第8話仲間のキャラが強すぎる!1

 土曜日。公立高校である星羅の学校は休みだ。

 休みだからと言って不摂生な生活はしない。

 目を覚ましたのは朝五時五五分。

 六時にセットしていた目覚まし時計をオフにし、カーテンを開けて日の光を浴びる。パジャマからラフな部屋着に着替えて二階の自室から一階へ降り、次に朝食の準備を始める。

 六時半になると母が起きてくる。母は眠たげな目をこすりながら星羅のつくった朝食を食べる。

「星羅ちゃん、お母さんお仕事行きたくないよぉ」

「お母さんが働いてくれないと私が困るから。それよりそろそろパジャマ買い換えたら?だらしない」

「このぶかぶか具合がいいのお」

 母は2サイズくらい大きなパジャマを着て右肩をはみ出させながら、ぼさぼさの頭で朝食をハムスターのようにもさもさと食べる。

 着替えてから部屋を出てこいだとか、寝る前にちゃんと髪を乾かさないからそんなに頭がぼさぼさなんだとか、本当は星羅も口を酸っぱくして言いたい。

「……はあ」

 けれど星羅はいつも通りその言葉を飲み込んだ。代わりに出たのは母に気づかれないくらいの小さなため息だ。

 母は昔からガンガン働くキャリアウーマンだった。仕事でバリバリと稼ぎ、対照的に家に早くに帰ってくるのが父で、家事をやってくれていた。日本のステレオタイプな家庭とは逆の構図だったと言える。

 外から見ればうまくいっている夫婦だった。

 ――けれど実情は違った。二人は離婚した。

 そんな大変な過去を持つ母の少しくらいだらしない姿は見逃してあげよう。

 と、今までやってきているのだけど、そうやってすぐ甘やかしてしまうからあんな姉が出来上がってしまったのではないか。最近そう思い始めている。

「星羅ちゃんは将来いい奥さんになれるねぇ」

「別に結婚とかしたくないし」

「今はそう思うかもしれないけど、そのうち結婚したいなぁって思っちゃうものだよ」

「それはお母さんの失敗談?」

「ん~?別にお母さんは失敗したとは思ってないよぉ。だってこんなにも可愛い娘が二人も生まれたんだから」

 両親の離婚原因は父の不倫だった。父の不倫の理由はいろいろあったのだろう。

 父の仕事が早く終わるから暇な時間ができた。

 星羅も姉も頭がよく、小さな頃から親にとって手のかからない子供だった。

 仕事では若い人たちがどんどん昇進していって、不満が溜まっていた。

 そんな状況で行った父の不倫は上手くいくはずもなく。

 不倫はあっさりと母に看破され、この家と引き換えに出て行ってもらった。

 そんな一兜家には父からもらう養育費もない。母の稼ぎがすべてだ。家の中での母の我儘くらい聞いてあげたくなるのは子供心というものだろう。

 朝食を食べ終わった母の食器は星羅が片付け、母が小さな身体にスーツを着て出て行くと、家事を始める。まだ朝も早いから掃除機はかけられない。洗濯、洗い物、水場の掃除などをするといい時間になるので掃除機をかける。それらが終われば今度は自分のことだ。週末の宿題をし、予習と復習をする。それも終わると、ようやく星羅にとっての本当の休みになる。

