第28話【始まりの街】を見て回ろう!3
その後ハンナの希望あって雑貨屋や紅茶のパックが売られているお店を見ながら南の冒険地区へと移動していく。
セイラとラフィは専らウィンドウショッピングとなっていたが、ハンナは目を輝かせながら次々と買い物をしていた。
――どこからあんなお金出てくるんだろう。
ゲーム内通貨「ゴールド」はモンスターを倒せば稼げはするが、当然弱いモンスターほど得られるゴールドは少ない。
セイラたちはあくまで低レベルプレイヤー。持っているゴールドはポーション等の冒険に必要な道具にほとんど割かれ、無駄遣いできるほど多くないはずだ。
モンスターを倒す以外に考えられるゴールドの入手方法――最も簡易的なのが課金だろう。……まあ、ハンナのお金事情については考えないようにしておこう。
その後もハンナに特に予定もないような店にあっち行ったりこっち行ったりと連れて行かれる。
二件目のカフェ、さっき行ったような雑貨屋、紅茶の専門店。
ゲーム内ではお腹は膨れないはずなのに、なんだかもうお腹いっぱいだ。あまりこういう女子っぽいことに興味がなかったからかもしれない。
疲れた様子のラフィと並び、ひたすらハンナが満足するまで付き合う。
ようやく商業地区が途切れたところで、ハンナはほくほく顔でラフィに先を譲った。
交代し、今度はラフィについて南側の冒険地区を移動する。
ラフィはハンナとは対照的に周りの魅力的に見える店には一切目もくれず目的地へと向かった。
王手ギルドの経営店、コスパよく武器の販売や調整を行ってくれる錬成ギルド、エルフのNPCが看板娘の魔法杖専門店――次々と通り過ぎていく。
そうして訪れたのは少し古い古民家のような見た目をした武器屋。
少し固い木製の扉がギギギ、と音を立てる。
カフェ「えいる」がレトロな雰囲気を楽しむ店なら、ここは良くも悪くも本当の古さを体現したと言ったところか。
中は薄暗く、数本の蠟燭だけが唯一の明かりだ。
怪しい魅力と言えば聞こえはいいが、ひどく貧相な店という言い方もできる。
壁には店の象徴と呼ぶべき武器がいくつも掛けられていて、それらはすべて黒を基調としたデザインのものばかりだった。
近接職の武器はないのか、ほとんどが杖で埋まっているようだ。
「いらっしゃい」
聞こえたのは老婆の声。
紅の館のボスのような恐怖を煽る声ではないが、薄暗さが気味悪さを増長させる。
店の中は狭く八畳程度か。
数々の武器が飾られている中でさらに三人も加われば手狭と感じられるほどの密度だ。
しかしそれでも老婆が最初の挨拶以外何か介入することはない。むしろじっと座ったまま動きすらしない。老婆はNPCなのだ。
黒を基調とした杖ばかりのこの店を選ぶのはラフィ好みのデザインだからというのもあるだろうが、店主がNPCゆえにコミュニケーションを取らなくていいのが一番の理由なのかもしれない。
ラフィは店に入るや否や飛びつくように杖を物色し始める。
「ふっふっふ、貴様なかなかいい魔力を纏っている。我の主なる相棒はこのグリダヴォルであるが、グリダヴォルを使用するまでもない敵が現れたとき貴様を使ってやらないこともない。どうだ、我の僕とならぬか?」
なんか杖と話し始めた。
「ラフィちゃん自分の杖に『グリダヴォル』って北欧神話の伝説の杖と同じ名前つけているんですよね」
「へえ。あれ、でも北欧神話の杖ならゲーム上に存在していてもおかしくないんじゃないの?もしかして本物?」
「まさか。グリダヴォルは神器として既に存在していますが、そういうのは大手のギルドが所有しています。ラフィちゃんが普段使っている杖はグリダヴォルに見た目だけ似ている普通の杖です」
爛々と目を輝かせながら中二病後で杖と話すラフィの姿は、なんというか、外から見ていると非常に痛々しい光景ではある。しかしまあ、うん、商業地区で散々多くの人に話しかけられながら我慢してきたラフィにはあれくらいの大げさなくらいのストレス発散が必要なのだろう。
「いやデフォルトですよあれ」
「そっか……。ていうか心読まないで」
「セイラさん、表情にはあまり出ないんですけどオーラに出ますよね」
「何その能力」
「ゲームのスキルじゃないですよ?」
「ゲームに心読めるスキルがあったら怖いよ」
口に手を当ててクスクスと笑うハンナはとても楽しそうだ。
ハンナと話していてもラフィの代わりに揶揄われるだけな気がして、セイラも杖を見て回る。
現段階だと「魔法の杖D」で杖の能力的には充分なので、商業地区と同じあくまでウィンドウショッピングだ。
杖を見る限り、それほど強力な杖があるようには見えない。だいたいはセイラの持つ魔法の杖Dより少し強いくらいで、【始まりの街】らしい能力と値段とも言える。
もしも買い替えるときが来たとしてもここで買うことはないだろうな、とそんなことを思いながらラフィと同じように今度はデザインに注目していると、扉のギギギという音が聞こえた。
ハンナが飽きて外に出たのかな。
そう思い振り返るが、ハンナはセイラの真後ろに立ってセイラお同じように扉の方を見つめていた。視界の端にいるラフィは身体を硬直させている。
新しい客が来たのだ。穴場のような店とは言え、訪れる人はいるだろう。
見れば客はセイラたちより少し上等な装備を付けた男で、こんな質素な店に来るようなプレイヤーには見えない。
彼は入ってくるなり辺りを見回して首を捻ると、たまたま目のあったセイラに話しかける。
「なあ、ここは『アームス』って名前の店か?」
