第26話【始まりの街】を見て回ろう!1

 喧騒の響く教室、簡単な内容の授業、退屈な先生の語り。

 そんなまだまだ一年生の一月目という楽な学校を乗り越え、帰宅した星羅はギルドチャットを開いていた。

 誰かが『Nine Worlds』をやっているなら一緒にやろうと思ったのだ。

 最近は潜ってもギルドメンバーとなかなか時間が合わないことが多かった。

 特に時間を六倍にも拡張している完全没入型は、たった一時間のずれでも六時間になる。ギルドチャットを少し見ていないだけでさっきまでログインしていた人たちがもうログアウトしてしまっていた、なんてこともよく起こっていた。

『ラフィちゃんが昨日の宿題終わらせたらログインしますー』

『うぅ、我をこんなもので縛るとは……教師、げに恐ろしき奴らよ……』

 チャット内ではラフィとハンナがログインする意思を見せていた。まだログインじたいはしていないようで、今から連絡すれば間に合いそうだ。

『私今日も行くよー』と一言チャットを打つと、ハンナから『この三人なら、もしよければ今日は始まりの街を見て回りませんか?』と返ってきた。

「街を見て回る、か」

 星羅はまだ『Nine Worlds』を始めてそれほど経っていない。【始まりの街】にホームがあると言ってもその街の様子はほとんど見ることができていない状態だ。

 それにもともとは世界を見て回る、という姉との約束のもとゲームを始めている。この機会は本来ゲームを始めた目的にも近い。

「行く」

 星羅は口角を上げそう一言、思わず口にしながらチャットを返した。


  ***


 集合場所に設定されたのは大衆酒場。

 セイラが古びた木製の扉を開けると、室内は中高年のプレイヤーを中心に賑わっていた。

 そんな中、一際目立つ四人組。

 テーブル席に座ったラフィとハンナは、中年の男性二人と話していた。いや、話しているのはハンナだけか。

「二人とも待った?」

 セイラの声にハンナに隠れ気味で縮こまっていたラフィが身体をびくっと痙攣させ、セイラであることを確認すると安堵のため息を吐く。

 遅れてセイラに気づいたハンナがにこやかに話す。

「あ、セイラさん。今ちょっと気のいいおじさま方と仲良くなっちゃって、盛り上がっていたところなんです」

「ラフィはそういう感じじゃなかったみたいだけど」

「そうなんですか?ラフィちゃん」

 にこにこと、白々しい笑みを浮かべるハンナ。

 びくっと再度身体を震わせ、ラフィは顔を青くする。

「わわわ我が人見知りをしているとでも言いたいのかセイラよ!し、漆黒の魔女、である我がこのような下等な生き物に怯えるなどあるわけがないだろう!」

 ――ハンナに乗せられてるなあ。

 どうやら中二病が素直さを奪っているようだ。

 だが勢いで言ってしまった「漆黒の魔女」の部分が小声になるくらいには、中二病キャラを知られることへの恥じる気持ちは残っているらしい。

 そんなラフィの様子を見たハンナが笑みを深める。

「ラフィちゃん、ちょっと我は強いけど面白い子なんですよ。ね?ガンさん、ダノスさん」

「あ、あー…そうだな。ラフィちゃんも一緒に話すか?強制はしないし無理はしなくていいからな」

「そう、だな。セイラちゃん、だったか。君も一緒にどうだ?先輩プレイヤーとしていろんなこと話してやれるぞ」

 中二病と人見知りで板挟みのラフィ。

 気を遣うおじさんこと、ガンとダノス。

 満面の笑みを浮かべるハンナ。

 たぶん今一番我が強く見えているのはハンナじゃないかな……。

 そんな感想とともに、ラフィの隣に座る。

 その瞬間、ラフィはぴったりと絞める勢いでセイラの腕を抱いた。

 少しでも知らない人から隠れたいという抵抗からか、顔はセイラの首元に埋めて様子を伺っている。

「それで、ハンナは何を聞いてたの?」

 ラフィの過剰な反応を見て、いじりすぎたことを少し反省しているのだろう。ハンナは頬を掻き、苦笑いを浮かべ答える。

「ガンさんとダノスさんからは街のお勧めスポットを聞いていたんです。今日は【始まりの街】を見て回る約束ですから」

「おおよ!俺たちはエンジョイ勢だからな、特にこの街のことは何でも知ってるぜ」

「ああ!ガンの言う通り、わざわざゲームで酒を飲みかわすくらいだからな!」

 ガンとダノスは親指を立て、白い歯を見せる。

 なるほど。

 それでコミュ力旺盛なハンナは知らないおじさんへ話しかけ、見知らぬ人と長時間同じ空間にいさせられたラフィはこうなってしまったのか。

 ラフィも決してガンやダノスが悪い人ではないことはわかっているのだろう、セイラの腕に抱き着く力を徐々に弱め、びくびくした様子で二人のことを見ていた。

「ええと、じゃあガンさんとダノスさんはどこがお勧めなの?」

 一人話し合いにまだ参加できていなかったセイラは、改めてダンとガノスから話を聞く。

 二人は快く話してくれた。

「目的にもよるが、このゲームを楽しむって意味なら武器屋とかはお勧めだな。南側の冒険地区は森にも近いから武器屋、防具屋、薬屋なんでもあるが、やっぱりいい武器を見てると将来これ使いてえ~っていうモチベーションになるからな」

