第10話仲間のキャラが強すぎる!3

 日曜日、約束した時間よりも早くギルドについたセイラは、いつでも飲んでいいよと言われた備え付けのティーバックを花柄の上品なカップの中に入れ、お湯を注いで飲んでいた。

「そうだよね、五分前ってこっちだと三〇分前になるんだよね」

 『Nine Worlds』では現実より時間が六倍にも拡張されている。そのためゲームにログインしてから約束の場所までにかかる時間が六分の一になることを考慮して動くものだが、そのことをすっかり忘れていたセイラは現実時間約束の五分前に慌ててゲームにログインしていた。

 《Valkyrja Wyrd》のギルドホームは【始まりの街】にある。いくら街が広いとは言え、宿から時間のずれを忘れて走ったため、五分とかからずホームに到着していた。

 システムウィンドウの時計を見れば、まだ約束まで二〇分以上ある。

 二階へと続く階段が目に入ったが許可なく行っていいのかもわからず、一階の内装を見ながら暇を潰す。

 シンプルだがセンスのある家具。

 好みが別れる派手なものよりもすっきりと整理された見た目を重視しているのだろう。部屋の内装を考えた人のセンスに感嘆のため息を吐く。

 そうやって都会に出たばかりのおのぼりさんのごとく部屋をきょろきょろと見回していると、後ろにあるドアからガチャっと扉を開ける音が鳴った。

「フレデリカさん!」

 少し緊張していたことや楽しみに待っていたのもあっただろう、思わず玄関を見る前に声が上がる。

 しかし予想に反して現れたのはフレデリカとは違う女性だった。

 歳はセイラより少し上、フレデリカと同じくらいだろうか。雪のように真っ白な白髪を揺らし、くっきりとした目鼻立ちをした美しい人が精錬された足運びでホームの中へと入る。

 女性は突然声を上げたセイラに一瞬驚いたような表情を見せると、すぐに笑みを浮かべて見せた。

「ん、君がフレデリカの言っていた新人?話は聞いているよ」

 そう言って女性はセイラの前まで歩みを進める。

 低い位置で一纏めにされた髪がゆったりと大きく揺れる姿は、武道家のような均一かつバランスの取れた足運びも合わせて見惚れてしまうほどに美しい。

「あ、すみません。ええと」

「ああ、私はユキナ。敬語はいらないよ。よろしくね」

「セイラです。よろしくお願い…あ、よろしく」

 ユキナは慣れた手つきで紅茶を入れると、セイラが紅茶のカップを置いていたソファーの前の椅子に腰を掛ける。

「どうかした?」

 ピンとした姿勢で紅茶を飲むユキナに見惚れたままでいると、その視線が気になったのか、ユキナがセイラに視線を返す。

「あ、えと。その格好いいなって。凄い、綺麗で」

 セイラは決して人見知りをする人間ではない。しかしユキナの精錬された所作に呼応するように生まれた変な緊張のせいか、飾らぬ素直な言葉になってしまった。

 そんなセイラの素直さを受け取ってしまったのか、ユキナはこそばゆげに「ありがとう」とはにかんで見せる。

 セイラから見たユキナを一言で述べるなら、格好良い女性だ。フレデリカも格好良かったが、彼女の格好良さはスーツを着て働くキャリアウーマンのような、憧れの格好良さだった。

 しかしユキナは違う。

 女性が思わず頬を赤らめてしまうような、数多くの男女からラブレターを受けとってもおかしくない格好良さと美しさの同居。

 けれど決して男性っぽいというわけではなく、非常に女性的な特徴を持っているにもかかわらず女性さえも彼女にはドキドキしてしまう、そんな女性の理想像のような雰囲気を纏っている。

「私は剣道をやっていてね。随分と昔からやっているから、もうこの姿勢が身についているんだよ。姿勢が綺麗だと他までよく見えるものだからね。そう言うセイラも姿勢がいいけど、何かやっているの?」

