第19話新人ゲーマーと廃人ゲーマー

 ふらふらとする頭に朝の陽ざしが眩しい。

 登校途中に何度も出掛かった欠伸を噛み殺し、高校生になって二週間、そろそろ入ることに違和感のなくなってきた教室の扉に手を掛ける。

 高校に入ってから仲良くなった友達と挨拶を交わし、席の近いクラスメイトとも軽く挨拶をしながら席に着く。鞄を開け、あることに気づいた星羅は深くため息を吐いた。

「どしたん」

 そんな星羅に上から声。

 見上げると姉のような童顔がそこにあった。

 星羅には仲のいい友達が二人いる。

 どちらも小学校からの付き合いで、そのうち一人はソフトボール部でピッチャーをしている亜紀だ。クラスが違うので亜紀とは休み時間や放課後によく会う。

 そしてもう一人の友達が今話しかけてきている同じクラスの女の子、真奈。亜紀とは反対のインドア派で、昔からゲームのことばかりを語ってくるような根っからのゲーマー少女だ。

 星羅のゲーム知識はほぼ100%、姉と真奈から来ていると言っても過言ではない。

 真奈はそのまま星羅の机の上に上半身を乗せ、ぐいーっと伸びてから顔だけを向ける。

「そんなことでは将来一流ゲーマーになれんぞ~」

 真奈は小柄な身体とは打って変わって、低い声とのんびりとした口調の女の子だ。

 だるそうな声にいつも眠たげな目、マイペースな性格とあってなかなか彼女と仲良くなる人間は少ないが、昔から容姿が注目されがちだった星羅にとってはそのマイペースさがむしろ過ごしやすかった。マイペースな姉がいたことも一つの要因だ。

 星羅と気の合う努力家なのが亜紀なら、星羅と反対で姉と似ているのが真奈と言ったところか。

 そんな二人だからこそ、これまで仲良くやれてきたのかもしれない。

 星羅は真奈を机からどけると、反対に自分が身体を机に突っ伏した。

「私は一流ゲーマーにはならないよ」

「で、どしたん」

「宿題家に忘れてきた」

「珍しい。私が持ってきた日に星羅が忘れるとは」

 鞄の中を開けたとき、昨日やったはずの宿題を入れていないことに気づいたのだ。せめて家を出るときに気づきたかった。

 もしかして真奈が宿題を持ってきたから星羅が忘れる羽目になったんじゃないだろうか。お門違いだと思いつつも、そんな考えが頭に浮かぶ。真奈の忘れた宿題のノートを見せるのはいつも星羅なのだ。

