第50話ギルド戦4
敵後衛陣が一斉に魔法を詠唱し始めた。
「『リジェネレート』!」
「『ライトアーマー』!」
「『アイスフィールド』!」
中級聖属性魔法『リジェネレート』は、対象者に10秒間で最大HPの1%の回復をする魔法だ。効果は200秒間。最大20%の回復をすることができる。
この効果は一見それほど強くない効果に思えるが、「最大HPの1%」という固定効果を持つ回復魔法という点が非常に評価されている。特にパーティー間でレベル差がある場合、下手な回復魔法を使うよりも『リジェネレート』の方が最大回復量が多くなったり、万が一ヒーラーが倒れても回復が続いたりなどのメリットがある。
半面、瞬間回復能力では劣るものの、レベルの高い対面プレイヤーの回復手段としては最も重宝されている魔法の一つと言っても過言ではない。
中級光属性魔法『ライトアーマー』は、対象者に対する闇属性の攻撃を50%カットする魔法だ。闇属性の攻撃にしか効果はないものの、逆に闇属性を使うプレイヤーには大きな脅威になる。
これによってラフィの闇属性魔法が大幅に抑制されてしまった。
DFほどMDFが高くない傾向にある前衛は魔法攻撃が大きな打点になり得る。しかし『ライトアーマー』を得たバルは、ラフィへの意識をほとんど割く必要がないためフレデリカとユキナに注力することができる。
中級氷属性魔法『アイスフィールド』は設置型の魔法で、フィールドを一定時間「寒冷地帯」に変化させる魔法だ。
寒冷地帯の効果は、「継続ダメージ」「速度低下」の二つ。
どちらも大きく支障をきたすほどのものではないが、先ほどの『恐嚇』同様、速度低下に慣れていなければ連携に大きな支障をもたらしかねない。
「『ブレイズアーマー』!」
加えて、バルが使用した火属性専用スキル『ブレイズアーマー』は、火属性の鎧を纏うスキルだ。この鎧には触れた相手に炎熱ダメージを与える効果と、寒冷系フィールドの影響を受けないという効果がある。
バルは『アイスフィールド』の効果を受けず、その身に炎を纏いながら突進。
バルを攻撃の要とする、《ホビットの探検》が《ピース》に加入するより前から愛用してきた戦法。
これを初見で破れたギルドはほぼ存在しなかった。それこそ、《ピース》のような経験もノウハウも蓄積されきったようなギルドでなければ。
まして対応しなければならないのは今回のギルド戦が初めてであるフレデリカとユキナ。
想定外の敵の攻撃によって生まれた逡巡は、二人の連携を大きく狂わせる。
「ユキ――くっ」
最初に狙われたのはユキナ。
ユキナはバルの攻撃を受け止めきれないと見て、大きく回避行動をとる。
しかしフレデリカがユキナの援護に向かってしまった。
回避をしたユキナ。
援護をしてユキナのダメージを軽減しようとしたフレデリカ。
バルは下がるユキナを見送り、向かってくるフレデリカに標的を変更。
「『雷神剣』!」
雷属性剣術スキル『雷神剣』。剣に強力な電気を纏わせ、大ダメージを与えるスキルだ。一瞬溜めの時間があり、範囲も広くないというデメリットを持つが、ダメージ量は非常に高いという特徴を持つ。
回避する前のユキナがいた場所に強く踏み込んでしまったフレデリカ。後ろに急旋回をすることはできず、しかし『雷神剣』の溜めの隙を狙えるほどの距離でもない。
「『地裂槍』!」
咄嗟の判断で土属性槍術スキル『地裂槍』を発動。槍による、地を割るほどの強力な一撃を与えるスキルだ。
フレデリカが持つ中で最も威力の高いスキルだが、後出しとなったせいで槍を充分に突き出す前に『雷神剣』と衝突してしまう。
大きな炸裂音とともに、フレデリカのみが飛ぶ。地面に何度も身体を打ち付けながら転がり、大きな木の幹に衝突した。
