第17話追憶の森2

 暗いな、というどこか当たり前の感想が心の中から漏れ出た。

 呟いた声は一番近いハンナには聞こえていたはずだが、反応はない。

 そんな余裕はすぐになくなったからだ。

 セイラの杖の頭から輝く『ライト』の光に誘われてモンスターが飛び出てきた。オオトカゲのようなそれは、虚ろな目でセイラたちを見つめる。

「リザード、プランBで行くよ!」

「ふっ、最初から我の出番か!」

 全長三メートルほどありそうなオオトカゲのようなモンスター、リザード。硬い鱗は物理攻撃に強い耐性を持っており、足も見た目以上に速い。

 森に入る前、セイラが事前に聞いた三つのプラン。

 Aは前衛が積極的に攻め、後衛がサポートに回る物理中心とした攻撃プラン。

 Bは前衛がサポートに回り、後衛の攻撃を積極的に通しに行く魔法中心の攻撃プラン。

 Cは相手が弱点パターンを晒すまでヒーラーやポーションを中心に耐える耐久型プラン。

 今回はプランB、魔法を中心とした攻撃だ。

 セイラはラフィの視界が奪われないようにかつラフィとリザードの対角線に入らないように注意しつつ『ライト』を使用する。

「サイカさんは一度下がってください!フレデリカさん少し耐えて!」

「HP30%損耗!リザードが背後に回られるのを嫌ってる!尻尾の攻撃は大振りだから避ければがら空きだよ!サイカは回復し次第リザードの後ろから攻撃して!」

 ハンナは味方の体力面を。セイラは戦闘の指示を。事前の話し合い通りだ。

 セイラは要所で『鑑定』を使用し、リザードのHPを見る。『鑑定』のスキルクールタイムの間は敵の動きを観察し、急所を見抜く。

 セイラに言われた通りサイカはリザードの背後から攻撃。背後からの攻撃を嫌うリザードはダメージ以上にサイカに意識を割き、正面の攻撃からの被弾が多くなる。

 最初の戦闘は【始まりのダンジョン】とは違い忙しかったが、結果だけ見れば難なく戦闘は終了した。

 大きな活躍を見せたのはラフィとフレデリカだ。ラフィは随分と早口で詠唱していたからかかなり疲れているように見える。

「いやあ、凄いですねセイラさん。敵の行動パターンまでしっかり分析するなんてまだ経験が浅いのになかなかできることじゃありませんよ」

「そう?これくらいの情報みんな事前に知ってたんじゃない?」

「フレデリカさんはおそらく知っていたでしょうけど、指示として声にできるほど余裕はなかったですから。ここでの戦闘は特にフレデリカさんの負担が大きいですし」

 ハンナがそう言うと、駆け寄ってきたフレデリカが「いやあ、セイラのおかげで助かったよ」と言って頭を撫でてきた。

 なんだか小っ恥ずかしさを感じてそっぽを向いて小さい声で「助けになったならよかったよ」と呟く。

「可愛いなあ~!」

「ちょっ、抱きつかないでよ」

「そんなこと言って、抵抗しないのは嬉しい証拠じゃないかな?ないかな?」

 フレデリカに思いきり抱き締められて嫌悪どころか嬉しさを感じてしまうのは、きっとこうして家族以外に素直に誉められたことが少ないからなのだろう。

 セイラは居心地の悪さを振り払うようにフレデリカの腕の中から脱出し、誤魔化すようにいの一番に先頭を歩く。

「ほら、早く行くよ!お金稼ぐんでしょ」

「あんた、アタシとキャラ変わる?こっちは大歓迎よ」

「私はツンデレじゃない!」

「じゃあ我と変わる?」

「それはもっとない」

 嬉しそうなサイカとちょっと本気の表情が見えたラフィ。

 思わず普段の二人を思い浮かべて「そう」なった自分の姿を想像する。

 自分の顔がちょっと熱くなったことに気づき、セイラは忘れるように大きく頭を振った。


「リッチ、プランA!サイカ中心で!」

