第9話仲間のキャラが強すぎる!2

 ギルド総本部とは、すべてのギルドを管轄する【始まりの街】唯一の施設である。

 九つある『Nine Worlds』の世界は街ごと、あるいは世界ごとに必要な建物は共通であるものだが、ギルド総本部だけは「ミズガルズ【始まりの街】」にしかない。

 ゆえにどこか新しいギルドに入りたいと願う者、あるいは新たな人材が欲しいと願う者はどんなレベル帯のプレイヤーであろうとすべてギルド総本部を訪れることになる。

 特にイリアから何か聞いたわけではなかったが、マップに存在するあからさまにギルドが関係する場所に行けば何かわかるだろうくらいの気持ちで、セイラはギルド総本部に赴いた。

「でっかいなあ」

 レンガ造りの大きな建物。それがギルド総本部の目印である。

 建物の中は神話の関係する世界には似つかわしくない現代の役所のようになっていた。

 セイラは「ギルド加入希望者はこちらへ」の看板を見て「ギルド加入希望者受付」に寄る。

 受付は五列になっており、人はちらほらと見えた。

 そのまま空いている受付で微動だにせず座って微笑んでいる受付嬢に話しかける。

「ええと、ギルドを探しているんですけど――」

「ギルド加入がご希望ですか?」

 セイラが何か話し終える前に質問をする受付嬢。この感じ、NPCだ。

 受付嬢が質問をすると、セイラの目の前に「はい」と「いいえ」の選択肢がウィンドウで表示される。

 イリアが以前にNPCとのイベントはつまらないと言っていたが、確かにこうして会話もできずこちらの話さえ遮られてしまうのならつまらないと思うのも仕方がないかもしれない。

 セイラが「はい」を押すと受付嬢は話を続ける。

「ギルド加入希望者受付をご利用いただきありがとうございます。こちらではギルドに加入したいプレイヤーと欲しい人材のいるギルドのお互いの条件が合致する組み合わせを提示しております。何かギルドに求める条件はございますか?」

 条件は選択肢で提示された。

 本当は「のんびり気楽に」と行きたいが、そんな曖昧な選択肢はどこにもない。セイラはどこも選択せずに条件は「なし」で進める。

「ただいまセイラ様の情報を取得中です。……完了しました。現在合致する条件のギルドはこちらです」

 セイラの前に多くのギルドが表示される。それぞれギルドをタップするとアピールポイントや簡単なメンバー構成が記されていた。

「何これわかんない」

 しかしセイラはゲーム初心者。ゲームとして表示されている要素はそれほど多いものではないが、情報精査も整理できなければよくわからない言葉まで含まれているものもある。

 この中からどのギルドを選択すればいいのかなどわかるはずもない。

 思わず指が「やめる」を選択する。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 そんなNPCの声が聞こえると、セイラは肩を落としてギルド総本部を後にした。


「お姉ちゃんの言う通り、ギルドには入った方がいいんだろうなあ」

 ギルド総本部を出て五〇メートルほど行った先、セイラはたまたま見つけたベンチに座って身体を背もたれに預けていた。

 頭を悩ませているのはこれからの行動についてだ。

 まず始めに思いつくのは、姉からアドバイスをもらうこと。

 このゲームに詳しいイリアはどんな条件のギルドに入ればいいか教えてくれるだろう。そうなれば今から姉の返信を待って、ギルドは次の機会、ということになる。

 正直、その手段はなるべく取りたくなかった。

 まだログインしたばかりだというのもあるし、何もしないうちから姉の力は頼りたくない。

 一兜星羅はわからない問題に直面しても答えをただ教えてもらうことだけは良しとしない人間だ。それが弓道で優秀な師を持たずともほとんど一人で駆け上がれた根拠であるし、逆にそのプライドが今前に進めずにいる理由とも言える。

「難しい、初心者がやるゲームじゃないよ……」

 項垂れたまま、抱えきれなくなった言葉を吐き出す。

 セイラの言う通り、『Nine Worlds』はゲーム初心者がやるようなゲームではない。

 コンセプトとしては初心者でもやりやすいゲームとしてステータスなどもわかりやすく作られたが、プレイヤーの練度が増す度、またゲームがアップデートを繰り返すたび複雑性を増していった。

 今では完全没入フルダイブ型をプレイしたこともないような人物が初めてプレイするゲームとは言えないだろう。

 それでもせめて、多少なりともゲームの経験があれば違っていたはずだ。

 完全没入型でなくとも、RPGでなくとも。

 多くの人がゲームをプレイする現代において、ゲームにほとんど触れたことのない今のセイラは原始人に等しい状態だ。

「ねえねえそこの可愛いお嬢さん」

 やっぱりこのゲームやめようか、姉には期待しないで待っててと言ったのだ。

 そう考えて宿に帰ろうか迷っていると、ナンパの常套句のような声が掛けられた。ただしその声は軽薄なものではない。気遣いの込められた女性の声だ。

 顔を上げると、そこには太陽みたいな笑顔の若い女性。

 金髪を後ろで一つに結び、さっぱりとした印象。すらっと背が高く、少し格好良さも感じる。学生服やスーツに身を包んでいたら思わず先輩と呼びたくなってしまうオーラがあった。

