第45話自分たちの「居場所」を守るために2

 全員が羞恥を乗り越えたタイミングで、一つのテーブルの周りに集合し、いよいよ本題に入る。

「みんなギルド戦についてどれくらい知ってる?」

「一応情報だけって感じかなあ」

「私はギルド同士の戦いって以外何も知らない」

 《Valkyrja Wyrd》は今までギルド戦を行ったことがないため、その詳細を知る者はいない。

 フレデリカもルールこそ知っているものの実際体験したことはなく、その他のメンバーはセイラと同じで「ギルド同士の戦い」という認識と大差なかった。

「じゃあ基本的なことから話していくね」

 そう言ってイリアは人差し指を立てる。

「ギルド戦って言うのはギルド同士で戦うこと、っていうのはわかるよね。具体的に言うと、パーティーって他ギルドの人とも組めるけど、ギルド戦では同じギルドに所属するメンバーしか参加できないってわけ。

 でまあ、行われる理由はいろんなものがあるんだけど、総括して言えることが『自分たちの要求を通す』ってことになる」

「裁判みたいなもの?」

 セイラが訊くと、イリアは肩を竦め、苦笑いを見せた。

「そんなに平和的なものばかりじゃないけどね。例えば今回の《ピース》で言うと銀の剣を取り戻すことが目的になる、って話は聞いてるかな?」

「もしかして、PKのときにも狙われたあれ……?」

 今回何かと面倒ごとを引き起こしている銀の剣。【始まりのダンジョン】でボス戦後、偶然拾ったものだ。

 当時は、インベントリから出さなければバレはしない、貰えるものは貰っておこう、という二つの精神で貰って帰ってしまったが、やはり分不相応なものは持つべきではないのかもしれない。只より高い物はない、とはよく言ったものだ。

「そう。元々は《ピース》所有のものをレッドクランに奪われそうになって、セイラちゃんたちが拾ったって形だね。

 で、今回は一応『取り返す』になるから気分的には裁判のたとえでも成立するけど、実際のシステム上は『奪う』と同義だからね。『取り返す』も『奪う』も同じ『要求を通す』だから、たとえとしてはどちらかというと賭けに近いかな」

「賭け……」

 敗者は勝者の目的のものを差し出す。

 それがアイテムであることもあれば情報であることもあり、平和的なものなら同盟なんてものもある。

「でもそれならなんで《ピース》はギルド戦を仕掛けてくるの?」

 弱小ギルドは大規模ギルドに絡まれることを嫌う。

 戦力差も支配力も違い過ぎるのだ。

 わざわざギルド戦など仕掛けてこなくとも、奪われたものを返せというのなら一も二もなく無条件で「返す」を選択するギルドは多いだろう。

「それはあの女の性の悪さってところかな。《ピース》のギルドマスターは冷酷無比って言葉がよく似合うやつだからね、平和的解決なんて望んでない。強いて言うなら、《ピース》だけの平和を願っているって感じ。弱小ギルドを潰すことで力を誇示することが目的なんだよ」

 苛烈な考えに思わず絶句する。

 《ピース》のギルドマスターは本当に同じゲームを遊んでいるのだろうか。いや、遊ぶという言葉が『Nine Worlds』をプレイすることと《ピース》のギルドマスターにとってはイコールではないのかもしれない。

 イリアが話を続ける。

「この『要求を通す』って部分は基本的には等価でなければならない。外聞もそうだけど、ギルド戦は宣戦布告されても拒否することができるからね。

 ただ今回のようなギルド規模に差がある場合、無理やりギルド戦の承諾をさせるケースもよくある。典型的な《ピース》の手口でもあるし」

 システム上は拒否できるのに、他要因で拒否できないギルド戦。最大規模である《ピース》だからこそ常用できる手口。

「それにこのギルド規模の差は条件決めにも大きく損をすることになる。ギルド戦って、宣戦布告された側にギルド戦のルールを提示する権利が与えられるんだけど、ここに宣戦布告した側の意思が入る可能性がある」

 宣戦布告した側とされた側。

 宣戦布告したギルドを甲、されたギルドを乙とし、ギルド戦のルールは次の順で決定される。

  