 戦闘は苦労しつつも順調に進んでいた。

 イリアからもらっていたポーションが役に立っているお蔭でセイラは特に危険な目に遭うことなく進めている。

 他のメンバーも準備に滞りはなく、誰もHPが赤く表示される危険域の30%切ることもなく進むことができていた。

「いやあ、リッチ戦はなかなか厳しかった」

「魔法攻撃に耐性があってAGIも高いからね。私の刀やフレデリカの槍じゃ大振りでなかなか当てるのが難しかったよ」

「アタシのお蔭ね!」

「貴様の火力の低さが苦労した原因だというものを。もっと火力を上げるのだな」

「あんたは火力バカでしょ。アタシはAGI特化なの」

 今はちょうどセーフポイントに入り休憩をしているところだ。リッチ戦で大きな疲れが溜まったところなのでちょうどよかった。

 リッチ戦で苦労したのは火力の要であるフレデリカ、ユキナ、ラフィの攻撃が通りにくかったことにある。

 リッチの高いAGIのせいでフレデリカやユキナは攻撃を当てることが難しく、ラフィは当てようと小さな魔法で攻撃すると高いMDFのせいでいいダメージが与えられない。

 要となったのはAGI特化型のサイカだった。

 とは言えレベルの高いフレデリカの方がAGIの数値自体は高いのだが、槍という武器のせいで手数に欠ける面がある。その点サイカは二刀流ナイフ使いで手数が多い。

 さらに火属性はリッチの弱点属性の一つで、サイカはリッチ戦で大きな活躍を見せた。

「すみません、本来聖属性の私がリッチに効く攻撃魔法を習得していれば……」

「【追憶の森】は何が来るかなんてわからないんだからしょうがないよ。それよりも安定して回復してくれる方が役に立つしね」

 リッチの弱点属性は火と聖。

 ハンナは聖属性だが回復担当のためMPやHP――『Nine Worlds』における回復はいくつかの種類があるが、回復魔法使用者のHPに応じて回復するものが少なくない――に大きくステ振りをしていた。

 聖属性でリッチに効くような魔法は習得していなかったのだ。

「今回は仕方ないとして、どうするの?うちの課題がまた一つ増えたけど」

「いやあ、セイラの加入で結構解消されたと思ったんだけどな~」

 サイカの言及にフレデリカが項垂れる。

 セイラが首を傾げると、隣に座るユキナが答えてくれた。

「今のうちの課題は壁役がいないこと、そして今回手数の少なさが顕わになったね」

「どんな問題があるの?」

「壁役がいないと高火力モンスターを抑えきれないことがあったんだよ。そして手数の少なさはAGIの高いモンスターに手こずることになった」

 ギルド《Valkyrja Wyrd》の問題点はいくつかある。

 まず、パーティー人数は最大七人までいけるにもかかわらず現在このギルドには六人しかいないこと。パーティー最大人数に一人足りないというのは単純な痛手だ。

 そして先に言及された壁役がいないということ。

 セイラの姉であるイリアはタンク、すなわち壁役を担っていると言っていたが、これは非常に重要な役割だ。

 役割論理だけで言ったらフレデリカやユキナのような近距離高火力アタッカーは一人でもよく、サイカのような遊撃よりも重要なポジションになる。

 壁役の欠員は高火力モンスターがいるときに最も大きな影響が発生し、これはレベル帯が上がれば上がるほど直面しやすい問題だ。

 今はまだ大きな支障がなくとも、強くなることが目的なのであれば壁役の欠員は必ず障害となる。

 さらに今回判明した手数の少なさ。

 前衛のフレデリカとユキナは槍と刀と比較的大振りの武器で、一般的に使用される片手剣を主力武器としているプレイヤーが《Valkyrja Wyrd》にはいない。他パーティー、ギルドでは直面しにくい問題だ。