 彼女はセイラと視線が合うとにこりと目を細め、右手を差し出す。

「何か困りごと?お姉さんが聞いてあげようか。あれ、お姉さんで合ってるのかな?」

 ゲーム内でいくらか見た目が変えられること言っているのか、お姉さんは自信なげに眉を下げる。

 お姉さんという割に彼女もそれほど年上には見えない。姉や母のような相当な若作りでなければ、いっても二〇代前半くらいだ。

「ええと、私今年一六なんでたぶん年下で大丈夫です」

「よかった~。お姉さんは今年から大学生のピッチピチ一八歳!誕生日遅めだから今年だとまだ一九じゃないんだよね~」

 明るいお姉さんの会話にセイラは失笑する。

 一人でこのゲームにログインしてから漠然と合った不安のようなものが、彼女のあけすけな雰囲気の前では和らいだ気がした。

「それでこんなところでどうしたの?何か困りごと?」

 優しいお姉さんの問いかけに、セイラは自然と笑みを浮かべて答える。

「実は少し前に姉にこのゲームに誘われて今日二回目なんですけど、初めて一人になったのでどうしていいのかわからなくて。姉からはギルドに入るように勧められているんですけど」

「何かいいギルドは決まった?」

「今、ギルド総本部?に行ってきたんですけど、なんかよくわからなかったんです。今まであんまりゲームとかしたことなくて」

「そっかあ」

 セイラはすべて吐き出すように話した。

 姉が最上位プレイヤーで、ギルドの活動が少なくなったから自分を誘ってきたこと。

 自分も姉と一緒に遊べるなら遊びたいと思っていること。

 でも複雑なゲームに頭がこんがらがっていること。

 やめてしまおうかと悩んでいること。

 お姉さんは寄り添って話を聞いてくれた。

「じゃあさ、うちのギルド入る?みんなレベル100未満の女の子だけだから気負わずできるよ」

 レベル100未満。

 セイラはまだレベル20だが、800を超える姉がいるような世界で100くらいなら大きく離れているというほどではない。女の子だけというのもいろいろな問題がなさそうでいい条件だ。

 何より彼女がいるようなギルドならば安心できるし、この上ない好条件。

 まるで用意されたかのような状況に、セイラは思わず確認を取る。

「いいんですか?」

「もちろん」

「でも初心者で知識もない私じゃ迷惑じゃないですか?それに他のギルドメンバーの了承もとらなきゃ」

「それに関しては大丈夫。初心者だからってうちは差別しないし、私がギルドマスターだから。いつも私が勝手にメンバー連れてくるから、誰も文句言わないよ」

 お姉さんがにこりと笑みを浮かべる。

 逡巡は一秒と必要なかった。

 頭の中を駆け巡る憂いも、これからへの懸念も、変な場所への勧誘じゃないかという懐疑心も。

 どれ一つとして目の前のお姉さんは感じさせることなく、自分に初めて弓道を教えてくれた先生のように安らぎを与える雰囲気を纏っている。

 まだ何も知らないお姉さんの誘いに、きっとこの一瞬で絆されてしまったのだと理解しながら、答えは一つに決まっていた。

「……お願いしてもいいですか?」

「…………美少女ゲットオオオオォォ!」

「あ、あれ?」

 優しそうなお姉さんを信じたセイラだったが、突如として叫んだ彼女の姿にはさすがに言い知れぬ不安を抱かざるを得なかったことは言うまでもない。


 「ミズガルズ【始まりの街】」は多くの冒険者が集まる最大の街である。

 大きさだけなら他にも負けていない街はあるにもかかわらずそれでも最大と呼ばれる理由は、初心者ならば誰もが通るというのはもちろんギルドホームとなる居住区のスペースが非常に大きくとられているからだ。

「さあ、ここが私たちのギルドホームだよ!」

 お姉さんに案内されてきたのは一戸建ての木造建築。二階建てで新築のような明るい綺麗な木の色をしている、住みやすそうな家だ。

 扉を開けて部屋の中に入ると一階には大広間があった。大きな縦長のテーブルが一つと、その片側にはソファー、もう片側には木の椅子が並べられている。

「あ、ソファー座っていいよ」

「ありがとうございます」

 セイラがソファーに座ると反対側の椅子にお姉さんが座る。

「さて、じゃあまず自己紹介だね。私の名前はフレデリカ。ギルド《Valkyrjaヴァルキュリア Wyrdウィルド》のギルドマスターだよ。属性は地、槍を使った前衛です!」

