第48話ギルド戦2

 《ホビットの探検》のギルドマスター、ビルは後悔していた。

 そもそもの始まりはあるレアドロップの獲得だった。それは《ピース》にとっては不足しているものだったが、《ホビットの探検》にとってはなんら必要のないもの。

 だから忖度や媚のつもりで本部にそのアイテムを譲渡したのだ。

 どうやらそのレアアイテムは高レベル帯でもかなり取得難易度の高いものだったのだろう、彼らは本部から感謝の印として銀の剣を下賜された。

 浮かれていなかったと言えば嘘になる。

 だが銀の剣がどれほど貴重で重要なアイテムなのかわかっていたし、安全思考で圧倒的格下の【始まりのダンジョン】を訪れた判断に間違いはなかったはずだ。

 それでもPKの可能性を考慮していたかと言われれば、頭からすっぽり抜けていた。

 銀の剣を手に入れたことを隠さなければいけなかった。

 少なくとも街でその喜びを表してはいけなかった。

 PKギルドは何も同じ場所でずっと見張っているばかりではない。街でレアアイテムを手に入れたプレイヤーの後をつけ、最適な場所で襲う、というのも彼らの常套手段だ。

 ビルたちにとって、その場所として選ばれたのが【始まりのダンジョン】。

 圧倒的格下、HPやMPは消耗はしない場所だが、しかしモンスターが大量に現れるダンジョンは集中力を奪われる。

 ――仲間のヒーラーのグミが捕らえられたのに気づいたのは彼女の笑い声が聞こえないと気づいたときだ。

 すぐにビルはグミごと敵を斬った。

 それが最善だとわかっていて、グミが怒らないとわかっていても、その出来事はビルの心に大きな障害を生んだ。

 最終的に残り六人で敵と戦い。

 行動に精彩を欠いたビルを起点にパーティーは瓦解し、捕らえられこそしなかったものの全滅することとなった。そのとき敵も道連れで全滅させられたのが幸いか。

 しかしやられたときに銀の剣をドロップしてしまい、回収することは叶わず。

 《ピース》のギルドマスター、カイナに冷酷無慈悲な言葉を浴びせられ、もはやゲームをしているという感覚は失ってしまった。

 まだ始めたばかりの頃は楽しかった。

 ネットで一緒にやる友達を集め、ゲームを始める前からどんなギルドにしようか悩み。

 魔法使いをやりたいと言っていた一人が全員でエルフ耳にしたいと言い。

 その意見は彼以外の全員により却下されてしまったけれど、年齢も性別も性格も違う七人でできたギルドは、種々様々な好みを持っていて。

 北欧神話の物語で《ホビットの冒険》という話があるのを知り、その物語は様々な種族が出てくることを知って、一部を変えてギルドの名前にした。

 それがあるとき、《ピース》にギルド戦を仕掛けられて変わってしまった。

 それでも仲間たちは心配させないようにと精いっぱい楽しんでくれていたけれど、ビルはずっと責任という重荷を背負ってここまで歩んできた。

 そして今回の出来事。ビルの重荷はもう抱えるのも精一杯なほどに大きい。

 負けるわけにはいかない。

 戻れないところまで来てしまった。

 もはやあの頃の楽しさはないとしても、それでも仲間たちを失うようなことは、仲間たちから居場所を失うようなことは――。

 存亡を賭けた戦いが始まってしまったのだ。


  ***


 ギルド戦のフィールドは、人数や設定ルールなどの条件からAIによってランダムに選ばれる。

 今回選択されたフィールドは森。特に仕掛けなどはなく、【始まりの森】のような単純なフィールドだ。縦三〇〇メートル、横一〇〇メートルほどを見えない透明の壁に囲われており、それより先には移動できない。

 セイラたちは転移されたフィールドを見て、ひとまず安堵に息を吐いた。

 ギルド戦の経験数が少ない《Valkyrja Wyrd》は単純なフィールドの方が考えやすいからだ。

 複雑なフィールドとなればフィールドを使った作戦がモノを言う。

 特にセイラは森系統以外の戦闘経験が少ないので、森フィールドは最も勝ち筋が濃いとさえ言えるだろう。

「じゃあ作戦通りに」

 フレデリカの言葉に、全員頷く。

 フレデリカを先頭に、ユキナ、ラフィが森の中へ駆けていった。

 対照的にセイラとサイカ、ハンナはその場にとどまる。


 今回のギルド戦のルール、その勝敗の決着の決め方は「オーブの破壊」。

 それぞれの最初の転移地点にはオーブが存在し、オーブは一定のダメージを与えると破壊される。

 オーブの破壊、またはチームの全滅で勝敗が決まる、というルールだ。

 このルールにしたのは、実力差をワンチャンスで埋めることができ、複雑な要素もないため。《マスク・ドール》のギルドマスター、シンの提案によるものだった。

 また、基本作戦はイリアによって立てられた。

 攻撃陣が火力のあるフレデリカ、ユキナ、ラフィだ。

 ギルド戦は人数の最低条件が七人。七人に満たなければ確実に人数不利を背負って戦わなければならないということだ。

 《Valkyrja Wyrd》は所属人数現在六人のギルド。そんな状況で攻撃に手を抜けば勝機は見出せないため、火力のある三人は攻撃陣に回さざるを得なかった。

 対照的に防御陣はサポート寄りの三人。

 サイカは搦め手や設置罠、奇襲などを得意とするタイプのため、敵が激しく動く防御陣へ。

 セイラとハンナは攻撃陣へ回ることができるほどのレベルがないため消去法だ。

 こちらの要はサイカ。

 むしろオーブとサイカを守ることがセイラとハンナの最大の役割とも言える。最悪肉壁になることすらあり得るだろう。

 緊張で乱れる息を整えながら、今のうちに地形を把握する。

 わかりやすいのは目前。

 ランダムに木々が配置されており、大きく横に広がっている。ただし木の高さはそれほどなく、相手のスキルや魔法によっては上からの攻撃も考えておかなければならないだろう。

