第20話紅の館1

 セイラの中にあるサイカの第一印象は、派手な人というイメージだった。

 けれど実際はその派手さに嫌味がなく、お洒落さん、という言葉がぴったりに思う。性格も見た目よりずっと柔らかい印象で、度々ラフィと喧嘩をするが、それだって喧嘩するほど仲がいいという程度のものだ。

 おそらく見た目から一番いい方向に印象が変わった人物。

 だからというわけではないが、こうして今日サイカと二人でプレイすることになって、もっと仲良くなりたいという気持ちが生まれていた。

 二人きりの今日は今までで一番のチャンスだろう。

 逸る気持ちを抑え、ログイン場所の宿から待ち合わせ場所へ向かう。

 ピンクブロンドの長いツインテールを揺らし、目立つ格好をするサイカは見つけるのに苦労しなかった。

 以前に姉と約束した噴水でそわそわして待っているサイカに声を掛ける。

「サイカ」

「ん、やっと来たわね」

「待った?」

「あんたから連絡が来るまでずっと一人で経験値稼ぎをしていたから全然待ってなかったし暇じゃなかったわ。たまたまあんたが行けるって言うから付き合ってあげるだけ。……ほら、早く行くわよ」

 サイカは恥ずかしそうに頬を赤く染め、セイラを見て小さく笑顔を浮かべる。

 どうやらセイラが連絡してからずっと待ってくれていたようだ。

 頬を赤く染めたのはセイラが来たことが嬉しかったのか、それともツンデレを演じたのが恥ずかしかったのか。

 どちらかわからないが、これが姉の言っていた萌えというやつか、と少しだけ萌えを理解した気がした。

「今日はどこ行く?」

「そうね。【追憶の森】はさすがに二人だと厳しいから、隣村なんてどう?」

「村?」

 『Nine Worlds』は広大なフィールドを持つ。それは九つの世界があるという意味でもそうだが、それぞれ一つ一つの世界もそれなりの大きさを誇っている。

 セイラが今まで訪れたのはギルドホーム近郊という理由もあり、すべて【始まりの街】近辺だ。一番遠くて【追憶の森】になる。それ以降のマップは埋まっていない。

「大丈夫かな」

「大丈夫よ。今回行くのは名前のない村にある紅の館ってところなの」

「紅の館?」

「そう。別名魔女の館と呼ばれている場所で、魔法攻撃とか魔法の罠とかがたくさんある館なのよ」

 紅の館。【始まりの街】の隣、名前のない村にある大きな館で、魔女が住んでいると言われている。

 ちなみに村に名前がないのは、魔女が村人をすべて殺してしまったせいで名を語り継ぐ人がいなくなっただとか、魔女が村から名前を奪ってしまったせいだとかいう噂があるけれど、公式に発表されていない以上どれもプレイヤーたちの推測でしかない。

 最有力は運営が名前を付けるのを面倒くさがった説だが。

 そんな魔女の館での敵の攻撃手段は、魔法。

 ほぼすべてが魔法だ。魔法を発動するモンスター以外のものがいて、他の場所と違ってモンスターの発生率は低い。

 ここでのメリットは魔法に対する豊富な実戦経験を得られることと、魔法の習得条件を満たしやすいこと。

 実戦経験については様々な種類の罠、攻撃が飛んできて、それらはこれから挑むだろう他のダンジョンなどで使われやすいモンスターの魔法になる。

 レベル上げも強くなるうえでは重要なことだが、プレイヤースキルを上げるうえで紅の館は非常に意義のある場所だ。

 さらに一番のメリットとして、紅の館は魔法の習得条件を満たしやすい。

 魔法には様々な習得条件があり、単純なものであればレベルによる条件開放、難しいものであれば特定のモンスターを倒した報酬などがある。

 その中で最も簡単に魔法の習得条件を満たすものと言えば、魔法を目にすることだ。

 目にすることで習得条件を満たすものと言えば最初に覚えるスキル『スラッシュ』や初級無属性魔法『魔力弾』が誰もが知るところではあるが、他のスキルや魔法も習得条件の一つとして一度目にすることが入っているものは少なくない。

 紅の館は数々の属性の様々な魔法が飛んでくることから、その条件を満たしやすくなっている。

「てことだから、セイラにとっても損はないでしょ?」

「それってサイカに得あるの?」

 話だけ聞けばあまりにもセイラだけに得が多そうだ。

 魔法の種類を増やすことはもちろん、オーダーを度々任せられる立場でとして戦経験を蓄えておく意義は非常に大きい。それぞれの魔法にどんな効果があるのかわかっておけばその場で適切なオーダーが出しやすいだろう。

