第55話ギルド戦9

 それは無意識だったのだろう、セイラは空に打ち上げられたとき、フレデリカに通話を繋いでいた。

『ごめん』

 その言葉が聞こえたとき、フレデリカたちも虫の息だった。

 負けを悟ったそのとき、しかし空の向こうから強い光が見える。

 それはミストルテインの輝き。長距離に視点を合わせるほど、ミストルテインは強く光る。

 それはバルたちからも見えたのだろう、そして間違いなくオーブを狙っていると察した。

「オーブを守れ!」

 まさかあの距離から狙えるはずもない。だが万が一にも命中することがあれば。

 バルがすぐにオーブのもとまで下がろうと走る。

 もはやフレデリカたちなど気にも留めていなかった。

 瀕死の彼女たちなど、あの一撃さえ防げればどうとでもなるとバルの本能が察したからだ。

 それは正解でもあり、間違いでもあった。

 確かにミストルテインの一撃を防げれば残った瀕死のフレデリカたちを処理することなど容易いだろう。たとえ防ぐためにバルが死んだとしても残りメンバーで充分に戦える。

 しかしここでただ茫然と見ているフレデリカたちではない。一切の警戒を外してオーブに向かうべきではなかったのだ。

「『魔力弾』!」

 もはやMPが限界だったラフィが放ったのは初期魔法『魔力弾』。決して強力とは言えず、これがバルに当たろうともオーブの下へ向かうバルを止めることはできないだろう。

 けれどラフィが狙った先はバルではなかった。オーブでもなければ、他の敵メンバーでもない。

 その選択ができたのは中二病の賜物か。

「ナイス!」

 狙ったのはフレデリカとユキナだ。

 二人は『魔力弾』を足に受ける。そのままダメージを負いながらも木々の上を抜け、オーブに向かい高速で射出。

 もちろん普段であればこんなことをしても無意味だ。空中を自由に動けるスキルや魔法のない二人では綺麗な放物線で射出されるのみ。撃ち落とすのは簡単だ。

 しかしこのとき、バルたち《ホビットの探検》の視線は上空遥か先のミストルテインに奪われていた。高速で射出される二人を一瞬見逃し、対応が遅れる。

 それでもなんとかバルがユキナを撃ち落とした。

 だがまだフレデリカがいる。

 フレデリカはオーブを攻撃。咄嗟に後ろの三人が間に割って入るが、そのときにはもうミストルテインの矢が射出されていた。

 フレデリカの攻撃を受けた《ホビットの探検》にミストルテインの攻撃を防ぐほどのスキルや魔法が間に合う時間はない。

 最後に見たのは光。

 フレデリカごとオーブを貫き、勝利を手繰り寄せた希望の光だった。


  ***

 

 一方その頃、《ピース》ギルドマスタールーム。

「ちょ、あれ何よ……」

「わわわ、わかっていたことだよ……」

 ハクアの説明によりセイラがイリアの妹であることを知ったカイナ。最後の一瞬が起こるまで満足げに戦況を見ていたはずだった。

 勝ちを確信したカイナがイリアを挑発するように見下し、歯を食いしばりながらセイラたちを応援するイリアの姿。

 ハクアも不安に唇を引き締め、シリアは《ピース》が勝つことに対して疑いの余地すら持っていなかった。

 だが今はどうだろう。

 予想だにしない出来事に、目を大きく見開くカイナ。

 突然のことに混乱して慌てた様子を見せるイリア。

 ハクアとシリアは口をぽかんと開け、呆然としている。

 それもそのはず。セイラが放った矢は綺麗な弧を描きながら、まるで吸い込まれるようにオーブの中心へと向かっていったのだから。

 突然の攻撃に《ホビットの探検》のメンバーも迎撃の姿勢を見せたが、放たれた矢は飛距離が伸びるほどに威力を増していき、フレデリカたちの邪魔もあってオーブにぶつかる頃にはその場の誰も受け止められなくなっていた。

