第52話ギルド戦6

「セイラちゃんにはこれを進呈しましょう!」

 《ピース》とのギルド戦が決まった翌々日。

 右手にピースを携えたイリアが一振りの剣をセイラの前に差し出した。

「何これ?」

 前日から本格的に鍛えてもらうようになったセイラたち。今日もいつも通りレベリングに動こうとした矢先のイリアの言葉だった。

「ふっふっふっ、これはあの神器『ミストルテイン』だ!」

「神器!」

 声を出したのはラフィ。しかし全員その言葉に少なからずの反応を見せる。

 神器――北欧神話由来の、特別強力な武器の総称だ。

「ギルドのメンバーを説得して持ってきたんだよ。うちの妹がピンチだからこれもらってもいい?って」

「貸すってこと?」

「そんなケチなことは言わないよ!持ってけドロボー!」

「お姉ちゃん……無理やり持ってきたならすぐ返した方がいいよ?」

 神器はそうやすやすと手に入るものではない。

 複製はできず、世界にたった一つしかない武器。そのうえ、数も多くない。

 持っているだけで栄誉。

 たとえその系統の武器を使うプレイヤーがギルド内にいなくても手放さないというギルドは多く、手放すとなったら家が何百何千と建つほどの高額取引になること間違いなしの代物。

 セイラが攻略サイトで得た情報だけでも凄さが伝わる。

 普通であればそんな武器を「妹がピンチだから」という理由だけでただで譲り受けるなど無理な話だ。

「あっさり許可出たよ。ギルマスも『いいよ』って」

「本当に?」

「もちのろんだよ!まあうちのギルドは神器結構持ってる方だから他のギルドより緩いってのはあるかもだけどねー」

 セイラが後ろの様子を伺うが、この中で一番ゲームをやっているだろうフレデリカも首をフルフルと横に振っている。

 信じられない、といったセイラたちの様子を見たからだろう。イリアはネタ晴らしをするかのように肩を竦めて言った。

「ま、でも一番の理由はミストルテインが神器の中でも評価がかなり低いからなんだけどね」

「どういうこと?」

「ま、使ってみたらわかるよ。ちょっと外出てみよ」


 【始まりの森】の少し開けた場所。

 街に近いためモンスターはほとんど現れず、実際ここまで一体たりとも会っていない。武器の演習にはぴったりだ。

 すでにミストルテインはセイラの手に譲渡されていた。鞘に納められた剣は今、セイラの腰に刺さっている。

「まずミストルテインのデメリットその1、光属性限定武器!」

 確かに武器の詳細をシステムウィンドウから確認すると、「光属性限定武器」と記載されている。

「所有属性を限定する武器ってたくさんあるんだけど、ミストルテインの場合相性がすこぶる悪いんだよ。セイラちゃんはどうして光属性を選んだんだっけ?」

 姉に問われ、属性を選んだ最初の頃を思いだす。

「光属性はサポート向きだから?」

「正解!」

 セイラが答えると、イリアがウインクをしながらサムズアップ。

「サポーターが剣なんか使わんやろがーいって話なんだよ」

「確かに」

 サポーターは主に後衛、特に光属性は魔法面に関してのサポートが充実している。そんなプレイヤーが持つ武器と言ったら、当然魔法の杖だ。ステータスも魔法方面に大きく寄せることになる。

 つまり、剣を持つ意味がない。

「デメリットその2、剣としての能力もそんなに高くない!なんと追加効果のようなものはなく、かと言ってステータスもずば抜けているわけではないという意味のわからなさ!神器とは思えない弱さ、弱すぎる!」

 剣を使うにはサポート寄りの光属性プレイヤーではステータスが足りなくなるのに、そのステータスを補うような特殊な効果もなければ剣自体のステータスも高くない。

 セイラからすればセイラのステータスATKの横にプラスされた剣の分の補正値はかなり大きく感じるが、それも上位のプレイヤーからすれば大きいとは言えないものなのだろう。

「デメリットその3、形態変化は使い勝手が悪すぎる!」

「形態変化?」

 セイラが思わず反応すると、イリアはうんうんと大きく頷く。

「ミストルテインって、北欧神話上でどんな武器か知ってる?はいフレデリカちゃん!」

「はい!二つの伝説を持っている武器であります!」

「正解!」

 なんか変なノリ伝染したかな……。

「フレデリカちゃんの言う通り、ミストルテインは二つの伝説を持つ武器なんだよ。正確に言えば、ミストルテインと呼ばれる武器が二つある」

 ミストルテインの神話は、主に『バルドルの死』と『フロームンド・グリプスソンのサガ』に分けられる。剣型のミストルテインは『フロームンド・グリプスソンのサガ』に登場するものだ。

