第25話紅の館6
五メートルほどの巨体。頭と天井はほとんど距離がなく、横幅も充分に動けないとほどまで膨れ上がっている。
それは目を赤く爛々と輝かせ、両の手を大きく広げ、地鳴りのような声を上げていた――もはや魔女とはかけ離れた見た目をした怪物。
「この状態になった魔女はHPと耐久ステータスの数値が大幅に上昇して、強力な魔法攻撃を使うようになるの。具体的には魔法の威力と範囲が上がるってところね」
そのサイカの言葉の通り、魔女は魔法で広範囲に冷気を発し、あたりを凍り付かせていく。
幸い二人は下がっていたため効果範囲外だが、もうあと数歩近ければ魔法によって氷漬けにされていただろう。
「え、これやばい?」
「安心しなさい。でかくなったってことは攻撃が当たりやすくなったってことよ!」
そう言って、サイカは少し頬を赤く染めながら口角を上げる。
「アタシの数少ない魔法の一つよ、覚悟しなさい」
セイラはその言葉を受けてすぐに『ライトフォース』による援護を行った。
この辺りは手慣れたものだ。誰かが強力なスキルや魔法を使おうとすると口は自然と『ライトフォース』の詠唱を唱え始める。
最近ではMPにステ振りを増やしているため『ライトフォース』が何度も使えるようになってきているのも大きい。
セイラの詠唱に少し遅れて、サイカもまた詠唱を開始する。
「巨の国界を守りし
サイカの手に小さな黒い炎が灯る。
テニスボールほどの小さな炎。それはゆっくりとサイカの手から離れ、秒速一メートルもないほどの速度で魔女に向かう。
氷魔法の効果範囲内に二人がいないことに気づいたのだろう、魔女は『黒炎』を気にすることなく二人のもとへ直進し、小さな炎がその身体に触れた。
――黒が世界を覆う。
そう形容してしまいたくなるような炎が魔女を襲った。
先ほどまで掌ほどの小さかった炎は、五メートルの巨体を包み込むほどの猛炎と変わり、黒い光で部屋が包まれる。
絶叫が響く。
暴れ猛る魔女に、しかしそれでも炎の勢いが収まることはない。
まるで内側から焼かれているかのようなその姿に、セイラは恐々とした面持ちでサイカに訊ねる。
「何これ」
「中級火属性魔法『黒炎』ね。当たるまで炎は小さいし敵に向かう速度も遅いしでほとんど実践で使うことが難しい魔法なんだけど、その代わりに威力だけは単体攻撃の上級魔法に匹敵するのよ」
サイカのINTはお世辞にも高いとは言えない。
それでもセイラの『ライトフォース』と組み合わせて威力の上がった『黒炎』は敵に大ダメージを与える。
苦しむ魔女のHPはもう少しだ。
まだ『鑑定』のクールタイムが上がっていないセイラでもこの魔法がどれだけのダメージを与えているかというのは容易に想像がつく。少なくとも見掛け倒しということはあるまい。
「まさかアタシも実践で使える機会があるとは思っていなかったんだけど」
「じゃあなんで取ったの?」
「い、いいでしょ!役に立ったんだから」
素でツンデレを発動させ、そっぽを向くサイカ。
その行動も致し方ない。なぜならこの『黒炎』という魔法、まだラフィがギルドに加入したばかりの頃に取ったのだから。
すなわちまだキャラを演じるのがこのギルドのルールだと思っていた時代に、中二病キャラのラフィが来たときの話だ。
影響を受け、なんだか格好いい『黒炎』を取得してしまったのも無理からぬこと。あまりにも恥ずかしい黒歴史をひけらかしたくなどない。
幸いなのは今まで使いどころのなかったこの『黒炎』が魔女を倒すという点においては非常に有用なダメージソースになったということか
「それよりもさっさととどめを刺すわよ!」
『黒炎』には炎熱によるダメージが直撃の大ダメージ後も続く。
それでも魔女を倒すまでには至っていないようだ。だがほとんど瀕死なことには違いない。
「『ジャック・ザ・リッパー』!」
大ダメージによって攻撃モーションの取れない魔女に追い打ちをかけるかのようなサイカの攻撃が、魔女を光へと散らした。
経験値獲得の通知とともに、レベルアップ通知が聞こえる。
予想よりも早いなと思ったが、どうやら勘違いではないらしい。魔女は経験値が豊富だったようだ。
それでもホラーイベントが経験値を獲得できなかったことを考えると得した気分にはならないが。
