第16話追憶の森1

 『Nine Worlds』というゲームは一般にサポート系の人材があまり多くない。これは完全没入フルダイブ型ゲーム全体に言えることなのだが、多くのプレイヤーは自分の手でモンスターを倒し活躍する姿を夢想してゲームを始めるからだ。

 そんな中、同じサポーターとしてハンナと息があったセイラは並んで話題に花を咲かせていた。

 最初はハンナを取られたラフィが寂しそうにしていたが、すぐにサイカと言い合いを始めたところを見るとやはりこの二人は仲がいいのだろう。サイカがラフィと話し始めたのは寂しそうにしているラフィを見てだろうから。

「セイラさん同い年なんですか⁉」

「ハンナも高一?」

 そんなことからラフィに気を使う必要もなくなり、最初は雑談のようなものから始まり、やがて学校の話になった二人。

 その中でセイラは「まだ高一だから私の方はそんなに宿題出てないしね」と自分はラフィと違ってすでに宿題を終わらせていることを伝えたのだが、そのときに何も考えずに言った「高一」というワードにハンナが反応したのだ。

「あ、ていうかゲームの中で現実の話をするのは良くないって聞いたんだけど、大丈夫だった?」

「私は大丈夫ですよ。というよりそのマナーはなんでもかんでも聞くのがよくないっていう話で、自分から言う分には大丈夫です」

「そうなんだ」

 そう言いつつ、セイラは一つ頭を過ることがあった。

 ハンナはラフィと友達とか言ってたけど、それってほとんど同い年だよね?大丈夫?

「あ、ラフィちゃんのこと考えました?」

 どうやらセイラの考えが読めたらしい。あまり表情には出ないタイプなだけに反応に少し驚きが混じる。

「うん。よくわかったね」

「私、人の感情とか読むの得意なんです。それでラフィちゃんのことなんですけど、ラフィちゃんはちょろ――優しいので大概のことは許してくれますよ」

 今この人ラフィのことをちょろいと言いかけなかっただろうか。確かにちょろそうだけども。

「言っとくけど私はちょろくないから許さないよ」

 別に多少現実の話を持ちだされたからと言ってセイラは怒りなしないのだが、ハンナに好きかってさせると何をされるかわからない気がした。ちょろいキャラはラフィ一人でいい。

 ハンナは異様なまでににこにこと表情を緩めながらセイラに耳打ちできる距離まで近づく。

「大丈夫ですよ。セイラさんもきっと優しいはずですから♪」

「私、このギルドに入って話すほど印象が嫌な方向に変わってるのハンナだけだなあ」

「そんな風に言っても嫌いになったりはしないでしょう?」

「そりゃそうだけど……」

 セイラがこのギルドに入って以来、フレデリカ、ユキナの印象は初対面からそれほど大きく変わっていない。

 ラフィ、サイカはなかなかインパクトが強かったが、話すほどに面白い人だということがわかって印象は良くなっている。

 しかしハンナだけは話すほどに裏を感じるような気がするのはセイラの気のせいではないはずだ。聖女できそうなのは見た目だけ。

 もちろんちょっと揶揄っている程度で言い方に嫌味もない。「印象が嫌な方向に変わってる」という表現はあくまで大袈裟な表現で本当にそう思っているわけではないし、仲良くなろうというハンナなりのコミュニケーションなのだろうからむしろ親しみが持てる。

 今はハンナにどこまでラインでコミュニケーションが許されるのか見極められているところだろうか。

 こういう辺りセイラは寛容な自覚があるので、だいぶ踏み込まれるだろうなということが予想された。

 それが嫌というわけではないが、複雑だ。中二病のラフィと同列扱いな気がして。

「せっかく同い年なんですし、私ともラフィちゃんとも仲良くしましょうよ。そのうちオフ会とかもしてみたいですね」

「活動的だね」

「やっぱりセイラさん、ラフィちゃんと少しだけ同じ匂いがします」

 ちょろそうと言いたいのか。

「優しそうと言いたいんです」

「勝手に心読まないでよ」

「セイラさん意外とわかりやすいですね」

 中学時代、セイラは表情で感情が判断できないとして弓道の対戦相手たちから恐れられていたのだけど。

「そうだ、セイラさん。今のうちに後衛同士で作戦会議しときますか?ほら、やっぱり同じポジション同士は他のポジションよりもコミュニケーションが必要って言いますし」

「……ハンナって結構コロコロ話し変えるよね」

 最初はゲームの軽い雑談から始まり、学校の話になり、セイラがちょろそうという話になり、いきなりオフ会したいと言い、最後にゲームの話に戻ってきた。なかなか忙しい会話だ。

「よく好奇心旺盛だけど飽きっぽいよねって言われます」

「うん、なんかそんな感じ」

 目の輝かせ方は他に類を見ない好奇心の旺盛さを持っていて、話の変わり方は飽きっぽさを示唆している。まさにハンナを示している言葉だ。

「それで作戦会議だっけ?」

「あれ、話し戻しちゃいます?」

「私は話の道筋に沿って話したいタイプなんだよね」

「理系タイプですね」

「別に文理どっちかに得意苦手はないけど」

 ハンナは感覚で話すタイプなのか、ハンナの流れに沿って話すとまた話がどこか明後日の方向へ飛んで行ってしまいそうだ。

 脇道に逸れる前に強引にでも本題に入る。

「で、作戦会議って何やるの?」

「役割分担でしょうか。後衛として一応『鑑定』は持っているんですよね。私はヒーラーなので味方の体力管理をして、セイラさんが敵の体力を見ながら攻撃タイミングを指示する、なんてどうでしょう」

