第43話五大ギルドの冷戦2

 フレデリカは顔を強張らせ、正面の青年を真っ直ぐに見つめる。

 お茶を淹れてきてくれたハンナは僅かに少し手が震えているようだった。

 セイラとともにフレデリカの後ろに控える残りのメンバーも汗を滲ませていて。

 みんながたった一人の青年に緊張を見せ、わけもわからずセイラにも緊張が伝染する。

 シンと名乗ったこの青年は何者なのか。

 セイラは誰かに問いたかったが、問える雰囲気でもない。

「うん。このお茶、とても美味しいよ。淹れ方が上手いのかな?って言っても僕はあまり味に敏感な方じゃないから確証はないんだけど」

「あ、えと、お茶の淹れ方にはこだわっています」

「やっぱり!是非ハンナさんにはうちのギルドメンバーにもお茶の淹れ方を教えてあげてほしいな。あいつらは飲めればなんでも同じだと思っているからよくない。たとえ僕のような味音痴でも上手い人が淹れたお茶はなんとなくわかるんだ。うちのギルドは僕を侮りすぎている」

 うんうん、と独り言ちながら何度も頷いて見せるシン。

 その様子にはどこか気さくなお兄さんにしか見えないが、ある一つにセイラは引っかかっていた。

 ――まだ自己紹介してないのにハンナを知っている……?

 ハンナの様子から初対面であることは間違いないだろう。それにハンナは歳の近い男性が苦手だと言っていたし、積極的に仲良くなるようには思えない。

 けれどそれだけだったのなら僅かな違和感で済んだ話だった。

 今仲間たちが見せる緊張の理由ほどには気にならなかった。

 だがシンはセイラを見て、看過できない発言をしたのだ。

「あまりに無遠慮に見つめられると照れてしまうな、セイラさん」

「――っ」

 ハンナの次はセイラ。

 セイラに限ってはまだギルドに加入して一週間程度だ。もちろんこんな青年と今まで話したこともなければすれ違った記憶さえない。

 シンはセイラが驚いているのを見て満足したのか、からからと笑う。

「ああ、ごめんごめん。反応が面白くてついね」

 揶揄われていた?セイラの眉根が思わず寄る。

「じゃあ、セイラさん向けに改めて自己紹介をしようか。

 僕の名前はシン。五大ギルドが一つ、《マスク・ドール》のギルドマスターで、六人しかいない『超越者』と呼ばれる称号を持つ、まあ簡単に言えば凄い人だ。ゲーム世界のノーベル賞受賞者と言っていいくらいには凄いかもしれない」

 超越者。

 その称号はセイラも攻略サイトで見たことがある。大規模大会を優勝した者だけがなれる、至高の存在。最強、とも置き換えられる。

 現在確認されている超越者は六人。

 その存在は大きく、五大ギルドのうち四つに超越者が含まれているほどには、大きな力を持つ。彼がノーベル賞受賞者ほどに凄い人、と言ったのもこの世界で言えばあながち間違いではない。

 そしてもちろん、《Valkyrja Wyrd》に宣戦布告をすると噂されている《ピース》――最大ギルドのギルドマスターもまた超越者の一人だ。

 全身の毛が逆立つような緊張。

 今までギルドのみんなが感じていたものはこれか。遅ればせながらセイラの手も震えを覚える。

「さて、今日ここに来たのは、君たち《Valkyrja Wyrd》が《ピース》に宣戦布告をされるという情報を受けてのものだ。つまり僕たち《マスク・ドール》には君たちを補助する用意がある」

「助けてくれるってこと⁉」

 フレデリカが身を乗りだし、真剣に、だがどこか喜色の乗った声で問う。

 もちろんセイラも、他の誰だって同じ気持ちだ。もし同じ五大ギルドが助けてくれるというのなら希望はある。

 しかしシンはゆっくりと首を振った。

「ごめんね。本当は助けてあげたいところなんだけど、僕たちもあのギルドには勝てない。規模が違い過ぎるんだ。《ピース》はギルド戦をメインにやっているギルドなのに対し、僕たちは情報屋をメインで営んでいるギルド、人数も高レベルプレイヤーもあそこほど数は持っていない」

《マスク・ドール》は最大手情報屋ギルドだ。そもそも五大ギルドとはそれぞれの得意分野ごとにおける最高位のギルドを示すものであり、《ピース》であればそれはギルド戦、《マスク・ドール》は情報の流通において最高位にある。

