第44話自分たちの「居場所」を守るために1

 《ピース》に《マスク・ドール》――五大ギルドのうち二つと、弱小ギルドでしかない自分たちが関わりを持つ。

 弱小ギルドにはありえない怒涛の展開だ。

 これが自分たちのピンチのときでなければ喜べた話だろう。だが悲しいかな、やはり弱小が上位の相手とかかわれるのはピンチのときくらいなのだろう。

 今日はこの後、イリアとの約束がある。

 約束の一時間前、現実時間では一〇分前に集合し、それから二〇分程度経ったからイリアが来るまではあと四〇分程度。

 姉は割とよく遅刻をするタイプだから実際はもう少し時間はあるかもしれないが、それまでの短時間で整理をつけて、いつもの顔で姉と会うことができる自信はない。

「勝率、どれくらい上がるかな」

 ぼそっ、とフレデリカが呟く。

 始めたばかりのゲーム。

 せっかく弓道を失って以来楽しいと思えるものができて、これからもっと笑えるような幸せな日常が生まれたかもしれないのに。

 たとえ少しであっても肩身の狭い思いなんかしたくない。

 そもそもシンの言う「少し」とはどれくらいなのか。

 その保証がない以上セイラたちにとっては少しなんて言えないくらい生きにくい世界になってしまう可能性もおおいにある。

 大切だと思うのは決してセイラだけではない。

 フレデリカにとっても、ユキナにとっても、サイカにとっても、ラフィにとっても、ハンナにとっても、誰にとってもすでにここは大切な場所となっている。

 だから、勝つことだけを考えなければならない。

 少なくともシンの補助なしではほぼゼロだった勝率。それがもしかしたら数パーセントでも上がるならば。

 そこからさらに少しでも確率を上げなければいけない。

 そして、その小さな確率を何としてでも掴み取らなければならない。

「お姉ちゃんに協力をお願いしよう」

 本当はイリアのことは巻き込みたくない。

 心配はかけたくない。

 できるならうまく取り繕って、隠してしまいたかった。――けれど大切な場所を守るために。

「もちろんお姉ちゃんに直談判してもらうとか、そんな話じゃなくて。レベルとか、戦い方とか、お姉ちゃんに鍛えてもらおう」

 今後に関わるような迷惑はかけない範囲で、姉にはギリギリまで頼る。それがセイラの出した結論だ。

 PKに遭ったときだって同じ対応をしたのだ。今さら何を悩む必要があるのか。

「ずるいとか言ってられない。居場所はここだけじゃないかもしれないけど、ここが私たちにとっての大切な場所であることは変わりないんだから。好きなことを本気マジで楽しめるように、その場所を守るために全力を尽くすのって大事だと思うんだ」

 「好きなことは本気で楽しまなきゃ損!」と、フレデリカは言った。ギルドポリシーだ。

 大真面目な顔で言ったセイラが面白かったのだろう。けれどそれ以上にその意見に強い共感があったのだろう。

 くすりとサイカが笑った。

「そうね。アタシたち、本気で楽しむためにこのゲームやってるんだから。こんな重たい空気纏ってないで、好きなものを守るための戦いを始めなきゃ」

 続くように、ふっ、とラフィが鼻を鳴らす。

「サイカ、貴様素直になってはキャラが崩れるぞ?しかし言っていることに間違いはない。まさかこんなところで我が真の力を開放しなければならないとはな!」

「あら、ラフィちゃんが本気を出すなら大丈夫かもしれませんね。なんてったって少しでもレベル上げをするためにリアルで溜め込んだ宿題なんかは全部速攻で終わらせてくれるでしょうし」

「そ、それとこれとは別ではないか⁉」

「学校に拘束されるわけにはいかないんだから別ではないでしょ」

「ぐぬぬっ」

 サイカを皮切りに、ラフィとハンナが重たい空気を払拭するように明るく声をあげ。

 そんな姿を見てフレデリカは嬉しそうに笑って、声を失い。

 ユキナが「いい仲間持ててよかったね」とフレデリカを励ますように、けれど自分も心底嬉しそうに言う。

 すると外から張り上げた幼女のような声が。

『話は聞かせてもらったよ!』

 扉が閉まっているせいで若干くぐもっており、あまり格好良くはなかったが、それは確かにセイラたちが今もっとも頼りたい人物。

「お姉ちゃん!」

『セイラちゃんの姉であるこの私、イリアちゃんが全力でみんなを勝利のために育て上げて見せよう!』

 約束の時間よりも遥かに早い姉の行動。もしかしたらすでに何か聞きつけているのかもしれない。

 フレデリカが扉に向かい声を張り上げる。

「お願いします!私たちを《ピース》に勝てるくらい強くしてください!」

『もちろん!』

 姉の力強い声。

 頼りになる言葉に、みんなの顔に笑顔が浮かぶ。

 勝利の波が訪れた。

 確率は低いかもしれない。

 厳しい戦いになるかもしれない。

 でも、今なら負ける気はしない。

 力強い目つきになったメンバーを見て、フレデリカが手の甲を上に右手をだす。

 円陣を組んで、その手に重ねるように全員の手が集まる。

「最大ギルドなんか知ったものか!私たちは私たちの大切な場所を守るために、絶対、絶対勝つぞ!」

「「「「「「おおー‼」」」」」」

 全員の手が合わさり、声が合わさり、心が合わさる。

 絶望は片隅へ置いておけ。目指すべきは希望だけ、見えているのは勝利だけだ。

『あの、ところでさ』

 しかしそんな勢いに乗る《Valkyrja Wyrd》の面々に対し、イリアが水を差すのを申し訳なさそうにしながらも戸惑いを見せた。

『そろそろ入れてくれない?』

 ホームはギルドに加入しているプレイヤーでなければ扉を開けることができない。

 しかし勢いに乗るセイラたちは誰もイリアをホームに招き入れることには頭が及んでいなかった。

 慌てた様子でドアを開き、ようやくとイリアがホームに入る。

「ご、ごめん……」

「ええと……気にしないでね?」

 恥ずかしさから熱くなった耳が見えたのか、イリアは珍しく取り繕ったような気の遣い方を見せる。

 セイラにはそれが余計に恥ずかしく思え、真っ赤になった顔を隠すように俯いた。

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