 【始まりのダンジョン】でセイラはフレデリカとユキナとともに戦ったが、二人が強すぎて味方のHPを見る必要はなかった。

 HPが見えるのは本人と『鑑定』持ちだけである。

 それは敵だけでなく味方にも例外はない。そんなゲームで全員の体力を見ながらどこで体力回復をするか、どこで引くか、という判断ができれば強いのは明白だ。

 今回戦う場所は前のような初心者用ダンジョンではない。

 後衛であるセイラに大きな被害が飛んでくることはないだろうが、前衛はそうはいかないだろう。体力管理の役割が必要だ。

「わかった。私はまだわからないことばっかりだから先輩として教えてね」

「私だってまだレベル36なんです。セイラさんとそんなに大きな違いはありませんよ。むしろフレデリカさんたちからべた褒めされていたセイラさんの方がオーダーは上手いんじゃないですか?」

「そうかなあ?」

「私も『鑑定』持ちとしていろいろ頑張ってきたんですけど、なかなかうまくできないんですよ?結局フレデリカさんを筆頭にパワープレイになっちゃったこと何度もありますし」

 オーダーを出すプレイヤーの実力がパーティーで伴わないとき、どうしたって高レベルプレイヤー頼りの力押しになる。

 最もレベルの高いフレデリカがその役割を大きく担うことになってしまうのは仕方がないのかもしれない。

 逆に言えば、一番強いプレイヤーによる力押しのようなパワープレイにしないことがオーダーの役割だとも言える。

「今回行くのは【追憶の森】です。私のオーダーだとフレデリカさん頼みになっちゃうことは目に見えていますから」

 そう言えば行先まではちゃんと聞いてなかったなと思いだす。

 【始まりの森】を経由していることからこの森の続きなのだろう。

「厄介なの?」

「パーティー適正レベルは60です」

「パーティー適正レベル?適正レベルとは違うの?」

 初めて聞く言葉にセイラは首を捻る。

「適正レベルがソロでの戦闘をした場合の適性のレベルで、パーティー適正レベルっていうのは七人一組のパーティーを組んだときの平均レベルの適性です。【追憶の森】の適正レベルは100、パーティー適正レベルが60になります」

 セイラのレベルが23、ハンナのレベルが36。

 二人とも到底適正に足りているとは言えないレベルだ。しかしハンナの言う通りなら、レベル82のフレデリカは大きな戦力になる。

「私たちは荷物かな」

「レベル的にはそうですね。うちは奇跡的にレベルが低いのが後衛だけなので挑むことができる、と言ったところでしょうか」

「ラフィとサイカのレベルは?」

「今はラフィちゃんが44、サイカさんが55だったはずです。どちらも適正レベルには足りていないですけど、抗えないほどではないですね。特にラフィちゃんは魔法火力担当として私たちと同じ後衛ポジションですから」

 パーティー適正レベルに足りているのはフレデリカとユキナのみ。サイカはほとんど適正地帯。一番被害を負うであろう前衛は大丈夫そうだ。

「私たち大丈夫かな」

「【追憶の森】くらいだとまだ奇襲戦法を使ってくるモンスターはいませんから。その代わり今までプレイヤーが苦戦したモンスターとか、この森で死んだプレイヤーの能力を使うレイスとかが現れて厄介なんですけどね」

「うわあ……」

 【追憶の森】はその名の通り記憶を追う。今まで様々なフィールドでプレイヤーが苦戦したモンスターが森の適正レベルとなって襲ってくるのだ。

 ゆえにこの森のピンポイント対策というのは難しく、広い知識が必要となってくるのが特徴となる。

 さらにはこの森で倒れて行ったプレイヤーのスキルや魔法を使うアンデットの霊体であるレイスというモンスターが稀に出現するという。

「そういうわけでセイラさんの出番ですよ!【追憶の森】は光が届きづらいので『ライト』があると便利なんです。それにレイスは光を苦手にしています!」

「いや、そりゃ私『ライト』使えるけど……レベル23だよ?」

「頑張ってください!ちなみに聖魔法はアンデットに特効効果があるんですけど、私のレベルではこの中の誰よりもダメージを与えることができません」

「え、それ私もっと無理なんじゃ」

「レイスは光を苦手とする、つまり直接攻撃をしなくてもレイスを誘導することができるんです。これは聖属性にはできないことです。セイラさん責任重大です!」

「え」

「まあ冗談はこの辺でさておき」

「どこまでが冗談なの……」

 ハンナの冗談はセイラの責任が重大だ、というところのみである。

 レイスが光を苦手としているのは本当のことであり、対レイスには光を使い、誘導をするのは基本戦法だ。

 ちなみにこの戦法はセイラがいなかったときは松明を使ってやっていたし、なんなら今もフレデリカがインベントリに松明を大量に持っているのだが、セイラがそれを知る由はない。

「さ、そろそろ【追憶の森】ですよ。ここでバンバンお金と経験値稼ぎましょう!」

 ハンナの明るい掛け声とは反対に、森はどんどん暗くなっていく。

 マップ上に表示されている【追憶の森】のある位置はほとんど光の届かない、老いた高い木の茂る不気味な森になっていた。

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