ラフィについてくるままにこの店に入ったので店の名前までは知らない。ラフィの方を見るが、ラフィは知らない人との話に入りたくないとばかりに目を逸らす。
「ごめん、私たちも適当に入っただけだから。ていうかマップに店の名前くらい書いてあるんじゃないの?」
セイラの記憶が正しければ、もともとこのゲームに存在する、すなわちNPCがやっている店や施設はすべてマップに記載されている。
「いや、俺たちが探してるのは《ピース》系列の武器屋なんだ」
「ピース?」
「あんた《ピース》を知らないのか?」
セイラが思い浮かぶピースは、平和を意味する英単語のピースか、パズルのピースか。
少なくとも彼らが言っているピースではないだろう。
ハンナがすっと横に入って耳打ちをする。
「《ピース》っていうのはゲーム内最大ギルドの名前です。確か武器の売買をする店舗も運営していたはずですよ。ともかくNPCのやっているこのお店じゃありませんね」
ハンナの指摘を受けて、そのまま答える。
「ここはNPCのお店だからギルド系列の武器屋ではないかな」
「そうか、じゃあ俺は道を間違えたか。……ほら、お前ら行くぞ」
男と、おそらく外にいたであろう彼のパーティーメンバーが踵を返して去っていく。
「ほら、だから言っただろ。こんな小さなところなわけがあるか」という仲間の男の声を最後に扉が閉まり、隣からほっと息を吐く声が聞こえた。
「ていうかなんで私を経由したの?」
気になったのは先ほどのハンナの耳打ち。コミュ力旺盛なハンナなら自分で答えていきそうなものだと思ったからだ。
胸を撫で下ろした様子のハンナがセイラの言葉に苦笑いを浮かべる。
「なんと理由が二つもあります」
「うん。弁明を聞こう」
ハンナは人差し指を一本ピンと立てた。
「まず《ピース》というのは先ほども言った通りゲーム内最大ギルドです。そして『アームス』は紹介なしでは《ピース》所属のプレイヤーですら入れないという超高級店。あの人が《ピース》の関係者である場合、もし万が一名前でも覚えられた暁には何をされるかわかりません。その点ゲームプレイ時間が短いセイラさんであれば多少の失礼も許してくれるのではないのかな、と」
なるほど、言いたいことは理解できる。
だが相手にセイラのゲームプレイ時間など判断できるものだろうか。
確かにセイラはまだ課金要素は試していないためレベル相応の装備しかない。装備品もイリアからもらった基本装備だけで、たいしたプレイヤーでないことは一目瞭然だろう。
普段であればそれで筋が通った話だった。
しかし今だけはそれが否定できる。
街の中での散策しか予定していないセイラたちは今、ほとんど装備を身に着けていないのだ。レベルが正確に判断できるとは思えない。
そんなセイラの内心を悟ってか、ハンナはすぐに二つ目の指を立てる。
「二つ目は……実は私、同年代の男の人が苦手なんです」
「……うん?」
「その、おじ様とかはいけるんですよ?お年寄りも小さな子供も大丈夫です」
ハンナが対人関係において苦手意識を持っているところなど想像できない。むしろ積極的に変な絡みをしている姿さえ想像できる。
ハンナがいつもと違う雰囲気でしんみりと語る。
「私、その小学生のときよく男子たちに揶揄われて虐められていて。それで同年代の男の子だけダメになっちゃいました。だからリアルだとラフィちゃんに守ってもらったりしていて」
ラフィに目を向けると、小さく頷いているのが見える。
先ほどの対応からもわかる通り、ラフィは明らかにコミュニケーションが苦手だ。
にもかかわらずそんなラフィがハンナを守らなければいけないあたり、想像以上に同年代の男子に苦手意識を持っているということだろう。
「そっか。まあ、そういうことなら仕方ないかな」
「だからわざわざ女の子しかいない子のギルドに入っていますし、ラフィちゃんについてきただけがギルドにいる理由じゃないんですよ?」
「でも意外だな、ハンナが虐められるって。なんか想像できない」
ハンナなら笑顔でひらひらと躱していそうなイメージがある。
「ほら、だって私って可愛いじゃないですか?」
ん?
「小学生だと、可愛い女の子にちょっかいを出す男の子とかいますし、それが行き過ぎる人ってたまにいるんですよ。ほら、私は特に可愛いので」
言っていることは理解できる。セイラも小学生時代には男子にちょっかいを出されたことはあったが、割とメンタルが強いタイプの人間だったので彼らの行動は歯牙にも掛けなかった。
だから本来同情して「気にしないで。これからは私も頼ってくれていいから」なんて言葉を掛けようと思っていたのだが。
なぜだろうか、「私可愛い」を連呼するハンナの言葉にいつもの人を揶揄うのが大好きなハンナ味を感じるのだ。
「……ねえ、もしかしてもういつものハンナになってる?」
「セイラよ、ハンナは同年代の男がひどく苦手だが、それ以外は今までと変わらぬいつものハンナだ。つまり、異様に切り替えが早い」
「……どこからが演技だと?」
「あの男が去って、それ以降はすべて演技だ。ちょっとしんみりとした顔は全部つくられたものだぞ」
半眼で睨むと、ハンナはぺろっ、と舌を出し、と右手でこつんと自分の頭を叩く。
「ハンナ~」
「あ、痛い。痛いですよセイラさん!」
慰めるはずだった言葉は、代わりにハンナを思いっきりぐりぐり攻撃するグーの手に代わっていた。
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