第35話順調な戦い
パーティーの後は【追憶の森】へ行く。目的はレベル上げ兼金稼ぎだ。
「なぜ人は常に金欠に迫られるのか……」
フレデリカの呟きに、セイラは苦笑いを浮かべる。
今までフレデリカ率いるギルド《Valkyrja Wyrd》はギルドホームの完全開放のためにお金を貯め続けてきた。
しかしギルドホームを完全開放した今、その貯め続けてきたゴールドはほとんどゼロ、ギルドメンバーがそれぞれ個人で持っている分の額しかなく、ギルドとして持っているのは子供のお小遣いよりも小さな額だ。
そもそも《Valkyrja Wyrd》がギルドとして徴収する額は、ギルドで戦闘に出向いたときに得られた額の20%としている。50%を超えるギルドであったり、獲得金額にかかわらず固定額での徴収であったりとするギルドがある中ではかなり良心的だ。
最近はギルドホーム開放のため全員が自主的にギルドに渡す金額を増やしたり、ギルドで自由に飲める紅茶の類もハンナなどが個人で買ってきたりしていたが、それもこれまで。しばらくギルドとしては金欠が続くことだろう。
「じゃあ今のうちに稼いでおかないとね」
セイラの言葉に、ギルド内のモチベーションが上がる。
フレデリカは金欠に頭を悩ませているように見えて、動きは常に活発。きっと今が楽しくて動かずにはいられないのだろう。
ユキナはさすがというべきか、「静」がよく似合ってフレデリカのように動きに現れることはない。けれどいつもと笑顔の種類が違う。普段の大人っぽい優しい微笑みに比べて、今は少し子供のような無邪気な笑みが混じっている。
サイカはまたラフィと喧嘩まがいのことをしているが、表情は挑発的な笑みだ。普段も決してガチの喧嘩をしているわけではないが、今はあえてラフィを挑発しているように感じる。
ラフィなんかはっきりしていて、いつもよりも饒舌になっている。たまに噛んでも赤面することなく余裕の表情だ。
ハンナもフレデリカと同じで動きが活発になるタイプ。その動きが普段であれば旺盛な好奇心に充てられるのだが、今はフレデリカと一緒にいつもよりぴょんぴょんしている。いや、ぴょんぴょんしているってなんだ。でもそんな言葉でしか表現しようがない。
そしてもちろん、セイラもみんなと同じ。
どこか胸の中に燻る感情があって、じっとしていられない気持ちになる。セイラは弓道のお蔭か精神的に落ち着いた面があるためフレデリカやハンナのようにはっきりと身体では表さないものの、いつもより無駄に動き回っているのがわかる。
きっと、みんなギルドホーム開放が嬉しくて感情が高ぶって、浮足立っているんだ。
そこに少し危険を感じる部分はあるが、所詮はゲーム。浮足立って失敗したところで笑って反省するくらいで終わるだろう。――次からはもうちょい集中しようね。身体は熱く、頭は冷静にだよ、と。そんな未来も少し予感しながら。
「今日も経験値とゴールド稼いで、どんどんギルドの名を挙げていくぞー!」
フレデリカが右手の拳を突き上げたのに合わせて、セイラは遠慮気味に、けれど最後には真っすぐと右手を突き上げた。
戦闘は順調に進んでいた。以前よりもはるかに順調だ。
その理由は明白。確実にハクアとの一件が大きく関与しているだろう。
敵の動きを予想し、自分の作戦の通りに誘導する。
セイラはオーダーとして大きく成長した。
「あと一〇秒後に攻撃が大振りになるよ!」
「ラフィはサイカのいる位置に五秒後に魔法打って!」
「フレデリカ!次の攻撃は横薙ぎになる可能性が高い!」
予想はかなり高い精度で的中した。すべてとは言わずとも、セイラの指示は勝ちを早めるのに大きく貢献しただろう。
誘導にはまだ課題が多いものの、それも慣れてくれば高い精度を誇れるだろうと自信を持てる。
セイラのオーダーはフレデリカの負担を少なくし全体の活躍幅を上げ、さらにMPやHP、回復系ポーションの消費量を減らすことに成功した。数字として表れているのは間違いなく大きな成長だ。
もちろん成長したのはセイラだけではない。
ハンナは体力管理だけでなくサポートも充分にこなすようになり。
ラフィはヘイトを買わないように自らが動き、モンスターの視界に入らないようにしている。
レベルの低い後衛陣がプレイヤースキルを大きく成長させたのだ。
後衛だけではない。
サイカは紅の館で手に入れたスキル『鬼火』により一時的に守りを捨て攻撃に専念ができるようになった。このお蔭でサイカにしか有効打が与えられなかったモンスターの処理が楽にできるようになった。
フレデリカとユキナはモンスターへの連携での対処が上手くなった。どうやらみんなでゲームができない間も対策を深め、二人で何度か【追憶の森】に潜ったようだ。
全員がそれぞれ動きを洗練させ、新しい戦い方を生みだし、成長していく。
円滑洒脱、順風満帆。
思わず白い歯が出てしまうくらいには、今の状況はギルドにとって理想的だった。
だからだろう。
全員に油断が生まれていた。
ところどころに警戒が足りていなかった。
もし責任を誰かに求めようとしても全員の責任としか言いようのない失敗。
運が悪かったのかもしれない。
本当は誰の責任でもないのかもしれない。
けれどこの状態が続けばいずれ似たようなことは起きていたのだろう。
ただ、今回はそれが最悪の形となって現れた。
トラウマにもなり得るような出来事が《Valkyrja Wyrd》の身に降りかかった。
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