 しかし星羅にとって休みとは、多くの学生が喜ぶようなものではなかった。

「ああ~、退屈だ」

 少し前なら退屈な時間などなかった。空いている時間はすべて近くの弓道場に行っていたからだ。けれど今は弓道場に行く理由もない。

 今まで多くの時間をかけてきたことを失えば、その時間はぽっかりと何もできなくなってしまう。星羅には女の子らしい趣味もなければ時間を潰せるようなものもない。

「あ」

 そんなとき視界に映ったのは袋に入ったVR機器。姉からもらった、『Nine Worlds』がインストールされたものだ。

 難しかったけれど少し楽しかったし、せっかく暇なのだ。姉にはレベルを上げておけと言われてしまった。

「やる、か……」

 一応何か他にやることはあるかと脳内を巡らせるけれど、特になにも思い浮かばない。なら少しくらいこのゲームに触れておこう。

 星羅はこの前やった通りにVR機器を取り付けるとベッドの上に寝転がる。

 ヘッドパーツの奥に見える『Nine Worlds』を選択すると、星羅の感覚はゲームの中へと移り変わっていった。


  ***


 目が覚めたときに見えたのは木の天井板だった。

 はっきりとした木目の残る天井は、現代の徹底的にやすりが掛けられた素材とは違って古民家のような印象を受ける。

 起き上がって周りを見渡すと、六畳程度の部屋の中にはベッドが一つ。他には何もない。

「そう言えば宿屋でログアウトしたんだっけ」

 ゲームの直近の記憶を掘り起こして呟くと、数珠繋ぎにだんだんと思いだしてくる。

 イリアによって行われた散々なパワーレベリング。レベル高位者がモンスターをギリギリまで弱らせ、最後の一撃を低位者が取るという、最高率のレベリング方法だ。

 ひたすらに『魔力弾』と『スラッシュ』を用いてモンスターを狩り続けた記憶は忘れようとしても忘れられない。

 正直かなりの作業ゲーだった。

 最初のうちはモンスターを倒せることに感動したが、次第にその感動もなくなり。最後は脳が停止した状態で同じ行動を繰り返していたように思う。

 ようやく「そろそろ終わろうか」という言葉を聞いて安堵したセイラは、イリアに連れられて最初に降り立った噴水のある街【始まりの街】へ戻ってくると、宿屋に入れられてログアウトしたのだ。

 『Nine Worlds』はログインとログアウトが同じ場所でなされる。

 つまりログイン場所が固定の場所ではなく、ログアウト時は身体が消えてくれるようなこともない。

 ゆえに不適当な場所でログアウトすると、そこにはゲームデータとしてそこに動かないプレイヤーが存在してしまう。例外は長期間プレイしていないプレイヤーだけで、約一月プレイしていないと次のログインは最初の噴水から始まる。

 もしログアウトを非戦闘地域でない場所でしてしまうと、モンスターやプレイヤーに無抵抗で倒されることになってしまう。ログイン先は教会の中、というわけだ。

 もちろん非戦闘区域である街や町、村の中であればログアウトしてもモンスターやプレイヤーに襲われることはないが、宿屋やホームなどの宿泊場所には自動回復システムがある。ログアウト時に傷ついていたとしてもログイン時には完全回復できるシステムだ。ポーションを使うよりも断然お得で、利用しない理由はない。常識として、宿泊場所以外でのログアウトはマナー違反というのもある。

 セイラの目が覚めたのは一番安い宿屋。

 綿のほとんど入っていないベッドに手をついて、リアルだったら固いベッドに殺風景なこんな場所ではなかなか身体は休まらないだろうな、なんて思う。

 もちろんここはゲームだから初心者は宿屋にお金なんて掛けたくないし、ログアウトのための場所なんて安宿だろうと誰も気にしないため関係ないのだが。

 固いベッドでコリをほぐすようにしばらく伸びをし、もう一度ごろんとベッドに寝転がる。

 再び視界に入った天井の渦巻き型の木目は頭をぼーっとさせ、ふと無意識に頭の中の言葉を呟かせた。

「今日は何しよう」

 何も考えずにログインしたが、実際何をやろうかというのを決めていなかった。

 前回は頼りになる姉、イリアがいた。

 彼女はセイラを導いてくれたが、今日は隣にいない。

 自分が考え足らずで動いていたこと思い知り、今度は意識的に言葉にする。

「ていうか何すればいいのかわかんないんだけど」

 前回イリアとやったことと言えばモンスター狩りでのパワーレベリング。効率厨であるイリアは、自分がいるときが最もレベル上げ効率がいいとしてレベル上げ以外のことをまったく行わなかった。

 モンスターの討伐による経験値の配分は「貢献度」によって左右される。貢献度が大きいプレイヤーほど経験値が多くもらえるという寸法だ。特に撃破ボーナスは大きく、敵を弱らせ、セイラが最速でモンスターを撃破できるようにするには最上位プレイヤーのイリアがいるときが最も効率がいい。

 だがその効率的な動きが今回では徒となった。

 今日はイリアのようにモンスターを弱らせてくれる人はいない。一人でモンスターと戦うにも、レベルが20に上がったとは言え限界がある。

 セイラの中に今日の行動の選択肢が何も浮かばなくなる。

「これ、本当にどうすればいいんだろう」

 やるべきことは何か。

 イリアにもらった武器・防具は買い替えるまでもなく今のレベルなら充分。そもそもゲーム内通貨をほとんど持っていない。

 レベル上げのためどこかに向かうにしろ、ちまちまと一人モンスターを倒す作業をやれと言うのか。姉と一緒のときよりも圧倒的に効率が悪いのに。

 今までゲームなどやったことがないセイラに「周回」は一人でやるには最終手段と考えるほど嫌な思い出だ。

「そう言えばお姉ちゃん前回何か言ってたような……」

 前回の記憶を少しずつ掘り起こす。

 そうすると頭の中に姉の言葉がぼんやりと思い返されて――確かあれはゲームからログアウトした後に、玄関で何か……

「ギルドに入る、だ」

 そうと決まれば街を探索してどこか初心者でも入れそうなギルドを探そう。できればのほほんと集まれる、金食い虫の部活動みたいな場所がいい、なんて。そんな妄想をしながら。

 セイラはマップを見て、「ギルド総本部」と記された場所に向かった。

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