第51話ギルド戦5

 ナイフと大剣のぶつかる甲高い音が鳴り響く――サイカと《ホビットの探検》の大柄な男、トーリがぶつかる。

 AGIはサイカが上。

 しかしトーリのDFはサイカのATKを圧倒的に上回る。

 結果、ヒット&アウェイで攻撃を繰り返すサイカと、サイカの攻撃をいなしながら虎視眈々と一撃を狙うトーリの図が出来上がる。

 サイカはダメージを受けておらず、トーリに少しずつダメージを与えている。

 だが、有利なのはトーリだ。サイカにはミスが許されない。

 緊張感の走る膠着状態。

 サイカからすれば一切の余裕はないが、延々と繰り返されるGIF画像を見るかの如く、傍から見れば二人の戦闘は似たような欧州の繰り返しに見えただろう。

 変化が起きたのは最初のサイカのミス。

 半歩、踏み込み過ぎてしまったのだ。トーリの間合いに入り、また反撃から逃れられない距離。

「『鬼火』!」

 咄嗟に使ったのはサイカが「紅の館」で獲得したスキル『鬼火』。自身の周りに五つの青白い火の玉を召喚し、敵のあらゆる攻撃を五回まで無効化するスキルだ。

 トーリの一撃を食らった瞬間、周りに浮かぶ火の玉の一つが消える。ダメージは0。

 すぐに距離を取り、再びヒット&アウェイに戻る。

 『鬼火』は無条件に相手の攻撃を計五回無効化するスキル――発動は任意ではないため、今回のようなどうしようもないミスでなければ発動させたくない。トーリのDF が高く小さなダメージしか与えられないサイカは『鬼火』を利用した捨て身の攻撃ができないからだ。

「あと五回だ」

 トーリの低い声がサイカの寿命を告げる。

 実際にはトーリの攻撃がサイカのHPを一撃で全損させることは難しいため最低でももう一撃は必要だろう。

 しかし五回目の攻撃を食らったとき、これ以上攻撃を食らえないサイカはトーリを足止めするという役割を果たせなくなる。

「あら、もうあんたの攻撃を食らう気はないわよ」

 挑発するように、強気に。

 それがサイカにできる目いっぱいの自分への鼓舞だった。


 そんな二人の横では、腰から一振りの剣を引き抜いたセイラを見て、《ホビットの探検》リーダーのビルが眉を顰めていた。

「情報と違うな。君、サポーターじゃなかったのか?」

「さあ?」

 セイラがサイカを真似て挑発的な笑みを浮かべると、しかしビルは特別警戒を強めることもなく歩みを進める。

 ビルには臆する理由がない。

「君のレベルは『鑑定』で把握している。たとえ前衛だったところで、俺の敵じゃない」

 ビルのレベルは120。対してセイラは、イリアのパワーレベリングによってレベルが上がったと言えレベルは48。

 どんなにビルが虚を突かれようと、セイラは一撃食らえば光となるほどのレベル差だ。

 しかしセイラの笑みが消えることはない。

「この剣が普通の剣に見えるの?」

 セイラが剣を突き出すと、ビルはその剣を一瞥し、瞬間目を僅かに見開かせる。

「ただの剣ではないな。いや、まさか――」

「教えてあげないよ!」

 セイラがビルに斬りかかる。

 僅かな虚も見逃さずに攻撃しなければ瞬時にやられるからだ。

 だがセイラには剣術スキルがない。ダメージとなるのは純粋な剣による通常攻撃のみ。ATKのステータスもお世辞にも高いとは言えず、仮に銀の剣を用いていたとしてもビルの敵ではない。

