第42話五大ギルドの冷戦1

「《ピース》がうちにギルド戦の宣戦布告をするらしい」

 フレデリカが疲れた顔でそう言ったのは、レッドクランに襲われた翌日日曜日。緊急で召集の連絡が入り、全員がギルドホームに集まってから告げられたのがその言葉だ。

「そんなバカな、ありえないわよ!」

 サイカの反応はもっともだ。

 『Nine Worlds』最大ギルド《ピース》。所属人数はもちろん最上位プレイヤーの在籍数もゲーム内圧倒的一位。

 五大ギルドと呼ばれる五つの最強ギルド――その中でも特に敵に回してはいけないとさえ言われる超大手ギルドだ。

 ここ「ミズガルズ【始まりの街】」にも拠点を置いていることから、セイラも注意するように言われていた。

 そんなギルドがレベル100未満の、所属人数もたった六人のギルドに宣戦布告。敵に回した覚えのない《Valkyrja Wyrd》からすれば何かの冗談にしか思えない。

「私も最初又聞きで耳にしたときはさすがに冗談かと思った。でもこれが本当なら、かなりやばい」

 どこかで知らないうちに敵に回したのか。記憶を思い返してみても、それらしいものは見当たらない。

 そもそもギルド外のプレイヤーとかかわることが少ないのだ。

 最近それなりに会話をしたプレイヤーはハンナ、ラフィと一緒に街を見て回ったときに酒場で出会ったガン、ダノス。喫茶店「えいる」の女性店員。それと【追憶の森】で鍛えてもらったハクアくらい。

 誰にも恨まれた記憶はない。

 むしろ仲良くなれた自信さえある。

 かかわりの薄い人物であれば多少は何かあるだろうが、それで宣戦布告をしていたのでは年がら年中ギルド戦になる。

 プレイヤー一人に恨まれるなら未だしも、ギルド、そのうえ最大人数を誇るようなギルドが小さな出来事で宣戦布告するまでに至るとも思えない。

 もちろんセイラはまだギルドに加入してからそれほど経っていない身。セイラの知らない過去の話であればわからないが、周りの様子を見るに誰も身に覚えはなさそうだ。

「フレデリカ、それ、どのくらい確度の高い話?」

 ユキナが眉を顰める。

 セイラもユキナの言葉に同意するようにフレデリカを見て、一瞬固くなった唇が目に入り、流れは悪い方向なのだと察した。

「残念ながら――って感じかな。噂だけだったら何かの間違いの可能性も高いかもしれないけど、情報屋に確認したら本当っぽい。たぶん、近々向こうから何か来ると思う」

 情報屋の情報がどれほど正しいのか、セイラにはわからない。けれどセイラ以外の全員の顔が曇ったことから、状況が悪いことが如実に伝わった。

「ギルド戦を拒否したら最悪ブラックリスト入りだね」

 別にゲーム公式から排除されるわけではない。

 だが最大ギルドから敵視されたらどうなるか。彼らを敵に回したくない他ギルドからもなんらかの冷遇を受ける可能性は高い。

「ギルド戦に負けたら《ピース》に組み込まれるかな。あそこは他のギルドを吸収して大きくなってるギルドだから。

 ギルド名に《ピース》の肩書を入れることを強制されて、《ピース》のルールに従わなきゃいけなくなって――。従っていれば悪いようにはされないだろうけど、今までのように自由にってわけにはいかなくなるよね」

 本当にそんなことが。

 セイラが驚いていると、隣にいたサイカが「結構吸収されたギルドいるのよね」と暗い表情で言う。

「アカウントと容姿を目いっぱい変えれば《ピース》とは無関係でリセットできるけど、そうなればもちろんみんなでレベル1からの再スタートになる――まあ正直この道が一番幸せまであるかもしれないっていうのが皮肉なとこだけど」

 レベル1から再スタートが一番の幸せ。

 フレデリカの言葉が重く身体にのしかかる。

 何それ。

 ゲームはみんなが楽しむ場所じゃないのか。

 自由なプレイを運営は求めているんじゃないのか。

 そんな思考が駆け巡ろうとも、最大ギルド相手にそんな言葉だけで説得するのは無理だと、頭の奥の冷静な自分が言っている。

 ――お姉ちゃん。

 脳裏を過ったのはイリアの姿。

 姉ならこの状況から助けてくれるために何かやってくれるんじゃないか。

 けれど、やっぱり冷静な自分が否定してくる。

 相手は最大ギルドだ。どれだけ強くても単純な人数の規模を考えれば勝てる道理はない。

 そもそも姉にはセイラが妹であるということ以外助ける道理もない。

 最悪の場合、姉も巻き込んでしまうかもしれない。このゲームにセイラよりも遥かに熱を掛ける姉にそんな仕打ちはさせられない。

 本来今日は姉にタンクとしてパーティーに入ってもらう約束をしていた。約束の時間よりもずっと早い時間に緊急招集をしたためまだ姉はいないが、このままではどんな顔をして会えばいいのかわからない。

 紡ぐべき言葉が見つからなくて、それはセイラだけではなくて。

 どんなときでも明るいハンナも、中二病で騒ぎ立てるラフィも、今は一様に顔を曇らせている。

 そんな誰もが声を発せず、動くこともできないとき。

 ――コンコン。

 重々しい空気を壊す、扉のノック音。

 一瞬、身体が硬直する。

 Valkyrja Wyrdのギルドホームの扉をノックするとしたら、考えられる可能性は二つ。

 約束よりもかなり早く着いたイリアか。

 それとも宣戦布告をしに来た《ピース》の手の者か。

 前者であればいい。

 いや、この重々しい空気にイリアが今入ってくるのは忍びないが、まだ噂が嘘である可能性に期待できる。

 しかし後者であれば。

 緊張に、額を汗が通る。

 硬直した身体が居留守をしろと言っているかのごとく、小さな音さえ立てないよう呼吸を忘れさせる。

 視線を他のメンバーに向けるも、セイラとほとんど変わらない状態なのか、誰もすぐには動きださない。

 最初に覚悟を決めたのはフレデリカ。

 恐る恐る扉に近づき、固い動きでドアノブを回す。

 扉を開けた瞬間に《ピース》の関係者たちがずらりと並び、宣戦布告をしてくる様子が頭に浮かぶ。

 しかし予想に反して聞こえたのは、どこか気の抜けたような声。

「あ、よかった。もうレベル上げにでも出ているのかと思ったよ。ここが《Valkyrja Wyrd》のギルドホームで合っているかな?」

 扉の向こうにいたのはどこか冴えない見た目をした青年。これから宣戦布告してくるギルドのプレイヤーにはとても思えない。

 着ているのは野暮ったいローブ、その中の装備は見えず、ニコニコと浮かべる笑みには威圧感もなければ歴戦の猛者のような雰囲気もなかった。

「初めまして。僕はギルド《マスク・ドール》のギルドマスター、シンだ。今日は君たちの手助けをしに来たよ」

 ギルドマスターとは思えない、真面目さもカリスマも感じない頼りなさそうな風貌の男。

 しかしその肩書に、セイラ以外の全員が大きく目を見開いた。

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