第54話ギルド戦8
ミストルテインは使いこなせれば強力な神器だ。
弓ゆえの実践で使いこなすことが難しいという欠点がなければ、神器の中でも最強格の一つだったかもしれない。
そんなミストルテインにも「弓」であることの他に欠点が存在する。
いや、弓だからこその欠点というべきか。
一つは範囲攻撃にならないこと。
弓形態においてミストルテインは抜群の貫通力を見せるが、範囲は決して広くない。これが扱いにくさにも由来する。
二つ目は遮蔽に弱いこと。
貫通も一つの遮蔽ならできなくはないが、幾つもあれば矢の軌道は変わってしまう。今回のような森フィールドの場合、オーブ前は開けた場所だがその手前は乱立する木々たちでオーブの視認性すら悪い。
セイラがミストルテインという強力な攻撃力を手に入れながらも攻撃陣に入れなかった理由だ。
もう一つは連射ができないこと。
弓を引くにはそれぞれ数秒の溜めの時間が必要であり、近距離戦には向かない武器となっている。
今でこそミストルテインの存在に呆然としているビルだが、その弱点に気づけば勝つことは難しい。
実は一射目を外した後の反応はただの強がりだ。実践の、人に向って矢を放つという初めての緊張が星羅の手元を狂わせた。
――そして一射目の外しはセイラにとって致命的だった。
二射目の矢を放つ。
ビルがなんとか剣で受け止め、ミストルテインのダメージを抑える。
セイラのATKの低さとビルのDFの高さのお蔭でどうにかダメージを二割程度に抑えることはできたものの、本来のレベル差から考えればあり得ないダメージ量だ。だが一射目が直撃していれば瀕死に近いダメージを与えられていただろう。
セイラが三射目の溜めに入った瞬間、早くもミストルテインの弱点に気づいたビルはセイラを剣の間合いに入れるべく踏み込む。
「『縮地』!」
スキル『縮地』。一定距離を一瞬で移動できるスキルだ。
このスキルの移動距離は決して長くないものの、セイラとビルの距離も小さい。『縮地』で縮まる距離は無視できない。
「くっ……!」
セイラの三射目がなんとか放たれる。
その攻撃はビルを捉えるが、ビルは攻撃を剣で受けつつ、ダメージ覚悟でセイラとの距離を詰めた。
「『弁慶の立ち往生』!」
攻撃を受けたときのノックバックやダウンを打ち消すスキル『弁慶の立ち往生』により、本来弓を受けたときに距離を離されるはずだったビルはミストルテインの攻撃を受けてもなおセイラとの距離を保った。続けてダメージから復帰すると、弓の後隙を狙うようにさらに前進を見せる。
――剣の間合いに入る。
セイラはなんとか身体を反らし、剣の間合いから逃げようとするが、ビルの踏み込みに逃げきれない。
「『サンダークリーヴ』!」
紫電を纏わせた剣が迫る。
素早くミストルテインを剣型に戻すも、武器差ではレベル差と態勢の差、スキルの有無までは埋めきれない。
「まだHPが残るか」
武器を正面からぶつけるのではなく、あくまでダメージを軽減するように受け流したお蔭でセイラはHP一割で生き残ることに成功。
反動を使って地面を転がり距離を取ろうとする。
しかしミストルテインの存在を意識しているビルが追撃の手を止めることはない。
「『縮地』」
ビルが一瞬でセイラの前に現れる。
『縮地』はスキルランクの上昇によってクールタイムに入るまでの使用回数が増えるスキルだ。Eランクであれば1回でクールタイムに入り、D、Cランクであれば2回使うまでクールタイムに入らない。
クールタイムに突入していればまだ『縮地』の使用はできなかったものの、ビルの『縮地』はCランク、クールタイムなしにもう一回『縮地』を使用することができる。
「終わりだ。『ファイヤーワークス』」
スキル名が聞こえ、セイラは咄嗟にビルの剣を追った。上手く剣を合わせればまだ生き残ることができるからだ。
しかしビルが行った行動は、剣から手を放し、静かにセイラに触れること。
剣の動きを追っていたセイラは袈裟斬りにタイミングを合わせようとしていたため、突如としてセイラの踏み込んで伸ばされた手に反応できなかった。
「『聖者の献身』!」
そこに反応したのはハンナ。
ダメージが1.5倍になる代わりに受けるダメージを身代わりとなって受ける聖属性専用スキル『聖者の献身』を発動させ、セイラのダメージを代わりに受ける。
「無駄だ」
しかし代わることができるのはダメージのみ。