 ①ギルド戦のルールは乙が決め、それを甲に提示する。

 ②乙が提示するルールは最大一〇とし、甲はその提示された条件の中からルールを選ぶ。

 ③甲が承諾した場合、そのルールの下でギルド戦が行われる。

 ④甲が納得できる条件が提示されたものの中になければ、乙は再び①の手順に戻る。

 ⑤これを三回行ってもルールが決まらなかった場合、ギルド戦は無効になる。


 本来このルールによって宣戦布告された乙側は、五分以上のルールで進めることができる。

 だが、ギルド規模が大きく違うとルールの決定に圧力が加えられることがある。

「これが一番怖いんだけどね。ギルド規模も違うのにルールまで規模の大きい方に決定されたら勝ち目なんて万に一つもない」

 万に一つも、というイリアの声はとても冷たく聞こえた。それだけルールの決定というのは重要なフェーズということだ。

 そこでセイラはさっき起こったことを思いだした。すでにイリアにもそのことを伝えている。

 つまり今回は――。

「そう、《マスク・ドール》がこっちについて交渉を行ってくれる。《ピース》ほどじゃないとは言えあのギルドも五大ギルドの一つだしね。しかも情報屋をやっている関係上流されて困る《ピース》の情報もたくさん持ってる。戦える条件くらいにはしてくれるんじゃないかな」

 ルール決めの際の交渉のテーブルが強くなるのだ。

《ピース》にとっては弱小ギルドが行う交渉よりも妥協しなければならないことは増えるだろう。

「きっと《マスク・ドール》としてもこれ以上《ピース》に力をつけられたくないんだろうね。五大ギルドなんて言っても明らかに力関係では抜けてるし。

 それにお姉ちゃんの妹たるセイラちゃんがいるギルドだから負けたとしても何もせずに見捨てたってのはやりにくいんだろうなあ。

 なんでリアルな姉妹であるか知っているかは問いたださなきゃいけないけど」

「負けても《ピース》に加入させられることはないようにするって言ってくれてるし、お姉ちゃんそんなに上で暴れてるの?敵に回したくないって言ってたけど」

 シンの「ある人物を敵に回したくない」という言葉を思いだす。

 セイラの言葉に、イリアはこてんと首を傾げた。

「敵に回したくないって?」

「うん」

「シンがイリアちゃんに媚び得るような真似するかな?」

 変なところに疑問符を浮かべるイリアだが、予想以上に手厚い保護を受けているというのは歓迎すべきことなのだろう。

「まあいいや。それにセイラちゃんたちに手を出したとあっちゃ、うちのギルドのいくらか暴れてやるからね。もちろん《Valkyrja Wyrd》の勝敗に関係なく!」

「お姉ちゃんの一存では動かせないでしょ」

「こういうとき一緒に動いてくれる、信頼できる仲間たちなのですよ!」

「無理はしないでね」

 自分たちに被害が及ばない程度にね、と念押しするがそれでもなお、あいつらぶっ潰してやる!と叫ぶ姉に、思わず苦笑が漏れた。


 ギルド戦の説明もそこそこに終え、緊張した空気が次第に弛緩する。

「お姉さんいい人だね」

 フレデリカが隣で、まだ影を残しながらも笑みを浮かべていた。

 ギルドマスターとして一番プレッシャーを感じていそうだったし、気持ちを鼓舞させているとは言え今でも一番苦しいのは彼女だろう。

「フレデリカも無理はしないでね」

「無理なんてしないよ、と言いたいところだけど、今回は無理させて。なんてったって大切な居場所の存亡にかかわりますから」

 そう言って、フレデリカがメンバーを見渡す。

 なんだか燃え上がり始めたイリアと一緒になって、中二病でノリノリに合わせるラフィとハンナ。二人の中二病口調が面白可愛い。

 ユキナとサイカはすでにギルド戦までにやっておくべきことを纏め始めている。

 一番大切な場所――。

 今まで何度も見てきてギルドの様子。

 いつも楽しそうで、時に真剣で、諍いも陰口もなく。今回みたいに鬱々とした気分が一瞬でも存在するのは初めてだった。

 こんな居場所、なかなかつくれるものじゃない。

 ここには必ず「楽しい」が詰まっていて、怒りも悲しみもどこかへ捨て去ったような、本来あるべき人を豊かにするゲームの姿だ。

 それはかつてセイラが弓道に求め、しかし手に入らなかったもの。

 渇望というよりは憧憬していて、けれど憧れよりも尊い自分たちの「居場所」。

「絶対勝とうね」

「もちろん」

 フレデリカの肯定は一瞬の間さえなく、力強いものだった。

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