第11話仲間のキャラが強すぎる!4

 鬱蒼と茂る森林。

 風に揺れる木々たちが地拵えされた様子はなく、ほとんど自然のままに乱立しているように見える。しかし人の通る横幅二~三メートルほどの道には一片の草木もなく、そこは最初のパワーレベリングで姉であるイリアと一度通った道だ。

 振り返れば大きな外壁。

 非戦闘エリアと戦闘エリアの境となる外壁は、ひとたび歩みを進めるたびに小さくなる。活気のある街の音もまた、どんどんと遠ざかる。――これから戦うのだということを、否応なく五感に理解させられる。

 三人は【始まりの森】に来ていた。

 セイラのパーティー初戦を飾るためだ。イリアとのレベリングは一緒に戦ったとは言えないのでノーカン。

 歩いている間はフレデリカたちからギルドの話を聞く。

「一応今うちのギルドでは一つの目標があってさ」

 三人は周囲を警戒することなく進んでいる。

 すでに戦闘エリア内に入っているにもかかわらず警戒がないのは、一番はゲーム全体に共通して街に近いほどモンスターとのエンカウント率は低くなるからだ。

『Nine Worlds』では一般にレベルが低い場所ほどエンカウント率が低く設定されており、特にプレイヤーの集まりやすい街近郊のエンカウント率は極端に低い。レベルの低い帯域ではさらにその傾向が強く、これは負担の大きい連続戦闘や複数戦闘を防いだり、異なるパーティー間での争いをなくしたりするための措置だ。

 そのため戦闘を目的とするプレイヤーたちは街からある程度離れるか、モンスターが固定的に出現するポジションに赴かなければならない。

 今回セイラたちが向かうのは【始まりのダンジョン】。「始まりの~」と名前につく街近郊の戦闘エリアにおいて最もモンスターの出現率の高い場所だ。

 モンスターの出現率が高いということはそれだけ危険も多いことになる。

 けれどセイラが事前に聞いたフレデリカとユキナのレベルはそれぞれ82と63。姉と同様とまでは行かなくても今回もセイラは安全に戦闘と行うことができるだろう。

「目標って?」

 セイラが訊ねると、フレデリカは元気よく右手を挙げ、ユキナは困ったように眉をへの字に傾ける。

「100万ゴールド!」

「まあつまり、私たちは今金欠なんだよ」

 『Nine Worlds』には「ゴールド」と呼ばれる特有の通貨がある。このゴールドはモンスターを倒したり街の依頼を受けたりすることで集まり、プレイヤーはこの通貨を使って様々なものを買うことができる。

 そしてセイラの所属するギルド《Varkyrja Wyrd》は今そのお金が不足しているのである。

 無駄に元気だったフレデリカは空元気だったとばかりに肩を落とすと、何かを示すように人差し指を立ててくるくると回す。

「うちのギルド、二階があるのは知ってるでしょ?」

 フレデリカの指の先は建物の上階を示すように少し上の方でくるくるしていた。

 セイラが頷くと、フレデリカは指をピタッと止めて苦笑いを浮かべる。

「あそこ、まだ解放されてないんだよね」

 セイラがフレデリカの言葉に疑問符を浮かべる。

 ユキナが「言葉が足りないよ」と言ってフレデリカの頬を引っ張ると、フレデリカの言葉を補うように説明してくれた。

「このゲームの仕組みと言ったらいいのかな、あの物件、二階建てセットで売っているんだけど、ゴールドが足りなくても買えるんだよ」

「ローン?」

 現実に照らし合わせて順当に考えると、セイラの頭に浮かんだのはローン返済だ。もう返済は終えているが、一兜家もローンを組んで買っている。

 しかしユキナは静かに首を振った。

「ゲーム内にそういうシステムはない。厳密にはプレイヤー間の貸し借りを契約で行えば似たようなことができるんだけど、ゲーム内に最初からあるギルドホームにはそれは適用されないんだよ」