火属性専用スキル『ファイヤーワークス』は、触れた相手に火属性のダメージを与えるとともに、空に打ち上げるスキルだ。
ハンナの『聖者の献身』は前者のダメージの身代わりとなることはできたが、空に打ち上げる効果は消すことができない。
それはまるでビルが『聖者の献身』を予想していたかのように。
一瞬で空へと打ち上げられるセイラ。上空数百メートルまで打ち上げられ、このままでは落下の衝撃だけで間違いなく光となるだろう。
セイラにはその衝撃を抑えたり、上空で自由に動けたりするスキルや魔法はない。
「あ」
負けを悟った。
セイラが崩れてしまえば、セイラに代わって『ファイヤーワークス』による大ダメージを受けたハンナに対抗する手段はない。
サイカを見てみれば、セイラの様子が見えてしまって気が逸れたのかトーリによる大きな一撃を食らい、こちらもほぼ瀕死。もう『鬼火』も残っていなかったようだ。
奥の手「ミストルテインによる一撃で相手の主軸を撃破し、防御陣が勝利を収め、人数有利を確保する」
最大の苦肉の策。
しかしこれさえも不可能となった。ミストルテインだけでは、相手とのレベル差も、経験差も埋めることはできなかったのだ。
――一射目さえ外していなければ
後悔が生まれる。
一射目をクリーンヒットさせていれば大ダメージを与えられ、戦況を有利に進めることも可能だったかもしれない。
今となってはあれが最初で最後のチャンスだったのかもしれない。
上空高く打ち上げられていたセイラだったが、やがて勢いを失い、頭から自由落下を始める。
涙が出そうだった。
涙が流せないこのゲームが嫌だった。
目を瞑り、走馬灯のように思いだされる《Valkyrja Wyrd》での日々。短い間だったけれど、ここが弓道の代わりとなる――否、新たな「居場所」だと思えるような、セイラにとっての拠り所となっていた。
それを失ってしまうのか。
嫌だ、と心が叫ぶ。
だけどどうしようもないじゃないか。
理性が悲しそうに自分を窘める。
目を開けたときに見えたのは広大な森――その先の開けた場所に光が反射して点となって見える敵のオーブ。あれを破壊しなければいけなかったのに。
「ごめん」
その言葉は仲間へのものだったかもしれないし、自分へのものだったかもしれない。
夢であってほしいと逃避する心。否応なく自覚させられる絶望的
だからだろう、このときのセイラは現実を見失っていて、一兜星羅の知っているセイラではなかった。
刹那、記憶の中に呼び戻されたのは弓道をする自分の姿。
弓を構え、矢を引き、的に向かって放つ。それは初めからわかっていたかのように理想の線を描き、的の中心へと命中する。
あのオーブはまるで的のように見える。的の一番中心、正鵠。この距離からだとほとんど見えないくらい小さな点。
そう思えば無意識に、弓を構えていた。
弓を持ったセイラは初めてギルドのみんなの前で弓を引いたときのように、普段のそれではない。
ただでさえ普段とは異なる様子、そこにセイラを大きく変える弓が加わる。
――今、極致に至った。
至ってしまった。
明鏡止水、外側から興味のない映画を漠然と見ているような感覚。
もう一生繰り返せないであろう才能の最果て。
悲しみと絶望の現実逃避が生みだした、セイラから一兜星羅を排除した、100%の弓の才能の塊。
――すべてを射貫くための才能が、
それが今。
弓を構え。
矢を右手に。
重力などないかのような、完成された射法で。
――射線が視える。
それは必然の未来。
偶然も運も介在することのない、覆りようのない真実。
ミストルテインが応えるように、強い輝きを放つ。しかし凪いだ心にはその輝きすらも目に入らず、先にあるのは的――オーブのみ。
弓道ではやることがない超長距離。自由落下中で、しかも頭が下になっているせいで描く弧は弓道とは逆。
普通、どう考えたって
けれど中るという確信は、当然の結果のように視えていた。
――手を放す。
矢は猛烈な速度でオーブに向かっていく。
手を離した瞬間の自由落下中の視界には、すでに的となるオーブも矢の軌道も入っていなかった。
セイラが我に返った頃には地面に強く身体を打ちつけ、結末を見ることなく光となって散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます