第39話悪辣なるPK4

 状況はほとんど詰んでいた。

 まず人数が足りない。向こうは一〇人以上いるのに対し、こちらは六人。

 レベルが足りない。相手のレベルはほとんどフレデリカと同等かそれより上。ステ振りの差異とフレデリカの対応力の高さのお蔭ですぐにやられることはなかったが、もう一度攻められたら正面からでも壊滅するだろう。

 人質がいる。ラフィのことを考えればこそ、思うように戦うことができない。

 良くも悪くもここはゲームだ。勇者のように突然何かしらの強い力が覚醒することもなく、システムによって定義されたステータスは絶対。プレイヤースキルでは上回れないものも多い。

 そんな絶対的な優位を敵は確立した状態で、敵はこちらに要求をする。

「貴様らが銀装備を所有していることはわかっている」

 ――銀装備。【始まりのダンジョン】で偶然拾った高価な武器だ。

 銀素材はレベル200以上の帯域でドロップするもので、レベル100以下のプレイヤーしかいないギルドでは本来取得しえないアイテム。

「もしかしてあんたたちが誰かを襲って、回収し損ねたものだったりする?」

 フレデリカが挑発するように問うと、リーダーと思しき人物の舌打ちの音が聞こえた。

「銀装備以外もだ。転移結晶やその他の高価アイテム、武器から防具に至るまで、すべてをここに置いていけ。そうすればこの少女を見逃してやろう」

「本当に見逃してくれるの?その保証がどこにもないんだけど」

「ならばこの少女が苦しむ姿をそこで見ているか」

 リーダーの男と会話をするフレデリカ。そこに光明を見出すが、圧倒的優位から脅迫をする敵リーダーには何も響かない。

 ラフィは痛みをこらえながら、どうにか藻掻いている。ラフィを抑える男は煩わしそうに注意をラフィだけに向けているようだ。

 そこでユキナがフレデリカに並んで出てきた。手には鞘に入った見慣れない一つの装備。

「銀装備ってこれのことだよね」

 言うと同時、鞘から抜いたのは【始まりのダンジョン】で手に入れた銀の剣。敵のレッドクランが回収し損ねた「銀装備」だ。

 セイラのライトに照らされ光る銀の剣に、敵の注目が集まる。

「わかった、君たちの言う通りにするよ」

 要求を呑もうというユキナの素直な言葉。

 諦めて装備をすべて渡すことにした、と敵は思ったのだろう。マスクの下の笑みと、僅かな緊張の糸の弛緩――油断が生まれる。

「じゃあまず貴方たちのお目当てのものからだ、ほら!」

 ユキナから銀の剣を敵の真ん中に向かって、けれど絶妙に敵がいない空白地帯へ向かって投げた。

 高々と打ち上げられた野球の内野フライのごとく、敵の全員がそれに反応し、けれど一瞬躊躇いを見せる。

 その瞬間、示し合わせたかのように《Valkyrja Wyrd》全員が一斉に地面を蹴った。

 フレデリカとユキナはラフィを抑えるプレイヤーへ攻撃。

 サイカはフレデリカとユキナの一つ後ろからラフィの救出へ向かう。

 セイラは援護に駆け付けようとする敵の牽制。

 ハンナはフレデリカとユキナがある程度の攻撃に耐えられるように『リジェネレイト』の回復魔法と、行動制限を掛ける状態異常「麻痺」を治す『リフレッシュ:麻痺』を先に掛けておく。