「セイラです。ええと、属性は光、一応後衛コンセプトでやろうとは思ってるんですけど、いろんなことやってみたいなって思ってます」

「お、いいね」

 セイラはフレデリカに倣って、自分の属性と戦い方を告げる。

「いろんなことをやってみたい」という自分があまりギルドの戦い方として好かれないだろうことは理解していたが、ここで伝えないのはギルドメンバーとなるフレデリカに悪い。

 そんなセイラに、意外にもフレデリカは「いいね」と返すだけで何か言及することはなかった。

「いいんですか?たぶん、戦力としては期待できないと思いますけど」

「ん~?そんなことないよ。そりゃいろんなことやりたいと思ったらステ振りは非効率だけどさ、一番は楽しむことだから。私たちのギルドは『好きなことは本気マジで楽しまなきゃ損!』をポリシーにしてるからね」

「マジで楽しむ、ですか」

「そう。自分のやりたいことは自分で決める。誰かの指図を受けてやりたくもないことやるなんて楽しくないことはしない。でも、そんな中でもちゃんと本気でやる。それが私たち《Valkyrja Wyrd》のやり方」

 それはセイラにはあまりない考え方だった。

 一兜星羅は弓道に本気で挑んだ人間だ。最も強くなれる方法を最も効率的に。その中で、しかし真剣になればなるほど楽しさとは無縁の戦いになっていった。

 星羅が弓道をやっていたのは笑って楽しむためじゃない。勝つためだ。

 だからこそ、全国大会で優勝できなかったことは弓道へのモチベーションを大きく下げる原因となってしまったのだが――。

「私はね、思うんだ。なんだって楽しさは一番に考えないと意味がないって。でも自分のやりたいことを本気でやらない楽しさなんて、すぐに飽きが来るものなんだとも思う。だから私は『本気で楽しむ』をポリシーにしたんだよ。ちょっとクサいけどね」

 とても楽しそうに未来を夢想して話すフレデリカの言葉には、どこか惹かれるものがあった。

 セイラにはなかった喜びや楽しさに満ち溢れていて。

 弓道を失って求めていた何か、それがこの中にあるんじゃないか、そんな気がして。

「だからうちは変わった人でいっぱいなんだよ」

「そうなんですね。たぶん、私も少し変わってるから安心します」

「セイラが変わってる?うちのギルド基準で言えば常識人過ぎて珍しいくらいだけど」

 セイラからしたらフレデリカの方がよっぽど常識人だ。

 いや、常識人よりも優れていると言った方がいいかもしれない。多くの日本人は知らない人が困っていても助けてくれない人の方が多いから。

「あ、そうそうセイラ。うちのギルドはみんな仲良くも心掛けてるの」

「? はい」

「だから年齢にかかわらず理由のない敬語はなし!ていうかゲーム内で敬語使ってる人の方が少ないよ」

「あ、そうなんですね」

「ほら敬語」

「あ、うん。わかった。これからよろしくね、フレデリカ」

「何それクソ可愛い!」

 もしかしてたまにフレデリカがおかしくなるのがフレデリカの「変わってる」部分なんだろうか。セイラにはフレデリカがどうしてこうなるのか見当もつかない。

「ほら、とりあえずギルド登録しちゃお。まずフレンドになろっか」

 フレデリカとフレンド登録を果たし、フレデリカから届いた「ギルド《Valkyrja Wyrd》に加入しますか?」という文面に「はい」を押す。

 するとログに「セイラがギルド《Valkyrja Wyrd》に加入しました」と表示され、同時にそれを確認したフレデリカが大きく二度、満足げに頷いた。


  ***


「フレデリカさん、いい人だったな」

 ゲームから現実に帰ってきた星羅はVR機器を外してそのままベッドの上に寝転がり、思わず笑みを零した。

 あのあとフレデリカとは次に会う約束をしてゲームをログアウトした。どうやらフレデリカは合間の時間に少しログインしただけだったらしい。

 身を捩り、フレデリカとのログアウト直前の会話を思いだして笑みを浮かべる。

「しかも、次がまさかの明日なんてなあ」

 セイラがフレデリカと約束したのは明日の午後。

 日曜日とあって休みなこともあり、お互い予定はない。充分な時間を取って遊べそうだ。

 姉と遊んだときは現実時間で二時間ほどだったが、緩い感じでフレデリカと遊べるならもっとゲーム内にいたっていいかもしれない。

「今日のお昼ご飯はオムライスかな」

 普段なら面倒で一人の昼食には選ばない手料理。

 残り物をレンジで温めるだけの普段の昼食が、今日はお米をお気に入りの具材と一緒にパラパラに炒めることから始まることになる。

 オムライスは気分のいいときにつくる好物料理だ。

「ケチャップで絵とか久しぶりに描こうかな」

 星羅は鼻歌を歌いながら台所に立ち、エプロンをかけ、冷蔵庫から取り出した卵をボールの中に落とした。


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