 砕け散るオーブ。

 続けて表示される「WINNER《Valkyrja Wyrd》」の文字。

「ミストルテインに必中能力なんかなかったわよね?」

 カイナが後ろに控えていたシリアに確認を取る。

 一瞬我を忘れていたシリアだったがカイナの声にはすぐ反応し、いつもの冷静な秘書の姿に戻って答えた。

「ミストルテインは命中補正の一切ない武器です。どんな最上位プレイヤーでも五〇メートルも離れた位置であれば偶然でも命中する確率はほぼゼロなはず……なのですが」

「縦が三〇〇メートルあるフィールドよ?弓を放った位置とオーブの位置から見るにもう少し短いにしても二五〇以上はある。どうやったら命中するって言うのよ」

 ギルド戦が終わったことにより、画面が途切れる。

 真っ黒な画面に映る四人は疲れ果てたような顔をしていた。

 普段なら自分たちの勝利にイリアがカイナを煽るところだが、そんな気すら起きない突然の終わり。

 衝撃的というには言葉が足りなくて、あの一瞬に心奪われたかのように、光景が何度も鮮明に蘇る。

 そんな沈黙を破ったのは一人の来客だった。

「おーいカイナ、久しぶりに戻ったぞー」

 女性にしては低いハスキーボイス。どこか気怠そうな雰囲気を醸し出しながら現れた少女は、声の低さに反して身体は小さい。

 少女はギルドマスタールームに無断で入るや否や、そこにいるメンバーを見て顔をひきつらせた。

「お前ら仲直りでもしたのか……?」

「んなわけないでしょ」

「それは絶対あり得ないよ」

 先ほどまでの空気が嘘であるかのように、否定だけは早いイリアとカイナ。

 その少女に最初に適切な対応を取ったのは、やはりというべきか現実以上に秘書らしい理想の秘書、シリア。

「お久しぶりです、オドさん。現実時間だと三日ぶりほどでしょうか」

「まあそれくらいだなー」

「お会いできて嬉しいです。ですがギルドマスタールームは無許可での入出はお断りしています。今後は事前にアポイントメントを取るようお気を付けください」

「あー、うん。思いだせたら」

 そっぽを向きながら曖昧な返事を返す少女――オド。彼女はポリポリと頬を掻いた後、シリアから逃げるようにカイナたちの方へ向く。

「ところでお前ら、なんでそんなに疲れてんの?」

「まあ、ちょっと低レベル帯とは思えないような信じられないものを見たのよ」

「低レベル帯……?なんか注目のギルド戦でもあったのか?」

「そいつの妹のとことうちのギルド戦よ」

「なるほど」

 なぜイリアたちがいたのか、オドは納得がいったように頷く。

「で、どっちが勝ったんだ?」

 その言葉にカイナは視線を背け、対照的にイリアが普段の活力を取り戻して答えた。

「うちの妹が勝ったのだよ!」

「それはすげーな」

「凄いのだよ」

「で、その妹たちのギルドがなんか凄いことしたってことか」

「そうなのだよ」

「へー」

「聞きたい?」

「いや、別に」

「なんで⁉」

 妹自慢をしたそうにしているイリアに反するように、オドは踵を返した。

「私はこのゲームにあまりログインできないからこそ一分一秒を大切にしたい。高レベル帯なら未だしも、低レベル帯の話を聞く気にはなれないな」

「オドのけちんぼ」

「私がお前に勝つことができたら気分がいいだろうから聞いてやってもいいが」

「それは一生ないから無理だね」

「なんだとぉ!」

 オドは一瞬怒りを見せてイリアに襲い掛かろうという姿勢を見せるが、すぐに冷静になって構えを解く。

「こっちに来たのはカイナにログインの報告をしに来ただけだ。用は済んだから私はもう行く。お前らを倒すためにレベル上げをしなきゃだからな」

 シリアの横を通り抜け、オドはギルドマスタールームを後にする。

 ちょうどいいタイミングと、イリアとハクアも席を立った。

「じゃあ、おバカなカイナちゃんのおバカな姿は見れたし、セイラちゃんたちの勝利も見届けたからもう行くよ」

 普段よりも少し疲れた様子で捨て台詞残すイリア。

 追従するように、けれど態度だけは真逆にハクアも頭を下げる。

「私も失礼します」

「糞チビ幼女はもう来なくていいわ。その見た目らしく男にでも媚び売ってなさい。ハクアはまた今度お茶でもしましょう」

 疲れなど忘れたかのように再びガンを飛ばし合うカイナとイリアに、ハクアは苦笑いを浮かべた。

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