 セイラの牽制は上手く掻い潜られたものの僅かな時間を生み、フレデリカとユキナは攻撃をされようとも一切見向きをせずラフィの方向へ。

 麻痺毒が塗られたナイフを投げられるもハンナの先読みで麻痺毒は一瞬で回復し、二人を止めるものはない。

 二人の活躍で敵を一瞬引き剝がし、その間にサイカがラフィを救出すると、ラフィもまた声を抑えるものがなくなった途端短文の詠唱を始める。

 ラフィの魔法によって小さな光が生まれ、爆発。それによって得た隙に全員が一か所に集まった。

 最悪の状況から、想定した最良の立て直し。

 しかし敵の対応も早い。リーダーの男を中心に冷静さを見せた数人が素早くセイラたちの後ろに回り退路を塞ぐ。

 なんとかラフィを助けはしたがそれまでに負ったダメージは決して小さなものではなく、もともと不利だった形勢がラフィを助ける前と助けた後で変わったかは定かではない。

 しかしラフィの救出と同時にラフィには転移結晶を渡せた。転移結晶の発動時間は三秒だ。転移結晶の発動までの時間耐えられるか。

 敵は間近。感覚的には間に合わない。だがやるしかない。

 転移結晶の発動だけは阻害されないように。

 もう一度人質に取られることがないように。

 転移結晶を胸の前に持ち、武器をその前に掲げ、少しでも時間が稼げればと。

 けれど敵の一撃目で武器は跳ね除けられる。

 迫ってくる刃はもう目前で、この一撃で転移結晶の発動が阻害されないことを祈るばかりだった。

 そう思って、最後の祈りとともに目を瞑ったその瞬間。

 ドン、と鈍い音が聞こえ、けれど予想した衝撃は一切来ることがなかった。

 ああ、とセイラは安心して、転移結晶の発動まで残り一秒弱、掲げていた手を降ろし、息を吐く。

 発動の予兆を見せた転移結晶はギリギリでその輝きを収め、それを見たフレデリカたちも転移を中断した。

 きっとギルドメンバーみんな、最低でも死は覚悟していただろう。最悪なら転移結晶の発動を阻害され、どうしようもない窮地に。

 だがそのどちらも訪れず、予想したどれでもない事態に困惑したように目をぱちくりさせ、目の前の光景を呆然と見つめる。

 荒れた大地、砂煙、倒れ伏し光となる、敵プレイヤー。

「遅いよ、お姉ちゃん」

 セイラがそう呟くと、目の前に立つ一四〇センチほどの少女が満面の笑みでVサインを見せた。


  ***


 一〇人以上いる敵プレイヤーが一瞬で半分以下になった。セイラたちがスケルトンを倒すよりも一瞬で、敵が光となる。

「セイラちゃんやっぱりオーダーの才能あるよ。ピンチになったら冷静に助けを求められるんだから」

 PKに遭い、ラフィが人質に取られた瞬間。

 オーダーをずっと担っていたからだろう、セイラはすぐにこの状況を打開する方法を考えることから始めた。

 どんなずるい方法でもいい、汚くてもいい、ピンチを少しでも好転させる方法。

 セイラたちの勝利条件は二つ。

 一つはラフィを奪還すること。

 この状況で懸念すべき一番のことだ。もし今回のPKでラフィのトラウマになるようなことがあればゲームを辞めてしまう可能性はもちろん、他のメンバーにも嫌な記憶として刻まれ、ギルドが存続できなくなるかもしれない。

 だからここは最低条件。もし全滅することになってもトラウマを生むことはあってはならない。

 二つ目は逃げ切り、もしくは相手を全員倒すこと。

 これを考えたとき、今のままではどうやっても無理だろうと悟った。

 人数差、レベル差、人質の有無。

 これらすべてを埋めるほどの策など、それこそ圧倒的な立ち回りを見せたハクアのようなプレイヤースキルでもなければ難しい。

 だからラフィの奪還だけは負けを覚悟でするべきだ、そこまではパーティー内全員で思考の一致があっただろう。

 しかしセイラはそこで諦められなかった。

 どうして自分たちが悪質なプレイヤーに屈しなければならないのだ。

 不条理を認めたくない。負けたくない。そんな気持ちが強くて。

 それにもしラフィを救出できたとしてもそれ以外の多くを失ってしまったなら、ラフィは自分の瑕疵を責めて、やはりトラウマのようになってしまうかもしれない。そう考えれば勝利条件はここで敵を退けるまでが絶対だ。

 だが、セイラたちにこの状況を打開する術はない。

 ならば思いつくのはただ一つ。それが最上位プレイヤーである姉の力を借りることだった。

 幸い姉はこの時間『Nine Worlds』にログインしており、フレンドチャットを使えば容易に連絡を取ることができる。心配なのは姉がチャットを見ていないことだったが、どうやら杞憂だったようだ。

 ひらひらとした和装ロリ服。

 一四〇センチに満たないくらいの身長で、小学生のような童顔。

 まるで強そうに見えないその見た目は、けれどプレイヤーではほとんど敵がいないほどの力を持っている。

「さて」

 Vサインを下げ、敵プレイヤーに向き直ったイリアは一呼吸置いた後にまるでピクニックに行く子供のような笑顔を携えて問う。

「セイラちゃんたちを不当に虐めているのは君たちでいいんだよね?」

 その笑顔を見た敵プレイヤーの生き残りは即座に構えを取った。

 イリアがどの程度のプレイヤーなのか把握していないからだろう、味方が一瞬でやられたのはデメリットのある大技もしくは一回きりの強力なアイテムでも使われたと思っているのか。

 生き残りの敵は六人。その六人が同時にイリアに襲い掛かる。

 何かのスキルが発動されるのが見えた。それが敵プレイヤー全員から一斉に。確実にイリアを仕留める勢いだ。

「レベルが全然足りないかなあ~」

 少しだけ落胆したような声。

 敵の渾身の攻撃は、しかし結果を見てみると棒立ちのイリアに傷一つすらつかないうえ、ロリ衣装すらも傷つけることはない。

「イリアちゃんは防御特化だから攻撃力ってすごぉく低いんだけど――」

 六人それぞれが幼女の皮膚に止められた刃を見て、硬直を見せる。

 イリアはため息を吐きながらスキルを放った。

「『アイアンナックル』」

 静かに言われたスキル名。

 しかしそのイリアの言い方とは違い、振るわれた拳は一瞬で敵を全員光に変える。

「君たちは弱すぎるよ」

 そのときセイラは見逃さなかった。たった一撃の拳で四方八方の敵を全員倒すその技術。

 イリアはスキルの発動の手前で身体を上手く動かし、敵を一直線に並べてからスキルを放っていた。間違いなくあの動きはスキルに付随するものではなく、本人のプレイヤースキルによるものだ。

 セイラがその技術に目を見張っていると、振り返ったイリアが今度は拳を高らかに上げる。

「ヒーローは遅れてやってくる!」

 そんないつも通りの姉の姿を見て、安堵のため息が漏れた。

 同時に、普通にしていた方が格好良かっただろうに、とため息と一緒に感動も興奮もどこかに霧散してしまったセイラであった。

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