「じゃあどういうこと?」

「それが部分購入って言われるシステム。家の売買金額の三割の額を集めるとその家の権利を押さえられる代わりに、家の一部が残りの金額を払い終えるまで使用不可状態になる。私たちの場合使用不可になっているのが二階、というわけだね」

 ギルドホームは誰しもの憧れである。

 しかし家と言うだけあってその金額は非常に高いものだった。そのせいで『Nine Worlds』発売からしばらくの期間は多くのプレイヤーが安宿で済ませてしまっていたのである。

 そこで運営が取り入れたのが部分購入というシステム。本来の金額の三割を支払う代わりに残りの金額が集まるまでは家の一部の場所を使用不可にするというシステムだ。この使用不可になっているエリアは立ち入ることすらできず、当然そこに本来ある機能を果たすこともできない。

 フレデリカが肩をしょんぼり落とす。

「私たちのホームが使用不可になっている二階はね、本来寝泊まりする場所として活用できるの。宿の代わりってわけ。本来部分購入で買うときは宿泊場所が使用不可エリアにならないように買わなきゃいけないんだけど……」

「フレデリカのミスでこうなってしまったというわけだね」

「でもあの家素敵でしょ!」

 フレデリカは家の外観に気を取られ、宿泊場所が使用不可エリアになることに気づかなかった。

 システム上一度購入してしまったものは返品もできない。二階が解放できるまで性急にお金を集める必要があるというわけだ。

「で、まあ残りの必要金額が100万ゴールドになっている、というわけ」

 そこまで話を聞いて、セイラはある懸念が浮かぶ。

「じゃあ私に付き合って初心者が来るような場所にいちゃいけないんじゃない?」

 【始まりのダンジョン】は初心者用ダンジョンであり、当然手に入れられるゴールドもそれほど多くない。

「それはそうなんだけどね、でもせっかく入ってくれた女の子をいきなり除け者になんてしたくないよ」

 フレデリカがそう言って笑うと、ユキナがフレデリカの頭をまた叩いた。

「嘘を吐かない。セイラはダンジョンと言うのがどういうものか知ってる?」

「ええと……?」

「ダンジョンはモンスターとのエンカウント率が高くて、運が良ければ宝箱も発見できるような場所だよ。アイテムドロップ率もいい。その代わり問題は、他の地形と違って洞窟になっているせいで狭く戦闘がしにくいことにある」

「それだと何か問題があるの?」

「初心者が来るような場所じゃないってことだよ。最初は戦闘慣れのために森とかの開けた場所で戦闘するのが普通。それなのに初心者用の中では最も金銭の見込める【始まりのダンジョン】に来ているんだから、私たちも優しさだけじゃないってことだよ」

 ダンジョンは同レベル帯の他のエリアに比べてゴールドなどの物資が手に入りやすいと言われている。その代わり戦闘のしにくさもあり、慣れていなければレベル帯以上にきつくなってしまう。

 もちろん森にも欠点はあるが、【始まりの森】は森の特性を生かした厄介な戦法をとるモンスターはほとんどいない。

 初心者がまず戦闘慣れするには森から始めろというのが通説だ。

「それを聞いて安心したよ。私も自分の都合に他の人を付き合わせちゃってるのは申し訳ないし」

「本当にごめんね。ほら、フレデリカも」

「ごめんね?」

「いいよ。それに私のこともちゃんと気遣ってくれてるからこそ【始まりのダンジョン】なんでしょ?本来ならもっと稼げる場所もあったはずなのに。ここはお互い譲歩し合って、ってことでいいんじゃないかな」

「ありがとう」

 少し申し訳なさそうに笑うユキナと、その隣から「ごめんっ」と手を合わせるフレデリカ。

「ほら、もう気にしないで。それに、着いたみたいだよ」

 マップを開いたまま歩いてきたセイラは、森から少し開けた場所にある洞窟が見えたあたりでマップ上に【始まりのダンジョン】と記載されているのを見つけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る