 サイカはふんっ、とそっぽを向いて見せる。

「別にあんたのためじゃないんだからねっ!紅の館はボス戦に勝利すると火属性プレイヤーは貴重なスキルをゲットできるだけなんだからねっ!勘違いしないでよねっ!」

 あからさまな演技のツンデレ口調にセイラが半目で見つめると、サイカはペロッと舌をだしてウインクをして見せた。


 大きな紅黒い屋根。鮮血のような色をした館は、得体の知れない圧力を持っている。

 敷地との境を遮っているのは門だ。高さはそれほどなく、せいぜい学校の門と同じかそれより少し高い程度。

 しかし吸血鬼がいたら恐れ戦きそうなほどに輝く銀色の門は、これから入る場所が今まで歩いてきた道とは違うことを明確に示している。

「血塗れのモンスターとか出てこないよね?」

「グールなら【追憶の森】の方が出るわよ」

「聞きたくなかったなあ……」

 《Valkyrja Wyrd》の主戦場である【追憶の森】にグールが出るなどという情報は知りたくなかった。あの森も暗くて怖いのだ。

「安心しなさい。その代わり怖い魔女がボスよ」

「どれくらい怖いの?」

「ただのおばあさんではない、ということは確かね。貞子とシンデレラに登場する魔女とグールを掛け合わせたような見た目だそうよ」

「グール入ってるじゃん……」

 しかもそのうち二つはほぼホラーじゃん……という言葉は胸にしまっておく。

 サイカがひきつった笑みを浮かべていたからだ。どこかで攻略情報を見たときに画像検索でもしたのだろう。

「ところでセイラ、あんたホラーはいけるタイプ?」

「ものによるかな」

「そう。なら覚悟しておくことね」

 不敵な笑みを浮かべたサイカがゆっくりと銀に輝く門を引く。

 キキキ、という甲高い音を立たせながら門を開き、敷地内の石畳に足を踏み入れた。

「雰囲気あるね」

「でしょ?外から見るだけでもちょっと雰囲気あって、ほんと一人で来るなんてごめん――」


 ――ガシャン!


