第46話自分たちの「居場所」をまもるために3

 宣戦布告は話し合いの翌日に行われた。

 ギルドに現れたのは歳の若い男。見覚えを感じ思い返してみれば、以前ラフィとハンナとともに武器屋で遭遇した青年だ。

 青年はセイラの顔を一瞥すると、向こうも気づいたのだろう、一瞬目を見開き、苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

 青年は苦悶の表情を浮かべたまま、セイラたちから目を逸らす。

「布告状だ」

 そう一言、青年は宣戦布告の意思を記した羊皮紙を渡すと、まるで逃げるように帰って行った。

 まともな感性をしていないのはトップだけなのだろう、青年は一瞬とは言え言葉を交わしたことのあるセイラたちとギルドを賭けた戦いをするのを嫌っているかに見えた。

 ――きっと私が《ピース》に入っていたらすぐにこのゲームを辞めていただろうな。

 そんな青年への同情が浮かぶ。

 真剣なのは悪いことじゃない。

 ゲームに命を懸ける人だっていてもいい。

 けれどそれを他人に押し付けたり、できない人を不幸にしたりするやり方は好きじゃない。

 そう思うのは、きっとセイラだけではないはずだ。

 セイラはかつて弓道に真剣だった。

 命を懸けるほどに熱を込めていたかもしれない。

 でもそのやり方が絶対正しいとは思わなかったし、チームプレイにならずそれぞれのやり方でできるからこそ弓道を選んだという側面も、今考えればあるのだろう。

 けれど現実は非情なもので。

 きっと《ピース》のギルドマスターのような人間が、集権的な場所ではトップに君臨してしまうのだろう。

 逆に言えば人を従えられるカリスマと、自分たちのためだけに動ける人間――それが優秀なリーダー足り得る条件なのかもしれない。

「ギルド戦の期日は来週の日曜日。ルール決めは今日を含めて三日以内、だってさ」

 布告状にはギルド戦の予定日時が記載されていた。

 今日は日曜日であるため、ギルド戦は丸々一週間後となる。

「お姉ちゃん、私たち一週間で間に合うかな」

 ギルド戦のルール決めはルールが合意されない状態が続けば、そのギルド戦そのものが白紙になる。

 もちろんルールを決めた側に悪いところがないならば、遅延行為はむしろギルド戦を仕掛けた側の責任だ。

 しかし合意できないような無茶なルールで白紙にさせていれば、むしろ自分たちが提示したルールを公開され非難される側になる。

 つまり圧倒的なハンデをルールに盛り込むなどしてこちらが勝利しやすい条件を設定すると、その条件が掲示板などに公開されて不当性を糾弾されてしまうことになる。

 それすなわちゲーム内の社会的な死だ。

 ギルド戦そのものを白紙にしようとする方法は、ギルド戦に負けるよりも悪い結果になると言っていい。

 同様に期日を伸ばすことも難しいだろう。

 特に今回は相手がゲーム内最大ギルド。いくら同じ五大ギルドの《マスク・ドール》が交渉に介入していようと、その立場は五分よりも下になる。

 適当な理由なく期日を遅らせることは難しい。

 時間は多くない。

 平日には学校だってあるし、レベル上げにはもちろん、プレイヤースキルを高めるのはもっと難しいだろう。

「幸いルールについては《マスク・ドール》の方で考えてくれるから一週間は目いっぱい使える。できるだけのことをやるしかないよ」

 ゲーム内では六倍の時間があるとは言え、しかしリアルのことも考えればとても短い期間。

 勝つためには全力を尽くす。

 そのための士気は上がっている。

 けれど不安がないというわけではない。

 緊張でカラカラの口の中を潤すように唾をごくりと飲み込む。

 そんなセイラたちの様子を察してか、イリアが自信満々に、そして不敵な笑みを浮かべて言った。

「勝つための方法は全部与える。大丈夫、その方法については考えがあるから」


  ***


 時間の感じ方というのは不思議なものだ。退屈だったり、嫌なことをしたりしている時間は長く感じる癖に、楽しかったり焦っていたりする時間はありえないくらい短く感じる。

 一週間。

 宣戦布告がまるで昨日のことのように思えるほど短い時間だった。

 今までの人生で一番短く感じた一週間かもしれなかった。

 しかしもう文句を言う時間はない。目の前にはすでに倒さなければならない敵がいるのだから。

 意外なことにも戦う相手は布告状を渡しに来た青年だった。

 大きなチームなのだから、てっきり宣戦布告をする人物と実際に戦う人物は違うと思っていたのだけど。

 青年がパーティーメンバーを引き連れて《Valkyrja Wyrd》の正面に立つ。

 対抗するようにセイラたちも相手を真っすぐに見た。

「負けないよ」

 開口一番、フレデリカが相手のリーダーに喧嘩を売る。

 青年は一瞬顔を顰めたが、「それは俺たちもだ」とすぐに言葉を返した。

 まるで最強ギルドには似つかわしくない、余裕のない声。しかし間違いなく敵意の乗った語気。

 交わした言葉はそれきり。

 ゲームシステムに従い、フレデリカと青年がシステムウィンドウを操作する。

『これより、《ピース/ホビットの探検》VS《Valkyrja Wyrd》のギルド戦を開始します』

 そんな女性の機械音声を最後に、二つのギルドパーティーは専用のフィールドへと転送された。

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