第38話悪辣なるPK3

 オーダーはセイラに任せている。

 だからこそユキナはセイラが勝てると言った瞬間、自身にできる最善を考えた。

 自分がやるべきことは何か。

 今、作戦を話し合っている時間はない。セイラの意図を読んで、自分が最善の動きをしなければならない。

 ユキナは冷静さが一つの取り柄だ。

 どんなに怒りが満ちている場面でも頭のどこかには冷静な自分が存在している。この場で勝ち筋を考えていない人間など《Valkyrja Wyrd》にはいないだろうが、ユキナほど冷静に思考できる人間もいないはずだ。

 敵を突破する手段を考える。しかし彼我の実力差が顕著なこの状況では、ユキナにはそのきっかけすら思いつかない。

 ラフィの代わりに人質になる――もし代わることができればユキナは即座に自害を選ぶこともできるが、代わることを敵が了承してくれるとは思わない。

 ラフィを助けるきっかけをつくる。これが最もユキナにできそうな選択肢だが、どうすればきっかけをつくれるか。

 まず思いつくのが敵の攪乱だ。フレデリカと共に暴れることで、敵を攪乱、その間にAGI の高いサイカがどうにかラフィを奪還する。

 けれどこれは即座に否定される。

 ラフィを脅しに使われている以上、ラフィを人質に取っているプレイヤー以外の攪乱にはほとんど意味がない。ラフィを抑えているプレイヤーを攪乱しようにも、他の敵プレイヤーが充分な警戒をしている。

 二つ目が交渉。しかしこれも上手くいくとは言えない。

 敵の求めるのはこちらのすべてのアイテム。それをすべて渡せば助かる可能性はあるかもしれない。

 だが、果たしてそれは助かったと言えるのか。

 もちろんラフィには代えられないが、これは最終手段にしたい。

 三つ目は――。

 そのとき、ユキナの頭の中に天啓が舞い降りた。

 思い浮かんだのは攪乱の成功率を上げる最大の手段。あれを使えば敵の注意を引き付けられるかもしれない。

 ユキナは装備していた刀をしまいながら敵の配置を細かく確認する。

 そして次に自分ができる最善のため、新たな装備を取りだした。


  ***


 サイカは人には言えないが、実はラフィのことが大好きだ。

 失敗の仕方やどこか抜けているところが似ていて、けれど同族嫌悪するような完璧な一致ではない。

 中二病アイテムに限ってだが、お洒落のセンスもある。『Nine Worlds』を始めるときにキャラクターメイキングに凝ったサイカは、同じくアイテムのお洒落度に気合いを入れるラフィには共感を覚えるのだ。

 しかも年下で可愛い。

 女の子は誰だって可愛いものが大好きなのだ。そして人間は好感のある年齢が下の相手には少なからず愛おしさを感じてしまうものである。もはや隙が無いと言っても過言ではない。

 本当はもっと笑顔で仲良く話せるようになりたかったが、ツンデレキャラ云々関係なく、照れ隠しで喧嘩っぽくなってしまったせいでその機会を逃してしまった。

 だが決して本気で喧嘩しているわけではないし、最近ではもはやこれが自分たちなりのコミュニケーションなのだと思っている。

 そして、これもまあ悪くないとも。

 だからラフィが人質に取られたとき、サイカはすぐにでも飛びだすことを考えた。

 自分のことはどうなってもいい、ラフィを助けたい、という一心で。

 しかし寸でのところで踏みとどまる。

 怒りの形相を浮かべるフレデリカが踏みとどまっているのに、冷静なユキナも打開策を考えているのに、自分が先走って状況を悪くするわけにはいかない。

 ラフィは泣きそうな顔をしていた。それを見て、悔しさに歯を食いしばる。

 最低だ、という言葉が心に浮かんだ。

 それは敵だけではなく自分にも。成人もしていないような女の子をこんなひどい目に遭わせるなんて、それをすぐに助けられないなんて、と。

 そう思うと、やはり今にも身体が動きだしそうだった。命を懸けてどうにかすれば、ラフィを助ける隙くらいはつくれるんじゃないか。

 頭の冷静な部分が無理だと言っていても、最悪の今を変えられるかもしれないという希望が、焦りが冷静な思考をすぐに塗り替える。

 そんなときセイラが叫んだ。勝てる、と。

 敗走でも遁走でもなければ、狡兎三窟の手段でもない。「逃げ」ではない、勝利の言葉。

 その言葉はサイカにとって青天の霹靂だった。無謀にもただ特攻しようとしていた自分には思いつかない、それができるなら最高の手段。

 その可能性をもたらされて、まだ冷静になれないサイカではない。

 熱くなった頭を覚ますように、サイカは考えろと心の中で何度も唱える。


  ***


 ハンナは年の近い男子が苦手だ。原因は小学生の頃に同級生の男子たちに虐められたことで、思い返すと今でも嫌な気持ちになる。

 それがハンナを好く男子の好意の裏返しによる虐めなのだと、当時はともかく今のハンナは理解している。けれど、理解したからといって当時のトラウマが解消されるわけではない。

 一〇代後半から二〇代くらいの若い男、特に大柄な人。ハンナの苦手な部類だ。

 そして今、ハンナたちの前に立つプレイヤーの中には間違いなく若い男も含まれていた。

 状況も状況なせいか、とても怖い。

 もしもハンナ一人だったなら為すすべもなく地べたに座り、泣き喚いていてもおかしくなかった。

 そうならないのは信頼している仲間の存在と、親友がもっと怖い目に遭わされているという事実が、自身の恐怖を上回っているからだろう。

 今ここで自分が泣いてもどうにもならない。

 思考を停止する分だけ、より不幸な未来が待っている。

 泣くのは現実に戻ってから。ベッドの中、一人で泣けばいい。

 ハンナはすぐに仲間たちを観察する。

 男たちを観察することも考えたが、若い男が怖いハンナにあの男たちを観察して冷静に分析できるとは思えない。顔も隠しているし、いくら人の些細な変化を読み取ることのできるハンナでも無理がある。

 だから観察するのは信頼する仲間たちだ。

 ハンナに今ここを打開する策は思い浮かばない。

 けれど彼女たちなら何か良い手段を考えられる。そう、全幅の信頼を寄せているから。

 そしてその手段を読み取り、次に取るべき行動に合わせて完璧なサポートをするのが今のハンナにできる精いっぱいだ。

 最初に読み取れた仲間たちの感情は、怒りと焦りと恐怖。

 だが恐怖の割合は、ハンナと比べて他の仲間たちには少ない。身体が固まって動けなくなる心配はないはずだ。

 次にセイラが勝てると叫んだあと。

 仲間たちの感情は、急激に大きな変化を見せた。誰もが冷静になり切れない状況から、今の自分にできる最善を考えるという方向へ。

 僅かな口の動き、手の動き、視線や表情。

 些細な情報から彼女たちが次に取りたい手段を読み取る。そしてその手段が少しでも成功率を上げる方へ、ハンナは最適なサポートを考える。

 全員が目指す方向、自分がやらなければならないこと。

 ハンナは詠唱すべき魔法を二つに絞って唱え始めた。

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