 ガンが勧めるのは武器屋。セイラも少し興味のあったところだ。

 セイラが持っている武器防具はすべて姉からもらったもののみ。他のものも見てみたいという欲求はある。

「おいおいガン、相手は女の子だぜ?そんな武骨なところは男が興味を持つところだろう」

 セイラは弓道をやっていた経験からか武器・防具にも興味はある。しかし普通の女の子は武器屋防具には興味を持たないだろう。

 そんなダノスが勧めるのは、まさに女の子が興味を持ちそうな場所。

「俺が勧めるのは北の商業地区だぜ。もちろん立ち食い屋とかもあるが、中にはお洒落なカフェなんかもあって女性人気が高いんだ」

「あ、確かギルドに常備してあるカップやティーバックもフレデリカさんが商業地区で買ってきたものでしたよね」

 ハンナがダノスの言葉に反応して目を輝かせる。

 どうやらハンナは女の子らしい商業地区の方に興味が湧いたらしい。

「あのお洒落な紅茶のカップ?」

「そうなんです。【始まりの街】っていうくらいだからお洒落なもののラインナップも少ないのかなって思ったらそんなことなくて。紅茶も常備してあるのは安価なものなんですけど、街には高くて美味しいのもあるってフレデリカさん言ってました!」

 ハンナが興奮気味に語る。

 そんなハンナの姿を見てダノスは得意げに頷き、ガンはちょっとしょぼくれていた。 今時の女の子の価値観に合わせて話せなかったのがちょっと悔しいみたいだ。

「うちは杖見たい……」

 そんな中、ぼそっと聞こえた声。

 ハンナは聞こえなかったようだが、隣にいたセイラにはよく聞こえた。

「ラフィは武器を見たいの?」

 セイラの声に反応して明るくなるガン。おじさんの一喜一憂する反応、ちょっと面白いかも。

 ラフィは顔を赤くして「な、な、な、」と言葉に詰まっている。

「もしかしてラフィちゃんは冒険地区へ行きたかったですか?」

「我は俗物などに興味は示さぬ。北だの南だの、どちらであろうと我を満足させることができぬわ」

「ラフィちゃん、素直にならないと商業地区行っちゃいますよ」

「構わぬ」

 変な意地を張るラフィに困ったように眉をへの字にするハンナ。

 ラフィのわかりやすい態度は初対面のガンとダノスでも心配する目を向けるくらいにはあからさまなものだが、本人が行きたいと言わない限りは「じゃあ武器屋を見に行こう」とは言えない。

 まだどちらに行きたいとも言っていないセイラが武器屋に行きたいと主張することもできるが、それは北側の商業地区を見たがっていたハンナが可哀そうだとも思う。

「じゃあせっかくお勧めされたし、両方見に行く?」

 というわけで日本人らしく当たり障りない方向で。セイラは無難に間を取ることにした。

 もともと時間はたくさんあるのだ。どちらか一つに限ることもないだろう。

「そうしましょう。最初は私の要望通り商業地区で。そのあとは意地っ張りなラフィちゃんの要望通り冒険地区ということで。ガンさん、ダノスさん、ありがとうございました」

「わ、我は要望などしておらぬわ!」

 ガンとダノスはかっかっかっと笑うと、再び親指を立てて白い歯を輝かせる。

「嬢ちゃんたちいいパーティーじゃねえか。また聞きたいことあったらいつでも俺たちのところ来いよ」

「おうよ!たいていこの酒場にいるからよ!」

「あ、どうせならフレンド交換する?」

 面白いしいい人たちだ、そう思ってセイラはフレンド交換をお願いしたが、二人はゆっくりと首を振った。

「俺たちもそうしたいのは山々なんだけどよ」

「ああ。若い女の子とフレンドになった中年オヤジってのはちょっと周りの目がな」

 そう言って、少し周りを見回す二人。

 人の目のある酒場で話すならただの気のいいおじさんでも、フレンドチャットなどのできるフレンド登録は出会い目的と勘違いされてもおかしくない。

 そして、たいていこういうときは何気なく周りが監視しているものだから軽々しくフレンド交換などできないのだ。

「そっか。じゃあ今度また酒場で」

「さあセイラさん、早く行きますよ」

「うん。ありがとね、ガンさんダノスさん」

 逸るハンナの背中を追いかけ、セイラも立ち上がる。

 あわあわと遅れ気味のラフィに手を差し出せば、ラフィは恐る恐るセイラの手を握った。

 ちょっとキュンとした。

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