「その…少し前まで」

 弓道、と口に出すのを躊躇い、言葉に詰まった。

 さすがに何か追及されるかと視線で伺ったが、ユキナは特に気にした風でもない。

 セイラが一つ安心の息を漏らすと、先輩として気遣ってくれたのか、ユキナは異なる話題で会話を続けてくれる。

「それにしてもフレデリカ遅いね。入ったばかりの子を待たせるだなんて」

「そんな、私が早く来すぎただけだし」

「いや、フレデリカは昔からよく遅刻をするんだよ」

「昔から?」

 ユキナの気になる言葉に引っ掛かりを覚える。

 昔から、という言葉は発売から二年しか経っていないこのゲームではあまりに自然な言葉ではないように感じたからだ。

「私とフレデリカは幼馴染でね。私がこのゲームを始めたのもこのギルドに入っているのもフレデリカのお蔭なんだよ」

 幼馴染。

 そう言われて想像してみれば、二人が肩を並べ合っている姿は容易に想像がついた。種類は違えど格好いい二人が並ぶ姿は壮観だ。

「私はあまりゲームというのをやったことがなくてさ、最初はまあ付き合ってやろうくらいの気持ちだったんだけど、これが案外剣の実践訓練にもなって楽しいんだ。まあこんな風にうちはみんな自由奔放だから、セイラも是非楽しむことを優先してね」

「『楽しいことは本気マジで楽しまなきゃ損!』だよね」

「それ。フレデリカはたまにいいことを言うんだよ」

「うん」

 その肯定に、自然と笑みが乗る。

 一兜ひとと家の女は、やりたいことには本気になるタイプの人だった。母も家ではだらしないが、仕事になると頼りがいがあるタイプだ。

 そんな一兜家の中でも特にセイラは本気の度合いが強く、必要なら苦しいこともやり、楽しいことも捨てた。

 けれど弓道という本気になれるものを失って。

 でもこうして始めたゲームのためにいろいろなものを犠牲にするほどの本気さはなくて。

 それでも楽しむために手を抜くようなやり方はセイラの今までの人生が否定していて。

 だからこそ、今欲しいものをすべて与えるような台詞に、つい笑みが零れてしまうほどに惹かれてしまったのだろう。

 セイラは隠れて笑みを浮かべたつもりだったが、ユキナはしっかり見ていたようだ、意地の悪い笑みを浮かべ、さっきより少し低めの声で囁く。

「笑うとなかなか可愛いね、君は」

「⁉」

 女性が惚れるタイプの格好良さとは思っていたが、それは彼女の言動にまで現れるのか。

 セイラが頬を赤らめると、ユキナはおかしそうにくつくつと笑った。

「いや、ごめんね。セイラは揶揄いがいがありそうだよ」

「ひ、ひどい!」

「先に言っておくけど、私には女性を愛する趣味はないよ」

「わかってるよそんなの!」

 今度は怒りと恥ずかしさに顔を真っ赤にする。恥ずかしさの方が九割以上を占めているせいで思わず顔を覆ってしまうのはご愛敬だ。

 しかしユキナは一瞬呆けた顔を見せて、すぐに顎に手を当てた。

「もしかしてフレデリカのあれは知らない……?」

「え?フレデリカがどうかしたの?」

「いや、うん。……そのうちわかるか」

「?」

 なんとかユキナを問いただそうとするセイラだが、ユキナはひらりひらりとセイラの言葉を躱していく。

 そうこうしているうちに慌てた様子でフレデリカがギルドに入ってきた。

「ギリギリセーフ!」

「いや、一分遅れだよ」

「一分くらい現実との誤差なんだから大目に見てよ」

「私ならそれで構わないけど、新人を待たせるというのはねえ」

「セイラは心の広い子だから許してくれるよ。ねっ」

「私はユキナとたくさんお話しできて楽しかったから大丈夫だよ」

「あんまりフレデリカを甘やかすと将来痛い目を見るよ」

 苦笑するユキナと楽しそうに笑うフレデリカ。

 そしてそんな幼馴染の二人の間にいてもつまはじきにされずに一緒に笑うことができるギルド。

 改めて自分がいいギルドに誘われたんだと。そう実感できて。

 緊張気味だったセイラの表情が、このとき完全に緩んだのを感じた。

 

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