追撃を防ぐようにユキナが慌ててフレデリカに駆け寄り、バルとの間に入った。
「ごめん、フレデリカ」
「いや、今のは私の判断ミス、だよ」
息も絶え絶えに持ち上げた肉体。ダメージから来る身体の重さはリアルで実際に受けるよりは遥かに軽減されているものの、影響がないわけではない。
「『地裂槍』じゃ足りなかったか」
「残りHPは?」
「三割くらいかな」
『地裂槍』でダメージを一部相殺したにもかかわらず、七割のダメージ。もしも相殺していなければ一撃で倒されていた。
最悪は防いだが、現状はかなり悪い。
フレデリカの残りHPは僅か。バルの方はほとんどダメージを与えられていない。
大きく後ろに飛ばされたことで、前衛の攻撃に巻き込まれないよう下がっていたラフィとの距離も声が届くほど近くなっている。
森の切れ目からも大きく離れ、お互いに遮蔽を使える通常の森での戦闘となってしまった。
フレデリカが飛ばされている間に放ったラフィの魔法もほとんどが木に衝突。当たった魔法も闇属性のものは半減され、それ以外は威力の高い魔法を習得していないせいで有効なダメージにならない。
HP割合で負け、地の利は五分以下。流れも悪い。
バルに『雷神剣』を使わせて誰も倒れていないことは僥倖だが、フレデリカも『地裂槍』を使わされてしまった。
この二つのスキルはクールタイムが長い。クールタイムが過ぎる頃には決着がついているだろうが、決定力が必要なのは攻撃をするフレデリカたちだ。この差も不利に傾く要素になってしまっている。
「どうした?まだまだ音を上げてもらっちゃ困るぜ?」
『アイスフィールド』『ブレイズアーマー』はスキルタイムを終え解除された。しかしバルが見せる余裕の表情は、まだ二の矢三の矢があることを示唆している。
「しょうがない。奥の手で行くよ」
奥歯を強く嚙み締め、フレデリカの決めた作戦。
《Valkyrja Wyrd》には、フィールドや状況によって事前にイリアの考案した幾つかの作戦が存在していた。
例えばそれは攻撃サイドにフレデリカ、ユキナ、ラフィの火力組を回し、防御サイドは命を懸けた時間稼ぎに徹することであったり。
森フィールドのような遮蔽の多い場所ではサイカが罠を仕掛けておくことであったり。
しかし本当にどうしようもない状況になってしまったときに、作戦関係なしに用意しておいた奥の手が存在する。
本来切りたくなかった、切るとしてもこんなにも早くから切らざるを得ない状況になるとは思っていなかった、最低の選択。
チーム戦も何もあったもんじゃなくて。
しかも運も味方に、あらゆる巡り会わせが良くて。
それでようやく通るかもしれない最後の切り札。
けれど判断が遅れて手遅れになるよりはずっといい。
「HP的に私は頑張れないから、ごめん、負担掛けることになる」
「そんなの、このギルド戦が始まったときから覚悟しているよ」
ユキナが口角を上げ、フレデリカよりも数歩前に立つ。
「援護は任せて」
「頼んだよ」
「ラフィも行ける?」
フレデリカが確認すると、離れた位置から自信満々に不敵な笑みを浮かべた。
「問題ない。与えられた役割、完璧にこなして見せよう」
「頼もしいじゃん」
ラフィから視線を外し、前を見れば、ゆったりと歩くバル。防御陣のバルは攻撃陣がオーブを破壊するのを待てばいいので焦る必要はない。
「話し合いは終わったか?ま、何を話したところで結果は変わらないがな」
「それはどうかな」
フレデリカの言葉に、バルが鼻で笑う。
「大層な希望だけ持ってな。それもあと数分だ」
勝利を掛けた第二ラウンドが始まった。
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