隣ではサイカが嬉しそうに笑みを浮かべていた。
当初の目的であった「火属性のスキル」というものを獲得できたのだろう。
「何が手に入ったの?」
気になったので訊ねてみる。
サイカは嬉しそうな顔を隠そうとしないままに自慢げに言う。
「『鬼火』ってスキルね。めちゃくちゃ強力なスキルなのよ」
「どんな効果なの?」
「なんと五回まであらゆる攻撃を無効化してくれるの!」
火属性専用スキル『鬼火』。自身の周りに五つの青白い火の玉を召喚し、敵のあらゆる攻撃を五回まで無効化する。無効化するたびに火の玉は消える。
このスキルの特徴はスキル使用者に干渉してくるあらゆる攻撃を無効化する特徴がある。
一般に無効化スキルは効果が限定的だが、『鬼火』はダメージを与えてくるような攻撃だけでなくデバフや拘束などの効果を持つ攻撃にも有効なのだ。
弱点と言えるのはスキルランクを上げても効果や使用回数は変わらないことくらい。非常に強力な効果を持つため一日に一回しか使えず、スキルランクを上げることで変わるのはもともと長いスキルタイムのみ。
しかしそれを補って余りある効果は上位の火属性を持つプレイヤーにも重宝されている。
「ホラーが苦手な人でも火属性プレイヤーなら必ず訪れると言われているのが紅の館。だから今日セイラと一緒に来たってわけよ!」
そんな強力なスキルを得られるにもかかわらずサイカが適正レベルを超えてもなかなか来なかったのは、見栄を張ってしまうから。
キャラ付けでツンデレを選んだのは見栄っ張りな自分を無意識に写してしまったからだ。
だが会って日の浅いセイラであれば、そんな変な見栄を張らずに済む。
「ホラーはともかく、レベルアップとか知らない魔法の取得条件満たしたりとかしてたし、なんだかんだ誘ってくれてよかったよ」
「別にセイラのためじゃないから感謝する必要はないわ」
この言葉はツンデレではない真実である。現実のサイカは学校の文化祭レベルのお化け屋敷でも無理なタイプなのだ。ソロ攻略などできるはずもない。
今は紅の館が文化祭など遥かに上回る怖さだったせいで、半分くらい怖かった記憶が消し飛んでいる。おそらく今日は色々と思いだして眠れないことだろう。
セイラはそんな詳しい事情は知らないまま、しかし薄々察しつつ、それらをスルーして自分のステータス欄を確認する。
「RPも結構入ったからなー。何かスキルとか取ろうかな」
「あんたは魔法でしょ。恥ずかしい詠唱を唱えながら見悶えてなさい」
嬉しさのあまりか、サイカの悪態もノリノリだ。
そう言えば最近詠唱の恥ずかしさもなくなってきたなあ、なんて考え、ふと先ほどのサイカの様子を思いだす。
「サイカは詠唱のとき恥ずかしがってなかった?」
滅多に唱えない魔法、セイラは幾度と詠唱を唱えてきたせいで『ライトフォース』なんかであれば詠唱はまったく恥ずかしくなくなったが、『黒炎』を使用するときのサイカは顔が赤くなっていた。
「そ、そんなわけないじゃない!」
やはり顔が赤い。
「まあ詠唱ちょっと中二病ぽかったもんね。あんまり使わない魔法だろうし、恥ずかしいのも当たり前か」
「だから恥ずかしがってないって言ってるでしょ!」
たびたび見えるサイカのツンデレ、もしかして割と素なんじゃない?そんなことを訊いたら怒られるだろうか。
「だいたいセイラもこれから恥ずかしい詠唱をたくさん唱えるようになるのよ!」
「あーあー聞きたくない」
「これからはセイラが顔を赤くすることになるんだから。覚悟しておきなさい」
「私やっぱり転向しようかな。ほら、別に光属性でもサポートやらなきゃいけないわけじゃないし」
「それだけサポーターとしての才能あって?」
「もしかしたら近接で戦う方が才能あるかもしれない」
「だとしてもうちはフレデリカとユキナで足りてるわよ」
「あー、誰か私とポジション代わってくれないかなあ。その人に恥ずかしがりながら魔法唱えてほしい」
「代われるとしたらハンナね、役割も近いし。でもあの娘は――」
「ハンナって恥ずかしがらずに魔法唱えられるタイプだよね」
「そうね、つまりそのポジションはセイラの特権よ。良かったじゃない、キャラ付けできて」
「いらないな~」
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