第37話悪辣なるPK2

 フレデリカは突然の襲撃にも冷静だった。

 フレデリカの『Nine Worlds』歴は半年以上とメンバーの中では圧倒的に長い。真剣にプレイし始めたのは大学に進学してからだが、純粋な『Nine Worlds』に掛けた時間はレベル以上だろう。

 そもそもフレデリカがこのゲームを始めたきっかけは配信者であり、プレイをしていないときも配信を見ることは多かった。

 配信者というのはたいてい強者だ。

 レベルは最低でも500以上あり、実力売りをしている人だと最上位と言われる800は確実に持っている。

 そんなプレイヤーにはアンチがつきやすく、見つけられればPKを仕掛けられることも少なくない。

 彼ら配信者はそれすらもネタにするように、勝てば「PK対策!」と銘打って動画をだし、負けても自分の何が悪かったのか反省点を挙げるような動画にする。

 そんな動画の数々は、頭の中で自分に置き換えてシミュレーションをするにはうってつけだった。

 自分だったらどうするか、どうすれば彼ら配信者のような動きになるか。

 実際フレデリカも数は少ないがPKを仕掛けられたことがあり、勝ったときにはその感覚を覚えるように、負けたらどこが悪かったのかを列挙し反省した。

 本来はこの反省はすべてが終わってからするべきものだが、事前の段階で反省すべき点があるとどうしても戦闘中に思い浮かんでしまうことがある。

 ――私がしっかりしなきゃダメじゃんか!

 浮足立っていたことは自覚していた。

 しかし高を括ってしまっていた。どうせ何も起きやしないだろうと。

 フレデリカは《Valkyrja Wyrd》のリーダーだ。多少浮足立ってもいいかもしれないが、警戒を怠るのはいけない。

 何より最悪なのが、レッドクランに出会い、捕縛の対象がラフィになったこと。

 まざまざと見せつけられたラフィの姿に奥歯を強く噛みしめ、冷静だった頭が沸騰する感覚を覚える。

 レッドクランは拷問のように痛みで傷つけ、捕縛したプレイヤーやその仲間に言うことを聞かせる手法を取るPKギルドだ。

 もちろん規約違反どころか法律すれすれの行為だが、これによって本来手に入れることのできないアイテムを奪うことができるため、一定数存在しているのが現状。

 レッドクランはこのゲームで最悪の存在。

 不運にも今そんな存在と出会ってしまった。取り返しのつかない失敗だ。

 自分が捕縛されたのであればみんなを逃がせばよかった。

 あるいはユキナであれば最悪でも即座に自害を選び、何もできないままに捕縛されることはなかっただろう。

 けれど捕縛されたのはラフィ。

 後衛を狙うのは鉄則ではあるが、それがフレデリカにとって最悪の形となった。

「ラフィ!」

 名前を叫び、少しでも気力が保てるようにする。

 ラフィが藻掻いている間にフレデリカは男との交渉に向かって考えを巡らせた。


  ***


 首筋にめり込む刃が痛い。

 きっと現実にこんなことが起きたら痛いでは済まないのだろう。しかし痛いことには変わりなく、何より怖い。

 大の大人の男性と思われる人物に羽交い絞めにされ、首筋に刃。

 たった一五歳の少女にとって、それが命の危険のないものだとわかっていても怖くないわけがないのだ。現実だったらすぐに流れてしまうだろう涙は、けれど汗や涙は表示しないこのゲーム内では一滴も滲むことはない。

 ――痛い、痛いよぉ。

 ラフィの悲痛の叫びは、けれど首を抑えられているせいで声にならない。

 何よりも心が痛かった。

 今すぐ逃げ出して、涙を流しながら布団の中にうずくまってしまいたかった。

 不幸だったのはラフィがレッドクランによる悪辣なるPKに備えるための必須アイテム――転移結晶を持っていなかったということだ。

 高価な転移結晶はセイラのようにイリアのような上位のプレイヤーから供与されない限りあまりに高すぎる。

 それでも持つべきという風には言われているのだが、実際に怖い目に経験しなければどれだけ高価でも転移結晶を持つべきだということを理解できないプレイヤーは多い。

 ラフィもその一人だった。

 何より凝ったデザインのアイテムを身に着けているラフィはたまたま見つけた愛杖を除き、ほとんどはプレイヤーがデザインを作成したものが多い。プレイヤーがデザインしたものというのはそれ相応に高価になるので、転移結晶を買う余裕がなかった。

 ギルドのメンバーに話していたら誰かが一時的に貸してくれるようなこともあっただろうが、申し訳ないのと自身のキャラ的にも人を頼りたくないという理由でそれを否定したのがよくなかっただろう。

 そこをレッドクランに目をつけられてしまった。

 彼らにとって、転移結晶は最大の天敵だ。

 このゲームの性質上装備枠にあるアイテムを奪うことはできず、転移結晶による転移はスキルや魔法によって阻止することはできない。

 そのため彼らは「ミーミルの雫」という、相手の装備アイテムをある程度把握できるアイテムを持っている。

 これは装備アイテムの詳細を表示するものではないが、転移結晶を持っているか否かであれば把握は簡単。転移結晶を装備枠に持っていないプレイヤーを見つけ、その人物から襲うのだ。

 標的は唯一転移結晶を持っていなかったラフィ。

 あとの全員が転移結晶を持っていようと一人でも持っていなければ襲撃することは簡単だ。パーティーメンバーのことを思う善人ほど、逃げることはできない。

「ラフィ!」

 フレデリカの声が聞こえて正気を取り戻したラフィはどうにか荷物にはならないようにと藻掻くが、ステータス差のせいか敵はびくともしない。

 魔法を唱える言葉は喉を抑えられているせいで声にならず、発動すらしない。

 魔法使いの弱点だ。詠唱を唱えることができなければ、ただステータスの低くろくな近距離スキルも持っていない人間でしかない。

「おとなしくしろ」

 マスクの下のくぐもった声はそう告げると、一段深くナイフを埋め込む。

 ――逃げたい、夢であってほしい、もうやだ。

 現実逃避の言葉ばかりが頭を駆け巡って、フレデリカに呼び起されたはずの正気が再び失われていく。

 けれど。

 もう少し、あとほんのひと押しで何もかも諦めてしまいそうになったとき――

「ラフィ、あと少しだけ耐えて!そしたら勝てる!」

 勝てる。

 その言葉が聞こえて、ラフィは少しでもこちらに注意を向けようと痛みと恐怖をこらえながら、再びがむしゃらに藻掻いた。

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