「剣型はそのうちの一つ。でも剣とはまったく違う形態もあるの。ほら、やってみてセイラちゃん」

 促され、セイラはミストルテインの説明ウィンドウに記載されているやり方を確認する。

「剣を前に突き出して、剣を持っている手とは逆の手を軽く握る……こうかな?あっ」

 見るままにやると、頭の中に「形態変化を行いますか?」という文言が浮かぶ。それに「はい」と答えると、剣は見る見るうちにまったく異なる形へと変化していった。

「弓……」

「そう弓です!神話上だと正確には『ヤドリギを投げたら矢となってバルドルを貫いた』って話になるんだけど、それを都合よく解釈した運営は弓にしたみたいだね」

 左手には弓。右手には光の矢。

「そしてゲーム上では弓というのが問題だったのです。ユキナさん!貴女は剣道経験者とのことですが、周りよりもステータス以上に活躍できると感じたことはありませんか!」

 突如あてられたユキナは困惑を見せながらも答える。

「ええと、うちのギルドは他に剣士がいないからなんとも言えないけど、同レベルくらいの剣士相手だったら勝ちやすいのは確かかな」

「ではラフィさん!貴女は現実世界では魔法を使えないと思いますが、同レベルのプレイヤー同士の場合差を感じたことがありますか!」

「我は現実世界でも魔法が使えるが、ゲーム内で差を感じるということはないな」

「ではサイカさん!魔法とそれ以外の武器、どちらも未経験の場合勝ちたいならどちらから始めるべきだと思いますか!」

「まあ経験者と同じ土俵で戦いたくないなら魔法ね」

「ではハンナさん!ぼったちの相手に魔法を当てることはできますか!」

「そうですね。適正距離範囲内ならできると思います」

「つまり!」

 イリアが総括していく。

「誰もが未経験者の魔法はそもそも当てやすくできてるんだよ。軌道が単純で、距離減衰なんかも単純な軌道を描く。少なくとも避ける意思がなければ避けることができない」

 セイラも思い返してみても、相手が魔法を避けようとしなければ当てるのに苦労したことはない。

 初めてフレデリカとユキナとともに行った【始まりのダンジョン】を思いだしたら明らかだ。ほとんど魔法が初めてのセイラでも、スケルトンやコボルトへの最後の一撃を当てるのには苦労しなかった。

「でも魔法以外の武器は違うんだよ。どうしてもリアルの技術が影響を及ぼす。そしてそれは弓も例外じゃないからね。遠距離武器で初心者には軌道も特殊な弓は、間違いなくすぐに使える武器じゃない。剣だって差が生まれるのに、弓はその比じゃないってわけ。もし弓を練習するくらいなら一つでもレベルを上げた方がいいってくらい」

 確かに、とセイラも頷く。

 弓は簡単ではない。初めての頃は近い距離でも的に届かないなんてざらだし、きちんとした競技の距離になれば的に当てることすら難しくなる。

 そもそも弓道という競技自体がアーチェリーのような的の点数で競うものとは異なり、的にてることそのものを目的にしているのだ。それすなわち狙い通り「中てる」ことがいかに困難かを示している。

 加えて弓道は静かな競技だ。

 それは声だけではなく、動きも同様。

 きちんとしたフォーム、間、それらには相応の時間がかかり、足が動くことはない。狙いを定めるべき対象も動かない的。

 しかし実践となれば別だ。

 ゆっくりと弓を引いていてはむしろ自分が的。そのためには動く必要もあり、しかも相手も動いている。

 弓道経験者でも実戦での弓は使いこなすことが難しい。それが未経験者であればさらに悲惨なことになる。

「ミストルテインの弓形態は、アニメみたいに一発撃ったら百発の弓が雨あられと降り注ぎます、みたいな効果もないからねえ。威力は神器の中でもトップ5には間違いなく入るし、ATKを参照する遠距離武器っていうステータスだけ見ればめちゃくちゃ強いんだけど、如何せん誰も使いこなせないからさ。

 ――というわけで、セイラちゃんにはあと一週間でミストルテインを実践レベルにまで使いこなせるようになってもらいまーす」

 イリアの言葉にセイラは大きくため息を吐いた。

「諮ったでしょ」

「はて、なんのことやら?」

「光属性勧めたのお姉ちゃんじゃん」

 二人の会話が他のメンバーには通じないため、頭に疑問符を浮かべている。

 それを見たイリアがこれ幸いにといやらしい笑みを浮かべた。

「セイラちゃん、ちょっと試しにあの木に当ててみてよ」

 イリアが指をさしたのは30メートルほど先にある一本の木。幹はあまり太くなく、的は大きいとは言えない。

 セイラは一つため息を吐いた。

「外しても文句は言わないでね」

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