 大きな音に、二人同時に身体を硬直させる。

 恐る恐る後ろを振り返ると、門がもとの閉まった状態へと戻っていた。

「ま、まあゲームだからね。もとの状態に戻るのは普通のことよ」

 サイカはそう言うが、絶対に普通ではない。

 ゲーム内のオブジェクトは時間経過でもとに戻るようになっているがこんなにもすぐではないし、大きな音も立てない。

 すなわちなんらかの意図があるということ。

 それはこの館のコンセプトから察することができる。先ほどのサイカの台詞から察するに、ホラー要素だ。

 怖さを軽減できる唯一のことと言ったら、これがゲーム世界だからすべてはシステムのせい、という未知の恐怖がないところか。

 門を通り過ぎると玄関扉までおよそ一〇メートル。

 そこまでの一直線の道は石畳が続いており、左右は芝で覆われている。

 少し左右を覗いてみれば、それぞれ等間隔に噴水が置かれていた。

 もはや綺麗な芝生と噴水にさえ恐怖を感じる。

 言い知れぬ不気味さというべきか。特に聞こえてくる音が噴水の小さな音しかないというのが怖い。

 視線を上げれば左右対称の館。

 庭も同様左右対称につくられている。

 噴水の配置も左右対称が意識されている。

 綺麗だから怖い。完璧なものに恐怖する感情が人間にはあるのだろう。

 唯一左右対称ではない、館の右端から登る太陽のみが少しだけ不気味さを軽減してくれていた。

 なんだか随分と長い時間を感じて、玄関扉につく。

 紅の扉。

 まるで血で染められたような綺麗な鮮血色の扉だ。それは間近で見てもなんら変わりない。

「セイラ、いいわよ……?」

「サイカが開けてよ。……ほら、私後衛だし」

「やっぱりゲームを始めたての頃はいろいろ経験してみるべきだと思うの」

「サイカだって紅の館は初めてでしょ?ならサイカが開けるべきだよ」

「後輩なんだから先輩の言うことは聞いときなさいよ」

「今こそツンデレ発動のときだよ」

「私の素はツンデレじゃないのよ!」

 最後のサイカの一言以外がすべてひそひそ声で行われたのは、館の異様な静けさが原因か。

 最後には諦めたようにサイカが「ああ~もうっ、仕方ないわね!」と言って恐怖を振り払うように勢いよく扉を開けた。

 意地でも先頭になるまいとしたサイカがセイラの腕を抱くように横に引き連れ、館の中に入る。

 館の中は【追憶の森】と同じか、それ以上に暗かった。

 真っ暗だ。扉から入る光しかこの館の中を照らしていない。

 サイカが恐る恐る一歩踏みだすのに合わせて、腕をがっちりととられたセイラも歩みを進める。

 そのとき、ふと頭に嫌な予感がよぎった。

 こういうシチュエーションで起こることは何か。門のときにも起こったではないか。

「サイカ、とび――」


 ――バタンッ


 扉が勢いよく閉まる。

 慌てて二人で扉を開けようとするも、どれだけ力を加えても扉は開かない。

「ねえ、一つ聞いていい?」

「な、何かしら」

「ここってレベル適正いくつなんだっけ?」

「確か40ね」

「それってこのホラーも合わせて?」

「そんなわけないじゃない」

「…………」

「…………」

 二人して、押し黙る。

 真っ暗な館、開かない扉。

 館を攻略するか何かでるための条件を満たさない限り脱出することはできないだろう。そしてそれらは、このホラーを潜り抜けることが絶対条件であることは確実だ。

 目の端に涙を浮かべ、珍しくセイラが戦闘中でもないのにもかかわらず声を張り上げる。

「どうして最初に言わなかったの!」

「アタシだってこんなに怖いとは思わなかったのよ!怖いって情報しか書かれてなかったんだもの!」

「私ホラーはものによるって言ったよね⁉」

「ものによるってことはどうしてもダメってことじゃないでしょ⁉行けると思ったのよ⁉」

「覚悟しておくことね、って格好良く言っていたのは⁉」

「あんなの一度は言ってみたい台詞ってやつじゃない!」

「無理私もう帰る!」

「アタシだって帰りたいわよ!」

 散々叫び、二人して肩で息をする。

 館の中では二人の声だけが木霊していた。

 大きく息を吐き、少しだけ落ち着いたセイラが扉を見つめ装備の杖でこんこんと扉を叩く。

「この扉、魔法で壊せないかな」

「壊せないわね。破壊不能オブジェクトみたいだから」

 破壊不能オブジェクト。すなわちどんなに攻撃力が高くともどんな手を使おうとも壊すことはできないということだ。

「じゃあ進むしかない、か」

「そうね」

「とりあえず『ライト』使うよ」

 真っ暗だった屋敷内を『ライト』で照らす。暗くて見えなかった先がそれで見えるようになる。

 セイラが一番に光を当てた正面には、三つの扉があった。それぞれが等間隔に配置され、どこかの扉の中に入れと言っているよう。

 左右には長い廊下だ。『ライト』では先が見えない。あるいは誰の魔法でも先が見えないようになっているかもしれない。

「どこ行く?」

「セイラはどこが正解だと思う?」

「正面の扉のどれかかな」

「理由は?」

「左右対称の館の構造から言って、扉の方が正面だからゴールに行けそう。左右の廊下は探検用とかっぽい、と思う」

「アタシもそう思うわ」

 二人でこくりと頷きあい、扉に向かう。

 先ほどの法則で言えば真ん中の扉が正解か。しかしこの三つの扉はそれほど離れているわけではないためどれが正解になっていてもおかしくない。

 だがゲームの仕様上、おそらくどのルートを通っても外に出られないようにはなっていないはずだ。戦闘禁止エリア以外でのログアウトに大きなリスクを伴うこのゲームでは、迷路になって脱出できないというのはクレーム案件だからである。

 最短ルート最長ルートそれぞれあるだろうが、それぞれ必ず外への脱出ルートは確保されているだろう。

 だからどれを選んでも大差ないとは思うが。

 二人はそれでも吟味に吟味を重ね、最短のルートを探す。こんな場所、一分一秒だって早く抜け出したいに決まっている。

 二人は最終的に真ん中の扉を開けることにした。

「行くわよ」

「うん」

 最初に玄関扉を開けたときとは打って変わって、静かにそろりそろりと扉を開けるサイカ。真っ暗なその部屋は、中に入ると今度は音もなく扉が消える。

 その瞬間、パッと眩しいほどの明かりが点いた。

 余りの眩しさに一瞬目を閉じ、細目から目を慣らして少しずつ瞼を開く。

 やがて目が慣れ、はっきりとした視界の先、セイラは予想外の景色に目を見開く。

 それはまるでおもちゃ箱の中に入れられたかのような、大きなぬいぐるみや積み木で彩られた不気味なくらいカラフルな部屋だった。


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