第21話紅の館2
紅の館には大きく分けて三つの特徴がある。
それは、モンスターの出現率が低く、ギミックが数多く存在し、怖い、の三点だ。
逆に言えばその三要素以外に固定の要素はなく、むしろ移動するたびに周りの様相は大きく変わる。
扉を開けた先は、おもちゃ箱の中のようだった。
数メートルもあるカラフルで大きなぬいぐるみ、それがぽつぽつと様々な場所に転がっている部屋の中は、まるで自分たちが小さな人形になったかに錯覚する。
真っ暗な部屋から明るく華やかな部屋に移動したことに戸惑いつつも、セイラは何かないかと辺りを見回し、部屋のずっと奥にフリルのたくさんついたメルヘン世界の服を着た一人の少女を見つけた。
これがゲームとわかっておらず、今までのホラーを体験していなかったなら女の子に声を掛けていただろう。
しかし幾度となく恐怖体験を味わうと、もはや唐突に表れた少女というのは恐怖の象徴でしかない。
部屋の奥にいた少女が二人の存在に気づいたのか、覚束ない足で駆けてくる。
ひっ、と声を上げるサイカがセイラの後ろに隠れた。
ガシッと比喩ではなく実際に音がするくらいしっかりと肩を抑えられたセイラには、逃げる場所も隠れる場所もない。引き気味の腰で駆けてくる少女の動きを見る。
少女はセイラの三歩ほど手前で止まった。
今のところ少女にホラー要素はない。
「こんなところにどうしたの?」
そう言って、少女が不思議そうにセイラたちを見つめる。
少女はぱあっと笑みを浮かべた。
「もしかしてアメリアを探しに来てくれたのかしら!」
一瞬、プレイヤーかという考えが過る。この部屋の中に閉じ込められてしまって脱出できずにいたプレイヤー。
しかしその考えは瞬時に否定される。戦闘禁止エリアでのログアウトはリスクが大きい以上、長時間拘束するようなシステムはないと考えたばかりではないか。
それに対して少女の表情はまるで何年もこの部屋に閉じ込められ、ようやく助けを見つけた人間のもののようで――。
少女は嬉しそうに両手を広げ、くるくると回りながら続ける。
「もしかしてアメリアのお友達になりに来てくれたのかしら!」
「もしかしてアメリアを助けに来てくれたのかしら!」
「アメリアずっとここでお母さんを待っているの!」
「アメリアずっとここに独りぼっちなの!」
「寂しかったんだから!」
「誰かが迎えに来てくれるのをずっと待っていたんだから!」
少女の声は変わらないはずなのに、くるくると回るたびに音を変えているように感じる。
しかし楽しそうに回っていたはずの少女は、何かを見つけたのかぴたりと止まった。そして真顔になり、ぎょろっとした瞳でじっと二人を凝視する。
「あれれ、おかしいの!どうしてアメリアを警戒しているの?どうしてアメリアをそんなに怖がっているの?――どうして、そんな怖いものを持っているの?」
怖いもの、と言われ自分の手元を見る。
セイラの手には杖、後ろのサイカの手にはナイフが固く握られていた。
「サイカ、武器を持たない方がいいイベントなら調べておいてくれないと」
「紅の館のNPCの台詞パターンは一つしかないらしいから意味ないわよ」
「NPCイベントって面白いものがないんじゃなかった?」
「少ない、ね。ここのNPCイベントは割と好評だそうよ」
「そっか」
「そうよ」
「…………」
「…………」
二人とも、何を言うでもなく駆けだす。少女を追い抜き、どこかにあるだろう次の部屋を目指して走った。
少女は何か続きの台詞を言おうとしていたようだが、関係ない。
NPCだから台詞が終わるまではもう少しあの場所にいてくれるだろう。それが少し安心であり、同時にあの台詞が終わったとき自分たちに何が起こるのかは未知の不安がある。
遠ざかる少女との距離。
しかしどれだけ部屋の中を進んでも出口は見当たらない。
むしろ自分たちがどう進んでいるのか、まっすぐ走っているのかもわからない。
「ねえ、この部屋広くない?っていうか広すぎない?明らかに紅の館より広いと思うんだけど!」
「知らない!紅の館って公式の攻略情報が多くないのよ!空間とか歪んでるんじゃないの!」
「適当すぎない⁉ていうか発売から二年も経ってるゲームがなんで攻略情報が少ないの!」
「攻略はレベルに余裕がなくてもそれほど難しいものではないって書いてあったのよ!ホラーに関する情報はあんまり載ってなかったの!」
「むしろホラーに関する情報を詳しく載せろ!無駄に配慮するな!」
「きっと公式じゃなきゃ載ってたわね」
「なんで公式しか見ないの!」
「一番信用できる情報元である公式さえ見れば問題ないはずでしょ⁉普通は!」
「そうだけど!」
やがて少女の台詞が終わったのだろうか、転がっていた大きなぬいぐるみたちがむくりと起き上がり、手や目から魔法を繰り出してくる。
セイラは人形たちに『鑑定』をするが、結果は表示されない。
モンスターではないのだ。つまりこれはギミック、人形を破壊することで止めるという手段は使えない。
後ろを振り返ると、血の涙を流しながら目を失った真っ黒な眼窩で二人を探し、蜘蛛のような化け物の足を生やしながら迫る少女の姿が――。
恐ろしさに悲鳴を上げながら、二人は必死に駆ける。
その間にも人形たちからいくつもの魔法が飛んでくる。
最初の間は走っていれば直撃するような魔法は飛んでこなかったが、やがて狙いを定めるかのように走った先に魔法が飛ぶようになった。
「セイラ、アタシの手を握りなさい!」
セイラがサイカの手を握ると同時、大きな火の玉が二人の目前まで迫っていた。
思わず目を瞑るが、その瞬間身体に大きな風を感じ、目を開くと魔法は自分たちの遥か後ろに着弾している。
「アタシのAGIなら避けられるわ!絶対に手を放すんじゃないわよ!」
「サイカのこと好きかもしれない」
「真面目な顔で何言ってんのよ!いつもみたいにオーダーしなさいよ!」
「相手の情報が全然わからないからオーダーできない!どうやってこの部屋から出るのかもわからない!」
あと後ろの少女が怖すぎてまともに思考できない。
ただ少女から、人形から、魔法から逃げるように走る。
部屋の端に辿り着く。しかしそこには壁があるのみ。
――魔法が飛ぶ。
二人は壁沿いに走るが、それでも部屋から脱出できるような扉は見つからない。
怖すぎる少女、倒せない人形、迫りくる幾つもの魔法、脱出困難な部屋。
二人に迫る魔法はどんどん増えていく。
今まで狙いの外れていた魔法がすぐ近くで着弾し、大きな爆発音を立てる。
肌を撫でる爆風に痛みと恐怖が募る。
そしてついに、進行方向、後ろ、今いる場所、すべてに強力な魔法が飛んできて――。
「あ、ごめん、避けられない」
そんなサイカの言葉を最後に、セイラの視界は真っ暗な世界に落とされた。
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