 振り返れば大きなオーブ。今回セイラたちが守らなければならない、破壊されてはならないオーブだ。

 オーブは森の外、障害物のない森の場所に配置されており、森までは一〇メートルほどの距離。高さ二メートルの台座の上に置かれ、直径も二メートルという大きさがある。

 つまり障害物を十分に活用できる攻撃側が有利な地形だ。

 これは敵陣も同じ。フレデリカたちがなるべく早く勝負を決めてくれることを願うしかない。

 サイカもそれを理解しているからか、森の切れ目に入るまでに罠スキルを設置していく。

 今回のギルド戦による持ち込みのアイテムは、拒否できない武器・防具を除いてすべて使用不可にしているため罠設置はスキル以外では難しいが、これも相手と同条件。

 なるべく大規模ギルドのリソースが使われないようにした結果のルール設定だ。

「罠の設置は終わり。あとはどれくらい引っかかってくれるかね。アタシは先に隠れてるわよ」

「オーケー。こっちは私たちに任せて。命懸けでオーブ守るから」

「頑張ります!」

「頼んだわよ」

 防御陣の陣形はオーブの前にセイラとハンナ。森に潜むのがサイカだ。

 サイカはなるべく奇襲して相手を攪乱するのが目的であり、セイラとハンナは最悪肉壁にもなれるオーブの近くとなっている。

 少しして、炸裂音。

 サイカのスキルだ。イリアにパワーレベリングと有用なスキルを教えてもらったことで、サイカのスキルは罠中心に大幅に増えている。

 しかしスキルレベルを後回しにしたため相手へのダメージは大きくない。罠はあくまでも足止めのためなのだ。

 だが悪いことに次々に罠の発動した音がする。足止めも見込んだほどの効果は持てていないのだろう。

 続いて数度の剣戟の音。

 サイカが戦っている。しかしすぐに弾かれるように森から出てきてしまう。

「レベルが足りないわね」

 滑るようにセイラとハンナのもとまで下がるサイカ。

 森の中からは、少し衣服の乱れがありながらもたいしたダメージを追っていない三人の男女が現れた。

 一人は敵チームのリーダーの青年。

 残り二人は、大盾を持った身体の大きな男と、ハンナと同じような神官服を身に纏った少女だ。

 全員セイラたちとそれほど変わらない年齢をしているが、ギルド戦慣れをしているのだろう、落ち着いた所作でサイカを中心に見定めている。

「いい作戦だ」

 青年が言った。

「レベルの高いメンバーを前衛にし、レベルの低い足手纏いは後衛で壁にする。少しでも時間を稼いで、一手でも先にオーブの破壊を目指す。君たちの作戦は今できる最善と言えるだろうね」

 余裕の歩み。負けることはないという絶対的自信。青年からはそれらが滲み出ていた。

「本当に、こんなにも素晴らしいプレイヤーを排してしまうのは心が痛い。でも俺たちも生き残らなければいけないんだ。こんなことで、こんな所で、負けてなんていられない。だから、速攻で決めさせてもらう。トーリ、グミ」

「うむ」

「ビルの言う通りに」

 青年――ビルの言葉と同時、大盾――トーリが前に繰り出す。神官服の少女――グミは魔法を唱える。

「セイラ、最初から本気で行くわよ!」

「うん!」

 今回の作戦、圧倒的に不利なことはわかっていた。

 攻撃陣に最大の戦力をつぎ込み、防御陣はひたすら時間稼ぎ。

 言うは易しだが、実際にそれを行うのは難しい。

 攻撃陣がどれだけの時間を掛ければ攻略できるのか、そもそも攻略できるかもわからないのに、防御陣がやることは一秒でも多く時間を延ばすことだ。

 そんな先の見えない状況で、レベルが上の敵プレイヤーから時間を稼ぐ。しかも防御陣には前衛プレイヤーがいない。

 勝つ方が難しいというものだろう。

 もちろんセイラたちもそれにはいち早く気付いた。防御陣にも前衛プレイヤー一人は残しておくべきじゃないかと。

 しかしそれはイリアに却下される。

『ワンチャンスに賭けるなら、攻撃を緩めることはできないよ。今回の試合形式上、守り切って勝つ、ってことは難しいからね』

 だがそれでは守りは簡単に崩されてしまうだろう。

 牙城を崩す、なんて言葉があるが、こちらは「城」だなんて言葉が付けられるほどたいそうな戦力さえ防御陣には残せない。

 そこでイリアが考えた作戦。

『前衛を一人増やそう!』

 その言葉の通り、《Valkyrja Wyrd》には一週間で前衛が一人増えた。

 メンバーが増えたわけではない。後衛から前衛にコンバートしたわけでもない。

 武器を手にし、防具を手にし、スキルを新たに習得して。

 前衛の役割を担えるだけの力を手にした。

 ――将来的には前衛もやってみたいかな。

 頭の中で、そんな自分の言葉がフラッシュバックする。

 本来はもっと先になると思っていたこと。

 せめて仲間に迷惑が掛からないようになってから、と。そう考えていたのだが。

 でも今はそんなこと言っていられない。

 息を一つ吸い、右手が強くそれを握って。

 セイラは腰から光り輝く剣を引き抜いた。

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