 しかしセイラの剣を受けたビルは、身体を大きく仰け反らせた。

 想像を超える重い剣。

 仮にATKに大きくステータスを振っていたとしてもレベル差からは考えられない一撃。

 不意を突かれ、万全の体制ではなかったというだけでは説明がつかない。

 銀の剣でさえもそれを為し得ることはできないはずだ。

 金?いや、違う。それよりも強力な何か。

 ビルがセイラから攻撃される寸前、頭の中には一つの武器が思い浮かんでいた。それならば、なるほどこの威力を出すことは可能かもしれない。

 しかしその武器はたかがレベル100以下のギルド、否、たとえ最上位プレイヤーでも手に入れるのが難しい武器。

「どこでその武器を手に入れた」

「ちょっとした伝手だよ」

 金に輝く剣。

 一時期ゴミ武器とさえ言われ有名になったその武器は、しかし今は充分すぎる威力を持つ。

 ――ミストルテイン。

 それは神器に属する。

 神器とは北欧神話に存在する伝説の武器であり、あらゆる素材の武器よりも優れた能力を持つ武器の総称だ。

 ミストルテインは神器の中では評価がかなり低い。

 しかし神器とはそもそも高レベル帯のプレイヤーしか手に入れられないようなもの。ゴミ武器とは最上位プレイヤーたちのいる高レベル帯の話であり、低レベル帯では当然他プレイヤーが持つどんな武器よりも強力な武器だ。

「だが所詮は付け焼刃。その武器を使ったところで、君たちに勝ち目はない!」

 ビルが剣を振り下ろす。

 スキルなど必要ない。たとえ神器であっても圧倒的ステータスと経験の差、その二つを覆すには足りないからだ。

 セイラはそれをミストルテインで受けるが、剣を押し込まれ大きく態勢を崩してしまう。

 ビルはその隙を見逃さずに追撃を繰り返す。

 経験の差は、剣を合わせきれないセイラにダメージとなって蓄積される。

 止まらない攻撃、徐々に崩れる態勢。

 そしてついにセイラが崩した態勢を戻しきれず、地面に尻餅をついた。

「『フラッシュ』!」

 ようやくビルの攻撃がクリーンヒットするかと思われた瞬間、セイラは機転を利かせ『フラッシュ』を発動。

 突然の視界を覆う光にビルは振り下ろそうとしていた剣を止め、腕で光を防ぐ。しかし突然放たれた光を防ぎきれるはずもない。

 僅かに視界を失ったビルはセイラの横薙ぎの攻撃を受け、後ろに飛ばされた。

 ステータス差、踏み込んだ攻撃ができなかったこと、とその二つがビルに大きなダメージを与えるには至らなかったものの、オーブ近くまで押し込まれていたセイラはラインをもとの位置まで回復させる。

 ヒーラーのグミの回復を受け、HPをほぼ全回復するビル。

 セイラもハンナの回復を受け、HPを回復する。

 一連の動きは時間稼ぎとしては上々だった。

 が、長くは持たない。『フラッシュ』はクールタイムに入り、ビルにも警戒が生まれてしまった。

 また、ほぼ回復が追い付いているビルに対し、セイラははっきりと回復が追い付いていなかった。たとえ同じ手が通用したとしても時間を掛ければやられるだろう。

「なかなかやるな。だが、もう同じ手は食わない」

 しかし時間を掛けることはセイラたち《Valkyrja Wyrd》の思う壺。ビルは防御陣のバルたちを信じているが、わざわざ時間を掛ける理由はない。

 セイラがどう時間を稼ごうか、そう考えたときだった。

『しょうがない。奥の手で行くよ』

 おそらく敵に聞かれないように、こっそりとセイラにつなげた通話――最終手段を取るという合図。

 それを受け、セイラは一つ深呼吸をする。

「ねえ」

 大きく吸った息のままビルに話しかける。

 当然ビルが歩みを止める様子はない。

「この武器が何か知ってる?」

「ミストルテインだ。それ一つで俺をどうにかできるほどの力はない」

「本当に?」

「そうだ」

「これを見ても?」

 セイラがそう言うと、セイラの手の中でミストルテインが変化を見せる。

 光り輝く剣が二つに分かれ。

 一つは左手に、一つは右手に。

 左手に持つそれは大きな弧のような形を成し。

 右手に持つそれは一本の細い線となる。

 ミストルテイン――数少ない形態変化を見せる神器。

 通常時は剣の形に。

 しかし形態を変化させると弓と化す。

「私、弓にはそこそこ自信があるんだ」

 セイラが右手の矢を放つと、光の速さでビルの横を通り抜け後ろにあった木々を大きく抉った。遅れて、爆音とダメージが入りそうになるほどの風圧がビルを襲う。

 ビルは呆気にとられ、歩みを止めた。突如として現れた命の危機に冷静でいられる人間は少ない。

「少し手元が狂ったよ。でも、次は外さない」

 セイラが右手を軽く空に向けると、次の矢が現れる。

 そしてビルが呆然としている間に、再び矢を持った右手を弓に掛けた。

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