乗ってくれた。
けれど星羅は弓道を辞めてしまって。きっと家族を除けば一番心配をかけたはずだ。
だから先生の言葉に、思わず言葉が窮する。
「完全に再開、というわけではないんです。大会とかは出ないし、弓道に掛ける熱は失ってしまったので」
「そっか……。じゃあどうして?」
「私、弓を引くのは好きなんだって気づいたんです。ただ競うことに疲れてしまっただけで。だから一つは、また趣味として再開したいっていう気持ちがあります」
先生は一瞬残念そうに肩を下げたけれど、すぐに「星羅がそう決めたのなら、僕はその道を応援するよ」と朗らかな笑みを浮かべた。
生徒のことを第一に考えられるのはこの人の尊敬できるところだ。本人も思うところがあるだろうに。
「あれ、でも『一つは』ってことは、他に何か理由が?」
星羅が後ろめたさを感じていると、遅れて星羅の言葉の違和感に気づいたのか、先生が首を傾げる。
「もう一つは、その、お恥ずかしいんですけど……」
「笑ったりはしないよ」
先生は笑ったりする人ではない、そんなことはわかっているのだけど。
「その、ゲームに嵌りまして」
「ゲーム?」
「はい。『Nine Worlds』っていう
どうにも語尾が尻下がりになってしまうことは許してほしい。武道なんて伝統的行事から、最新のゲームなんて天と地ほどの差のものを、新しくやっていこうというのだから。
どうやら聞いたことがあるのか、先生はスマホで調べると「ああ、これか」と首肯する。
「確か僕の友達も何人かやっているはずだよ。でもこれと弓道にどんな関係が?」
「私、そのゲームの中で新しく弓装備を貰ったので、その、練習したいな、と。ゲームの中だとどうしてもどうしても実践に近くなってしまうので早気になってしまうんです。もちろん実践だとそれが必要なときもあるんですけど、やっぱり基礎は捨てたくはないなって」
弓道では間が大切になる。弓を引いた後、矢から手を放すまでに早いと中らなくなってしまう――これが早気という状態だ。
どんなに焦らされる状況でも、自分の中るタイミングで矢を放つ。それが弓道では重要となってくる。
的前でもそうなのに、戦闘の中で冷静に射ることができるだろうか。
今回のギルド戦のような、弓使いが正面切って、ろくに自分のタイミングを掴めずに戦うことは実際は少ない。これは魔法使いと同じで、セイラが狙いを定めている間前衛がカバーをすればいいからだ。
だから大事なのは実践でも冷静さを、基礎を失わないこと。命中率の低い矢はいくら早く射ることができたところで脅威にはなり得ない。
加えてミストルテインも溜めの時間だけ威力が増すとの記述がある。絶対に早気の癖はつけたくない。
先生は星羅の話に何度か頷くと、安堵と喜びの綯交ぜになったような表情を浮かべる。
「ゲームか。うん、凄くいいと思うよ」
「ゲームでもですか?」
「今時ゲームだからってバカにする人はいないよ。それに、ゲームだとしても星羅がまた弓を握ってくれるのなら、これほど嬉しいことはない」
「これからはゲームだけじゃなくてリアルでもやりますよ」
「なら僕にとっては至上の喜びだ」
先生はとても嬉しそうにしていた。少し目が潤んでいるようにも見えた。
星羅が『Nine Worlds』で弓を握ったとき、姉は泣きそうに――というかリアルだったら確実に泣いていた――なっていたが、もしかしたら先生もあのときの姉と同じような気持ちなのかもしれない、そう思った。
「あの、早速今日、少しやって行っていいですか?」
「もちろん。いつでも好きな時間だけおいでよ。お金はいいからさ」
「あ、いえ、そういうわけには」
「さっきは細々となんて言ったけど、実は全国経験者が出たってことで来てくれる人が増えてさ、最近少し調子がいいんだ。それに全国経験者から学びたいって人もいてね。暇なときでいいから教えに来てくれるのなら、ここはいつでも利用してもらっていいし、少しだけどバイト代も出すよ」
「そういうことなら、是非」
挨拶をして弓道場に入る。
久しぶりの空気感、久しぶりの高揚。自然と生まれる笑み。
――やっぱり私、弓道が好きだ。
そう確信して。
数度弓を撫でてから、星羅は赤子に触れるような優しい手つきで弓巻きを解いた。
Valkyrja Wyrd 灰蒼 @konbutowakame
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