 ゆえにギルド戦においては《マスク・ドール》は大きく《ピース》に後れを取っており、いかに五大ギルドと言えど外側からの介入で完全に助けられるほどの力はない。

「じゃあ――」

「だから補助をする。つまりは交渉だ。何の条件もなしに挑めば確実に負けるけど、僕たちが条件を整えてあげればギルド戦で勝つ確率が残るかもしれない」

 その言葉は希望であり、絶望だった。

 まったく勝てない戦いが、少しでも勝てる可能性が残るならそれは希望と呼べるだろう。

 けれど「勝つ確率が残る」という言い方は、その確率は極めて低いことを指している。

「フレデリカさん、僕とフレンド登録できるかな?もし《ピース》から何か来たら僕に連絡が欲しい。僕が最大限交渉して、君たちの勝つ確率を上げて見せよう。もし負けたとしても《ピース》に加入させられる、なんてことにはさせないようにする。もちろん負けてもすべて万々歳、というわけにはいかないけれど、少し肩身が狭い程度で済むはずだ」

 感謝はしてもしきれないような内容だろう。

 《ピース》に目をつけられたらこのゲームを引退しなければならない。

 そんな噂が立つほどに《ピース》は強力で傍若無人なギルドだ。そしてその噂はほぼ事実だと言われている。

 それが負けてもまだ楽しくゲームができるというのだから、「幸い」とも呼べることだ。しかしその幸いには頭に「不幸中の」と付くことになる。

 フレデリカは少し気落ちした様子で、けれど僅かな希望に縋るようにシンとフレンド交換をする。

 フレンド交換が終わると、じゃあまた何かあったら、と一言残してさっさと去ろうとしたシンを、しかしユキナがその手を掴んで引き留めた。

「何かな?」

「少し疑問が残るんだよ。どうして貴方たちみたいな大きなギルドが私たちのような弱小ギルドを助けようとするのかな?」

 何か裏があるのではないか、と。

 こちらが求める最善ではないとは言え、あまりにもこちら側にメリットが多すぎる話だ。五大ギルドと呼ばれるほど大きなギルドに返せるものもない。

 ユキナが発した一言に、冷静になった他の面々も疑念の目を向ける。

 シンはわざとらしく肩をすくめると、指を三本立てた。

「理由は三つあるんだ」

 どうやらあえて隠していたような様子ではない。

 シンは指を一つ立て直すと、今までとは違う、穏やかな表情ながらも真剣な瞳を向ける。

「一つ目は君たちの将来性を鑑みてだ。

 僕たち情報屋は情報の売り買いを生業としているからプレイヤーにはできるだけ媚を売っていきたいけど、さすがに『全員に』というわけにはいかない。このゲーム、人気なだけに始める人も多いけれど、辞めて行ってしまう人もやっぱり多いんだよ。だから長く続きそうなギルドに媚を売ることにしているんだ。

 君たちはギルドメンバー同士の仲もよく、成長も目覚ましい。レベルはまだまだだけど、プレイヤースキルで言ったら弱小ギルドとは思えないほどだ。長く続く条件は十二分に揃っていると思わないかい?」

「でもそれはメインの理由じゃないはずだ」

 ユキナの追及にシンはあっけらかんと「そうだね」と肯定を示す。

「二つ目はあまり《ピース》に暴虐な態度を取り続けられるのも困るから。特に低レベル帯の子たちにはね。早いうちに芽を摘む行為はお世辞にもいいとは言えない。自分の意志で辞めるなら未だしも、辞めさせるような真似は許してはいけないからね」

 《ピース》の態度にはシンも歯止めを掛けなくてはいけない、そう思っているのだろう。それは暗に今までにも何度もこういうことがあったということを示している。

「で、三つ目。まあ正直これが95%以上を占める理由なんだけど……」

 95%?二つの理由でさえ5%ほどにしかならないのか。

 けれど高レベル帯で生きる彼らにとって弱小ギルドはその程度なのだ。

 だからこそ、その三つ目の理由というのが気になる。

 《Valkyrja Wyrd》の将来を見てではない。《ピース》の抑止力のためでもない。ならいったい――

「ある人物を敵に回したくないからだよ。嫌われたくない、という言い方もできるかな。恩を売るとか、貸しをつくれればなお良し、って感じかな」

「お姉ちゃん……?」

 セイラの脳裏に浮かんだのはイリアの存在。《Valkyrja Wyrd》が唯一付き合いのある最上位プレイヤー。

 セイラの言葉は無意識に呟かれたものだったが、その言葉は届いていたのだろうか、シンは薄く微笑む。

「話はこれで終わりかな。じゃあ《ピース》から連絡があれば、僕の方へよろしく。またね」

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