「しかしなんだ、そんな宿題を忘れるほど憂鬱なことがあったのか」

 真奈は星羅の心情に何か変化があったことに気づいたのか、気遣うように声を掛ける。真奈はその変化を憂鬱ととったようだが。

 星羅は身体を起こし、けれど寝不足の怠さから両手で頬杖をつく。

「ん~、憂鬱って言うか、遠足が楽しみで眠れない小学生の気分を高校生になって初めて味わったってところかな」

 お風呂に入って、歯を磨いて、布団を被り、電気を消す。

 寝るまでのいつものルーティーンをこなし、いつもなら目を閉じれば五分ほどで夢の世界へと入るのだが、昨日ばかりはそうはいかなかった。

 『Nine Worlds』のことが頭を過って離れなかったのだ。

 もっといい動きはできなかったか、もっといいオーダーはできなかったか、という反省に始まり。

 明日はどこへ行こう、ステ振りはどうしよう、なんて未来のことにまで思いを馳せ。

 いつも眠る時間がだいたい夜一〇時から一一時の間。

 しかし昨日は気づけば日付は過ぎ、それでもまだ眠れる気配はしなかった。いつの間にか寝落ちていたが、いつもよりも数時間単位で睡眠量が足りていない。

「つまり昨日したゲームが面白すぎて、早くやりた過ぎて眠れなかった、と」

 おそらく真奈は冗談のつもりで言ったのだろう。

 が、あながち間違いではないのが痛いところだ。

 実際は布団の中で目を閉じてはいたし、ゲームもしていなければスマホを見るなんてこともしなかった。しかし結果的には夜更かししてゲームをする真奈とほとんど変わらない。

 うぐっ、と言葉を詰まらせると、真奈が目を丸くする。

「まさか本当にゲームをして眠れなかったのか⁉」

「少し違うけど、まあそんな感じ。ゲームのことを現実でも考えすぎるのはよくないね。宿題も多分机に置きっぱにしちゃったし」

「なんのゲームを始めたんだっ!」

 真奈が眠たげだった目をバッチリと開いて、瞳に星でも入っているんじゃないかとばかりに輝かせる。

 星羅はその熱意に押され、引き気味になりながら答える。

「『Nine Worlds』ってやつ。お姉ちゃんに誘われて」

「『Nine Worlds』だとっ!」

 さすが真奈、完全没入型の中では日本一有名と言われるこのゲームはすでにやっているのだろう。

 顔をキスでもするのかというくらい近づけてくる。

「属性は!どんなプレイを目指しているんだ!レベルは⁉」

 近い近い近い、という言葉がもう声に出しづらいくらいには真奈が近い。

 星羅は両手で真奈を押し返し、どうせここで答えなければしつこく絡まれるという確信のもと答える。星羅の経験上ゲーマーはちょっと面倒くさいのだ。

「属性は光、プレイスタイルは今のところ後衛のサポーターだけど、そのうちいろいろやってみたいと思ってる。レベルは今26」

「もうギルドに所属しているのか⁉」

「一応。女の子だけでみんなレベル100未満の普通のギルドだよ」

 そう言うと、真奈が少し残念そうに肩を落とす。

 星羅のことを自分のギルドに誘おうと思っていたのか、「星羅と一緒にゲームしたかった……」と消沈していた。

「いいギルドなのか?」

「うん。みんないい人たち」

「なら私が何も言うことはない。敵になったら容赦はしないがな!」

「別に違うギルドでも一緒にパーティー組んでやればいいじゃん」

「それは私のゲーム流儀に反する。私はゲームの中の仲間と敵はきちんと区別するんだ。同じギルドでないのなら、敵になる可能性はおおいにあるからな。そんな相手とともにパーティーは組めない」

 難儀な性格してるなあ。

 ゲームに真摯だからこそ、ゲームと現実を区別する。例え現実で友達であってもゲームで情けを掛けることはない。

 そう言えば昔そんなことを言っていたなと思いだす。

 小学生の頃に真奈にせがまれ一度だけレースゲームをやったことがあったが、まったく手加減なくぼこぼこにされた。

 真奈は現実以上にゲームに真剣な女の子だ。

「そもそも真奈だったらどうせ強いんでしょ?私じゃ絶対に勝てないじゃん」

「まあ強い部類ではあると思うが、それほどではないぞ?『Nine Worlds』は難度の高いゲームだからやりこまないとなかなかレベルが上がらないしな。私は他ゲーにも常に手を出している関係上『Nine Worlds』ばかりに構っていられない。さすがに星羅よりレベルは高いが」

「いくつ?」

「今は720だ。最上位プレイヤーにはまだまだ手が届かない」

 いや、全然強いじゃん。心の中で呆れ半分に思う。

 レベルが700も違ってどうやって敵になるというのか。レベル800以上が目安である最上位プレイヤーには届かないと言ってもそれに近いレベルであり、星羅が到底届く場所ではない。

「もうあと少しじゃん。最上位プレイヤー」

「レベル720からの80レベルはレベル1からの80とは段違いに道のりが長い。他ゲーをやり、学校にまで縛られている私には先の見えない道を渡らされているようなものだ」

 よくわからないことをよくわからないハードボイルドな表情で決める真奈。

 真奈は可愛い顔立ちをしているんだから格好良さよりも可愛く決めた方が似合っていると思うのだけど。

「うん、まあ頑張れ」

「あの最上位プレイヤーどもにぼこぼこにされる感覚!くっ、辛酸を舐めさせられたあの感覚を忘れることなどできるかっ!あいつらぼこぼこにし返してやる!」

「頑張れ~」

 真奈がヒートアップしているうちに先生が教室に入ってきて予鈴が鳴る。

 いつまでも目に闘志を燃やしている真奈に、呆れたように先生が「授業にその一割でもいいから熱意を見せろー」と棒読みで言ったのを合図に、クラスメイト達が一斉に吹き出した。


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