第24話紅の館5

 薄暗い部屋。

 部屋の端に並べられている蠟燭のみが光源となり、中央に行くほど暗くて部屋の全容は見えづらい。

 そんな部屋もよく目を凝らしてみれば、古びた教会の礼拝堂のような印象を抱く。

 赤いカーペット、不思議な文様をしたステンドグラス。跪き台や会衆席はないが、それらがあれば結婚式だってできたかもしれない。

 ただ実際は暗さとぼろさがつくりだす異様な不気味さが生贄を欲する儀式場のように錯覚させる。

「へっへっへっ、お主らよくぞここまで来たね。あたしゃ歓迎するよ」

 そんな部屋の中央、セイラたちの視線の先。

 深紫のとんがり帽子、それに合わせたローブや靴。それらを身に着けた背の低いおばあさんが背丈ほどある魔法の杖を握っていた。

「セイラ、そいつがボスよ!」

 攻略サイトで姿を見たことがあったのだろう、水を得た魚のようにサイカが元気を取り戻し、その顔にようやく――引きつってはいたが――笑みが生まれる。

 なるほど、貞子とシンデレラに登場する魔女とグールを掛け合わせたような見た目というのはなかなかいい得て妙だ。

 ただ怖いかというと、そんなことはない。

 紅の館に入る前に見ていれば怖かっただろうが、ここまでさんざんな恐怖を味わってきた身からするとただ怖い見た目をしているという以外は何もないからだ。

 恐怖を煽るシチュエーションも徐々に増していく不気味さもない。うん、大丈夫。

 『鑑定』のクールタイムまではまだ少し時間がある。ボスの情報は取れない。

 セイラは警戒するように立ち位置をサイカの一歩後ろに陣取ると、光魔法『ライトカッター』で魔女を攻撃した。

 当たった!そう思った瞬間、しかしその魔法は魔女を貫通して通り過ぎ、溶けるように景色の向こうへと消えていく。

「サイカ、魔女ってモンスターなんだよね?」

「これは『蜃気楼』を使っているわね」

 光属性専用スキル『蜃気楼』。景色を歪ませ、自身の見える位置をずらす。セイラの魔法はこのスキルのせいで魔女の身体を貫通したように見えたのだ。

 思わず顔を顰める。見えない相手と戦うというのは今までのどんな経験を応用しても対応できそうにない。

 しかしサイカはにやりと自信に満ちた笑みを浮かべていた。

「普通なら幻術は厄介ね。でも今はシーフとしての役割を持つこのアタシがいるのを忘れてはいけないわよ?観念なさい、『看破』!」

 サイカが使ったのがスキル『看破』。一般的には隠された罠を見つけるためのスキルだが、スキルランクがBのサイカは『蜃気楼』もこのスキルで見通せる対象内だ。

 サイカはずれた位置に魔女の姿を見る。偽物と違い、輪郭が赤く強調表示されたその姿を見間違えることはない。

「セイラ、右に二メートル修正よ!」

「わかった!『ライトカッター』」

 スキルを見破られたことに気づき、慌てて避けようとする魔女。

 だが正確に放たれた魔法に魔女の回避行動は間に合わない。

 光の刃は魔女に直撃し、同時に幻術は解除されその姿を現す。

 それを見て、サイカが素早く突撃した。

 魔法を受けて怯んだ魔女はサイカの攻撃も無抵抗に受け、大きく後ろに飛ばされる。

 ドンッ、と強く壁に衝突する音。

 魔女の衝突した壁には小さな罅が入り、そこからパラパラと壁の残骸が崩れ落ちる。

 セイラは『鑑定』のクールタイムが明けたことを確認し、魔女のHPを見る。

「HP10%損耗!」

「さすが紅の館はボスもレベルが低いわね!」

 セイラとサイカはどちらも攻撃力が低い。

 もしセイラやサイカと同じレベルのプレイヤーであっても、フレデリカやユキナのような純正アタッカーなら、あるいはラフィのような高火力攻撃を持つプレイヤーならばもっと大きく敵のHPを削ることができただろう。

 攻撃力の低さは二人の弱点だ。

 だが今ある結果はセイラとサイカであったからこそ。他のプレイヤーでは『看破』や『鑑定』が使えず魔女を捉えるのに苦労していた。

 壁に叩きつけられたことで数秒怯んだ魔女。ようやく起き上がってきたところに、しかしサイカが間髪与えずに攻撃を叩き込む。

 セイラはサイカに『ライトフォース』を使用し強化。

 サイカもスキルを使用し攻撃を加えていく。

「『エンチャント:火レベル3』」

「『縮地』」

「『ジャック・ザ・リッパー』」

 サイカのスキル三連コンボ。

 『エンチャント』は自身の次の物理攻撃に属性を付与する効果を持つスキルだ。火属性のサイカは自身の属性である火を付与することができる。

『エンチャント』による火属性の追加効果は物理ダメージの増加。

 セイラの『ライトフォース』も合わさりサイカの決して高いとは言えないATKでもそれなりに高い火力を出すことができる。

『縮地』はその名の通り一瞬で距離を詰めるスキルだ。スキルランクが高いほど、AGIの数値が高いほど詰められる距離が伸びるスキルで、AGI特化のサイカは魔女までの距離程度ならばほとんどゼロにすることができる。

『ジャック・ザ・リッパー』は二刀流ナイフ使い専用スキルで、本来攻撃力に乏しいナイフ武器の中では特に高い攻撃力を持つスキルだ。攻撃対象が人型であれば首と腹目掛けて両手のナイフをそれぞれ振るい、首への攻撃はクリティカル判定が出やすいという追加効果を持つ。

 サイカの攻撃は魔女にクリーンヒット。

 セイラが魔女のHPを覗くと、今の一撃ですでに三割を切っていた。

 ――よし、順調。

 そう安心したセイラに対し、しかしサイカは引きつった笑みを浮かべていた。

「ちょっと今のコンボ早かったかも」

「どういうこと?」

 その言葉とほぼ同時、魔女の身体から爆発したかのように大量の煙が放出され、セイラとサイカの視界を奪った。

 前に出ていたサイカがセイラのもとまで下がる。

「さあ、ここからが本番よ」

「もしかして攻撃パターンが変わる?」

「それもあるけど、本命は違うわね。強くなるのよ」

 その言葉を受け、セイラが魔女の方向に身構える。

 瞬間、魔女を中心に強い風が吹き、魔女を覆っていた煙を吹き飛ばした。

「うわあ……」

 セイラが思わず引き気味に声をだす。

 煙から現れた魔女は先ほどとは打って変わった巨体で目を赤く輝かせ、地鳴りのような声をあげながらセイラたちを見下ろしていた。

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