第41話報復と犠牲
白い壁、白い天井、質素でいて金銭の掛けられた室内。
唯一神話時代をモチーフにしたこのゲームに似合わないのは部屋の最奥にでかでかと置いてあるモニターくらいで、他は王族か教皇の部屋と言われても疑問に思わない。
そんな部屋の中央、モニターの前の円卓にただ一つ異彩を放つ王座のような椅子――そこに、一人の女性が座っていた。
女性は頬杖をつき、足を組んだ状態で、座ることさえ許されず女性の前で佇む七人パーティーを見る。
「で?」
発したのはたった一文字。
けれどその言葉に苛立ちが乗っていることは彼女を知らぬ人でも一目で判断がついただろう。
パーティーの彼らは肩を震わせると、リーダーの青年が意を決し、前に進む。
「いただいた銀の
女性は呆れたように一つため息を吐くと、青年には興味がないと言わんばかりにぶっきらぼうに言う。
「それはもう聞いたわ。どこかの無能が与えたばかりの武器を奪われたって」
「申し訳ありません」
「謝罪なんてどうでもいいから取り返してきなさいよ」
「それが……」
青年は先日、女性の管轄するギルド本部から青年には不相応とも取れるような武器をもらった。その経緯はちょっとした功績を立てたからで、その褒賞としてもらったのが今回PKによって奪われた銀の剣だ。
もしもこの銀の剣が自身で手に入れたものであれば。あるいは本部以外から手に入れたものであれば、非常に悔しいが、諦めることで片は付いただろう。
しかし実際には銀の剣を下賜したのは本部。
そして、ギルドは損失を与えてくる存在を絶対に許さないことを信条としている。
すなわちギルドは敵への報復を求めている。
「力が足りないならいくらか人間をよこすわよ」
「その点に関しては問題ありません。他支部と提携して敵ギルドの拠点はすでに把握。潰す準備も整っております」
「じゃあ何が問題だって言うの?」
苛立たしげに、女性が静かに声を荒らげる。
「銀の剣がすでにレッドクランから他ギルドへ渡ってしまっているのです。そのギルドに悪意はないでしょう」
情報屋ギルド等を駆使しながら《始まりのダンジョン》へ向かったと思しきプレイヤーを探れば、銀の剣の在り処を探すことはそう難しくなかった。
当然、そこにレアアイテムが落ちていたのならほとんどのプレイヤーが見逃すことはないだろう。青年とて同じ状況ならラッキーと思ってしまうはずだ。
女性は話を聞くと、ついに青年から視線を切った。まるでもう話すことはないとでもいう風に。
「それの何が問題なの?」
「いえ、ですから潰すわけにはいかないですし……」
「ギルド戦をしなさい。私が取り持ってあげるわ」
ギルド戦――潰すわけにはいかないという青年の言葉の否定。
青年の背へ怖気が走る。
それは青年の言葉を、常識を否定されたからだけではない。
女性がギルド戦を取り持つということは、すなわち相手は決してそれを断れないということだからだ。
もし断れば、弱小ギルドに、否、たいていのギルドに未来はない。彼女と真っ向から張り合えるプレイヤーがどれだけいるだろうか。それだけの力を彼女は持っている。
ギルド戦をやれば勝者と敗者が生まれる。敗者には女性の罰が下る。
「それは、やりすぎではないでしょうか。相手は罪のないギルドです」
青年がおずおずと反論を見せると、女性はその言葉を一蹴するかの如く鼻で笑った。
「私、この言葉を使うのはあまり好きじゃないんだけどね、でもあえて言わせてもらうわ。ここは所詮ゲームよ。たかがこのゲームの中で生きられなくなった程度でなんだと言うの?他にゲームはたくさんあるし、現実にだって影響はないわ」
このゲームでも圧倒的強者の一人である女性がその言葉を使うのか。
青年はそう思ったが、おそらく一般論として言っているのだろう。だからこそ「この言葉を使うのは好きじゃない」とわざわざ前置きもしたのだ。
「ですが、このゲームで生きたいと、このゲームが本当に大好きなのだと、生きがいとまで言う人はいます」
生きがい。
そこまでの言葉を使えるかは疑問だが、ほのぼのやっている弱小ギルドにとってはとても居心地のいい場所に違いない。
かつてはこのゲームが青年にとってもそういう場所であった。
それは奪うというのは、あの頃を思いだせばこそ、青年には気が引けるというものだ。
「もし本当に生きがいとまで思うのなら、現実よりも大切だと言えるなら、こんなところで燻っているプレイヤーたちではないでしょう?少なくとも私の知っている『そういう奴ら』は私に潰されないだけの力をつけ、あるいは私を上回るほどの奴らだって現れた。
ここで負けるのなら、そいつらはここをただのゲームとしか思ってないってことよ。ゲームをやっているだけの奴らにこの世界で生きる慈悲を与えるつもりはないわ」
現実以上にこのゲームを大切にしていないならここで生きる価値はない。女性の気まぐれで潰されても文句は言えない。そんな明らかな暴論。
女性は自分の正しさを信奉している。敵はもちろん、悪意なく害を与えた相手でさえ徹底的に潰そうというその正義を。
「せめて、銀の剣を譲渡してもらえるよう打診するではダメなのでしょうか。相手もうちを相手にはしたくないでしょう」
青年の案はとてもいいものに思えた。青年の両隣で何も言わずに黙って頭を下げていた気の弱いメンバーも頷く仕草を見せている。
しかし女性は不機嫌そうに再度「は?」と口にした。
身体が硬直する。
心が硬直する。
「言ったでしょう?慈悲はないわ。一度たりとも慈悲はない。ここはそういう世界よ。
それにね、これは貴方たちへの罰でもあるの。貴方たちがこのギルドに相応しいか見極める試験と言った方が正しいかしら。もちろん試験を受けないという選択肢は問答無用で落第になる、というのは言うまでもないわね。
安心なさい、仮に負けた場合の相手ギルドへの補填は私がしてあげる。まあ、その場合貴方たちは不合格、もうギルドの一員ではなくなっているのだけど」
「――っ、はい……」
青年に続く言葉はない。
この女性を説得することはできないのだ。考え方が根本から違う。そう理解させられた。そのうえはっきりと自分たちのギルドまで天秤にかけられては、青年も生易しい反論は言っていられない。
もはや穏便に納めることはできなくなった。
ギルド戦で青年たちが勝てば、かのギルドは銀の剣を奪われるだけでは済まないだろう。彼女に目をつけられたギルドとして、今後このゲームを楽しく遊ぶ、だなんてことはできなくなる。
――一つのギルドを犠牲に、俺たちは生き残らなければならない。
敵はすべて徹底的に潰す。
これがこのギルドのやり方。
《ピース》なんてふざけた名前の、このゲーム史上最大規模を誇る、最強ギルドのポリシーだ。
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