第36話悪辣なるPK1


 【追憶の森】は昼夜問わず暗い。松明か『ライト』の魔法なしにはほとんど先が見えない状態だ。

 昼でもそんな状態なのだから、世界が夜のときは一寸先も闇。そして闇は悪しき者共の集う時間ともなる。

 現実時間と大きく異なる時間の進みをする『Nine Worlds』のゲーム内は、現実とは違い昼の時間が夜に比べて圧倒的に長く設定されている。しかしゲーム内時間を正確に計算している人物でなければたまたま入ったときにゲーム内が夜であることも少なくない。

 街であれば夜であろうと問題はなかっただろう。

 絶えぬことない光、喧噪。

 それが現実の都市部よりも圧倒的に大きい。むしろ喧噪に関しては夜の方が盛り上がる。

 けれどセイラたちがいるのは暗い森の中。もともと【追憶の森】は暗い場所だが夜だと光なしでは一メートル先の仲間さえ見えない。

 熱中し過ぎるあまり、森に入った頃にはもう日が沈みかけていることに気づかなかった。

 中には気づいている者もいただろうが、暗くなっているからやめようだなんて野暮なことを言うことはなかった。

 ――それはセイラがMPを温存するために『ライト』を消し、松明に切り替えようとしたときだった。

「きゃっ」

 一瞬の出来事。

 聞きなれない叫びが一瞬耳に届いたかと思い周りを見渡すも、その声の主はわからない。

「今なんか変な声した?」

 セイラが問うと、ハンナが「怖いこと言わないでくださいよお~」と冗談めかして笑う。

 休憩中だっただけに何か叫ぶようなことが起こるはずもない、とそんな先入観もあったのだろう。

「そっか」

 セイラも気のせいだったかと納得し、耳の調子でも悪くなったかななんて思いながら松明の光をつけ、パーティーを見渡した。

「みんな、戦闘準備!」

 反応が早かったのは不幸中の幸いか。

 次の襲撃に対処することができたのだ。

 狙われたのはいち早く声をあげたセイラ。半ば直感のようなもので杖を振るうと何者かの武器と交錯する。

「ラフィがいない!」

 PKだ。

 全員がそう納得したとき、おそらく敵も方針を切り替えたのだろう。

 奇襲から純粋な戦闘へ。

 そうなったとき、充分な準備が整えられていない《Valkyrja Wyrd》は対処しきれない。

 暗闇からの強襲。

 AGI特化のプレイヤーなのか、松明の光の外から目で追うのも大変な速度で行われる敵の攻撃は、致命傷を避けるのが精いっぱいだ。

「『フラッシュ』!」

 まさかこんなことで使うとは思ってもみなかった――セイラがイリアに言われて最初に手に入れた三つの魔法の一つ、『フラッシュ』だ。

 この魔法は杖などの媒介物を起点に、一瞬だけ強い光を放つ。

 光は決して暗い森を照らすのに適しているような明るさの光を放つ魔法ではないが、一瞬だけ全体に猶予の時間を与えることはできるだろう。

 敵も警戒したのか、攻撃が止む。

 しかし不幸なことに、セイラは『フラッシュ』を放つときそのことを仲間の誰にも伝えられなかった。また、仲間に光が当たらないようにするほどの余裕もなかった。

 できたのは一瞬の猶予のみ。

 しかし《Valkyrja Wyrd》の面々は急に強い光を浴びたことにより、視界を奪われる。

 敵の視界も何人かは奪えたが、全員ではない。光が止んだ途端、『フラッシュ』の影響を受けなかった数人が追い打ちをかける。

 冷静だったのはフレデリカだ。最もレベルが高いプレイヤーとして、PKをされた経験があったのだろう。

 フレデリカが「下がって!」と強く声を上げると、まだ視界の戻りきらないにもかかわらず《Valkyrja Wyrd》の全員が大きく後ろへ引く。

 下がったことで得た時間はそれほど多くはない。しかし視界がある程度戻るにはギリギリ足りる時間だった。

 前衛であるフレデリカが全体を庇うように前へ。続いてユキナが。

 セイラとハンナは二人の戦闘範囲内に入らないところまで下がり、二人をいつでも守れる一にサイカが位置をとる。

 響く鍔迫り合いの音。

 セイラが瞬時に『ライト』を使用し、光が届く範囲内でフレデリカとユキナが闘う。

 戦闘は間違いなく不利だ。

 前衛として充分に機能するのがフレデリカとユキナだけであるため、どうしても人数不利は免れない。

 しかし後衛二人からサイカが離れてしまえば闇から唐突に表れる敵によってセイラたちは襲われることになる。

 唯一の希望は敵がAGI特化のプレイヤーのためか、決め手に欠けているということだ。

 しかしその希望も打ち砕かれる。

 敵が突然引いたのだ。フレデリカとユキナと戦っていた敵がリーダーと思われる男の掛け声で瞬時に引き上げる。

 引き上げただけなら問題はなかっただろう。もともとセイラたちはPKに対処できればいいのであって敵を追う必要はない。

 だがリーダー格の男とその周りにいた男が松明に火を灯し、否応なくこちらの不利を見せつけてくる。

 こうなることは理解していた。思わずセイラは唇を噛む。

 ――拘束されたラフィ。口に布を嚙まされ、杖は取られ、首元には短刀。

「さあ、この少女が傷つく姿を見たくなかったら、貴様らが所有しているアイテムを置いていけ」

 その刃が首元にめり込み、ラフィが苦悶の声を上げた。

 ただのPKギルドではない。レッドクラン――ゲームの規約違反ギリギリアウトの行為を行うギルドだ。

 怒りの形相を浮かべるフレデリカ。整ったユキナの顔も今回ばかりは険しい。

 セイラはこの状況を打開すべく必死に頭をフル回転させ、密かにシステムウィンドウを開いた。

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