 セイラがいない頃であればここにさらに複数の問題が発生していた。

 サポーターの欠員、後衛オーダーの欠員、パーティーメンバーが最大で五人では七人と比べて戦力に大きな差があるということ。

 まだまだそれらの問題が完全に解決されたとは言い難いが、その見込みは持てている。

 しかしセイラが入ってなお解決されていない三つの問題については解決の見込みが薄いというのが現状だ。

「新しいメンバーを加入させればいいんじゃないの?ほら、それこそギルド総本部みたいなところで求人出してさ」

「実はそれが難しいんだよ」

 ユキナが困ったように形のいい眉をへの字に曲げる。

「私たちのギルドはほら、女性しかいないでしょ?」

「うん」

「下手に男性が入ると問題が起こる可能性があるからこの方針には誰も反対していないんだよね。でも、特に女性で壁役をやろうっていう人は少ないから」

 姉のイリアは奇を衒って壁役――タンクをやっている。

 だが一般的に壁役をやろうという女性プレイヤーは少ない。特に初期プレイヤーのようなガチ勢ならともかく、ゲーム発売から二年経った今ギルドに加入するようなレベル帯の人では、壁役をやろうという女性プレイヤーの数はぐっと減る。

 男性プレイヤーを唐突に加入させるわけにもいかない。男女比率が大きく異なるパーティーはどこだって問題を生みやすいものだ。

「正直、壁役を入れられるのなら三つの問題、とは言ったけどすべて解決する可能性が高いんだよね。壁役は盾を持つ関係上主力武器が片手で持てるものになる。相手を引き付けるスキルも壁役が一般的に持つスキルだから手数の少なさをカバーしやすくなるんだよ」

 敵を引き付けるスキルとして有名なのが『デコイ』。自身に対するヘイト値を大きく上昇させるスキルだ。

 今回戦ったリッチのような逃げる相手もこのスキルを使用すれば壁役めがけて攻撃してくることになる。その隙を好きを狙えば手数の少なさをある程度補うことができ、問題が解消される可能性は高い。

「お姉ちゃんみたいな人が欲しいっていうことか」

「そうなんだよお~」

 フレデリカが涙を拭うような仕草を見せながらまた抱きついてくる。

 ユキナがこらこらと直前でフレデリカを止めてくれたお蔭で反射的に押しかえそうになった手を引っ込められた。

 女子同士のスキンスキンシップに慣れていないせいだ。今までの自分の交流の狭さが伺える。

 セイラは取り繕うように話を振る。

「どこかお姉ちゃんに暇な時間があれば連れてこよっか?実際に壁役と一緒にやるとまた違うと思うし」

「気軽に最上位プレイヤーを呼ぶ……畏れ多いっ!」

 繕うには話題が良かったのか、フレデリカは大きな反応を見せてくれる。

 セイラから見たらただのだらしない姉なので意外な反応だったが、確かに姉という像かもしれない。

「連れてくるかどうかについては許可がもらえればまた考えたらいいよ。やっぱりお姉さんもいろいろと忙しいだろうしね。忙しくなくても最上位プレイヤーから見たら私たちなんてみんな初心者と変わらないし、かかわっても楽しいことはないと思うから」

 ユキナはどんな人物像を掲げているのかはわからないが、セイラの中では案外気楽に了承する姉の姿が目に見えた。

 妹想いな姉は、イリアとしてセイラとかかわることを拒否はしないだろう。

「とりあえず壁役の確保は今後の課題!今は直近のお金稼ぎだよ!ちなみに前回からもう80万ゴールドくらい溜まってる!」

「ま、そうか。壁役のことを今心配しても仕方ないよね」

「20万なぞ我の魔法の前では造作もない!あらゆるモンスターを一瞬で灰燼へと帰して見せよう!」

「今まで一度も一瞬ではやれてない奴が何言ってんだか」

「なにおう!」

 サイカとラフィのいつものやりとりでパーティー内に笑顔が生まれる。

 あと20万ゴールド、目標まではもうすぐだ。

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