第47話ギルド戦1

 《ピース》本部、ギルドマスタールーム。

 そこにはギルドマスターが動かずして正確な情報を得るために設置された一つの大きなモニターがある。

 特に多いのはギルド戦。

 最大人数を誇る《ピース》はギルド戦を最も行っているギルドであり、その数は平均一日一戦以上、そのため重要なギルド戦が行われる場合はこうしてギルドマスター直々にモニターから試合を観戦する。

 今も画面の向こうでは二つのギルドが相対していた。

 一つは《ピース》の下部ギルド。

 《ピース》はフランチャイズのごとくギルドに「ピース」の名前を含むことを許す代わりに支配下に入らせることでギルドを拡大している。

 もちろん下部組織とは言え「ピース」の名前を含む以上、本部はこれに危機が生じたときに守るという契約を交わしている。代わりに多額の献金や強い命令権、ギルドの損失に対する制裁はとても厳しい。

 この契約を進んで結びたいと言ってくるギルドもあるが、その厳しさからほとんどはギルド戦で勝利して強引に契約を結ばせるパターンが多いのが事実だ。

 今回ギルド戦を行う《ピース》側のギルドも、もとは《ホビットの探検》という名前で活動していた。

《ピース》はそれを吸収し、力で従わせた。

ギルド戦をやっている誰もギルド戦を望んでいないという不可解な状況。けれどそれこそが《ピース》の日常でもある。

 対するは、初めて名前を聞いたようなギルド。女性ばかりで構成され、レベル100未満ばかりが集まるような弱小だ。

 下部ギルドとは言え、純粋な力関係では《ホビットの探検》の方が圧倒的に上。負けるはずがない。

 だが――

「ギルマス、お客様がご訪問されています」

 試合開始の合図の直前、唐突に、隣から秘書の女性の声。

 名前はシリア。ファンタジーな世界観に似合わないピシッとしたスーツと五センチほどの高さのヒールを履き、コツコツと足音を鳴らす、本物の敏腕秘書のような女性だ。

 数秒の静寂だっただろうか、普段ならあり得ないギルドマスターの沈黙に、シリアは普段微動だにしない面貌に心配の色を見せる。

 そんなシリアの様子を見て、彼女は自分が今どうしていたのか察した。

 シリアは生真面目な性格であることから、おそらくノックをして自分に確認を取り、そのうえで入ってきて、用件を伝えたのだろう。

 しかし彼女は生返事で応え、シリアが間近に来るまで存在を把握していなかったのだから、その心配は自明のものだ。

 自分らしくないなと思いながらも、なぜ自分がそんな「らしくないこと」をしたのかの理由は思い当たる。

「ちょっと考え事をしていたのよ」

 シリアはその言葉に安心したように、僅かに心配の色を弱めた。

「何を考えていらっしゃったのでしょうか」

「今回、たかが弱小ギルドとのギルド戦に《マスク・ドール》の介入が強すぎる理由」

「理由がわからない、と?」

「ええ、まったく。何か大きな功績を残したギルドでもなければそれまで彼らとの繋がりも見えなかったわけだからね。貴女は何か知っている?」

「私が知っているなら、それをギルマスにお伝えしないということはあり得ません」

「……でしょうね」

 彼女から見てシリアは、おそらくこの世界で最もロールプレイングをしっかりしている人物と言っても過言ではないだろう。

 否、それも正しくは違う。シリアは何か役になり切っているつもりはないのだ。

 現実以上に現実らしい、理想の秘書たる行動をとる人物。

 そして「優秀な秘書」であるシリアは、決して嘘の報告や情報の隠匿は行わない。

 だから訊いてはみたものの、回答が得られることは期待していなかった――のだが。

「――と言いたいところですが、先ほどその理由の一部が判明いたしました」

 彼女は思わず目を見開き、身体をシリアへ向ける。

 視線で言葉の続きを促すと、シリアは言葉を発するでもなく扉の方へ向かった。

「その理由についてですが、おそらくお客様に会っていただければわかるかと」

「わかったわ」

 本来、このギルドマスタールームにアポなしで訪れることは許されない。それはたとえ本部のギルドメンバーであっても、だ。

 にもかかわらずシリアが彼女の前まで客人を通すということは、それなりの相手であることは予想できる。

 さて、彼女のその予想はどうだったかというと。

 入ってきたのは二人の人物。

「やっほー、おバカなカイナちゃん」

 一人は生意気な小学生のような見た目をした女。

「すみません、突然来訪してしまって」

 もう一人は丁寧な物腰の、十代半ばくらいの綺麗な少女。

 どうやら「それなりの相手」という予想は正しかったようだ。しかし同時に候補の中では一番当たっていてほしくない予想の相手が一人。

 ピクリと一瞬自身の眉が上がるのを感じたが、何事もなかったかのように親しげな笑みを浮かべる。

「あらハクア、いらっしゃい。歓迎するわ。最近新しい紅茶が入ったのだけど飲む?結構美味しいのよ」

「こんにちは、カイナさん。紅茶ですか?せっかくなのでお言葉に甘えさせていただきます」

 《ピース》のギルドマスターとして、歓迎すべき相手には敬意をもって。

 彼女――カイナは敵と味方の区別ははっきりつけるが、敵すべてに敵意を振りまくわけではない。

「おいこらイリアちゃんを無視すんなよああん?」

 歓迎すべき相手には敬意をもって。

「ハクア、そんなところに立っていないで座りなさい。私の許可を求める必要はないわよ?私と貴女の仲じゃない」

「いえ。親しき中にも礼儀あり、という言葉はとても大切だと思いますから。ですがありがとうございます。そんな風に言っていただけて嬉しいです」

「私もハクアに親しいと思われていて嬉しいわ」

 だから、歓迎していない相手には敬意を払わないし、敵意も向けるのだ。

「おい無視すんなって言ってんだろ?」

「ねえシリア、基本ここってアポなしはダメだと教えたはずよ?アポなしで許されるのは私と同格の相手。こんな格下幼女は早く追い出しなさい」

「承知致しました」

「承知すんなこらあああ!」

 イリアが暴れだしたのを見て、ハクアが「どうかここは私の顔に免じて追い出さないでおいてもらえませんか?」と苦笑気味に言うので、カイナはため息交じりにシリアに「もういいわよ」と告げた。

 ようやく落ち着いたイリアに、けれどその憎々しい顔に嫌気を覚えつつ、優秀な秘書がいつの間にやら人数分用意していた紅茶に口をつけて、一息吐く。

「で、私に何か用?嫌いな私に会いに来るなんて糞チビ幼女らしくないじゃない」

「今回は無視できない理由があるから会いに来たんだよそれくらいわからないのおバカなカイナちゃん」

 お互いガンを飛ばし睨み合うイリアとカイナ。この二人は昔から最上位プレイヤー界隈では有名な程に仲が悪い。

 話が進まないと思ったのか、ハクアが介入する。

「私からお話の方、よろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん」

 さっとイリアから視線を外すと、カイナはまるでそこには最初から何もいなかったかのようにハクアだけにその身を向ける。

 ハクアは一瞬微苦笑を見せたが、すぐに真剣な表情に直って言った。

「今回私たちがこちらを訪れた理由は、ギルド《Valkyrja Wyrd》についてです」

 カイナの耳に届いた予想外の言葉。最近聞いたばかりのギルドの名は、お世辞にも大きなギルドとは言えないが、忘れるはずもない。

 ちょうどモニターの向こうでは、《ピース》の対戦相手として《Valkyrja Wyrd》の名が告げられていた。

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