第7話新しい世界の始まり6

 あのあと、セイラはイリアによるパワーレベリングによりレベルが20まで上がった。

 そうしてゲームから帰ってきてみればもうすっかり外は真っ暗だ。

「こんなにゲームやるつもりなかったのに……」

「え?まだ一時間くらいしか経ってないよ?」

「長いよ」

 この感覚のずれはゲーマーである姉とゲームをやってこなかった星羅の違いだ。星羅は「ゲームは一日三〇分」の子供の頃の感覚を今も保っている。

「まさか六時間もレベル上げさせられるなんて」

「一時間だよ?」

「体感時間は六時間だったよ……」

 三〇分の感覚は「感覚」の話であるから現実時間ではない。

 星羅にしてみれば最後にゲームをしたときの一二倍もゲームをしたのだから、言い知れぬ罪悪感のようなものが胸の中を渦巻くのだ。

「嵌っちゃえばこのくらいの時間一瞬だよ。何日でもぶっ通してやりたいレベル」

「やらないでよ」

「やれないからねえ。ゲームの仕様上、安全面を考慮して一日七二時間、現実時間で一二時間しかできない。しかもゲーム内で二四時間経つと『ログアウトを推奨』みたいなログが一時間ごとに流れてくるから普通は現実時間で四時間ごとのインターバル挟んでやるんだよ」

「せめてその四時間で終わらせなよ」

「無理!ゲームは一日七二時間!」

 二四時間を遥かオーバーしているのと、現実時間に置き換えてもどちらにしろ半日である。

 半日もゲームやるというのは本当に安全面が考慮されているのか怪しいと思われるが、これはいくつかの理由によって一二時間になっている。

 一つは配信者への考慮。

『Nine Worlds』は配信を制限していない。ゲーム時間を大幅に制限すれば撮れ高が少なくなり、毎日動画を上げるような人が得をしないからだ。『Nine Worlds』は配信者を使った宣伝活動をしているため配信者を減らすような真似をできないのである。完全没入フルダイブ型で感覚時間を六倍にも引き上げているため生配信ができないというのもそれに大きく関係している。

 ただしこれは一つの理由に過ぎない。どちらかと言えば運営側の建前だ。

 生配信ができず動画だけになるとは言え二四時間もあれば一日の動画のネタくらいかき集めればできる。むしろそれ以上の撮れ高を狙おうとするのは無謀と言えるほど、今や『Nine Worlds』は多くの人がプレイしている。

 もう一つの理由にして最大の理由、それは大会である。

『Nine Worlds』は大小様々な大会を開催している。その中には時間が大きくかかるものもある。日を跨ぐものもあるし、一週間規模で行うものさえ今はある。そしてそれを行うためには一日の時間制限をなるべく緩くする必要があった。

 そのため大会参加者などでなければゲーム内時間で二四時間が過ぎると一時間ごとに警告ログが流れることになっている。

 一般の人たちは基本的に自分の用事もありこの警告ログを無視することはないが、廃人たちは平気でこれを無視してしまう。

 ところでこの警告ログ、けたたましい音を立てながら強制的に大きく画面上に表示されるため鳴りっぱなしでゲームを行うことは難しい。またこれを消してゲームを再開するのもなかなか面倒なのだが、廃人たちはどんなにうるさい目覚まし時計でもすぐ止めて二度寝をするかのごとく、素早い手捌きでこの警告ログを止めてゲームを再開する。もちろんイリアもこの警告ログを止めるのにノールックで三秒と掛からない。

「はあ、もういいや。どうせお姉ちゃん独り暮らしだし。そんな暮らししてたら自分に返ってくるからね」

「大丈夫!様子を見に来てくれる妹がいるから!」

「私に迷惑かけないでよ」

 妹として「誰かこの姉早くもらってくれ」と思うが、きっと誰ももらってくれないのだろうとすぐに考えを改める。

 だって幼児体型だし。駄々の捏ね方とか生活の様子も幼児と変わらないし。普通に二人きりで住みたくない。

「そう考えるとお母さんって凄いな……」

「え、何か失礼なこと考えてない?」

「……そんなことないよ。ところで今日ゲーム始めたばっかりでいきなりこんなにレベル上げる必要あった?」

 ナチュラルに話を逸らす。どうせこの姉はゲームの話を持ち出せば他の話など忘れてしまうのだ。

「あるよ、超ある!お姉ちゃんは早く星羅ちゃんといろんなところ見て回りたい!今のレベルじゃ私でも星羅ちゃんを守り切れないくらい弱いから!」

「行けるところだけ行けばいいじゃん」

「そんな狭い世界じゃ駄目だよ!言ったでしょ、『Nine Worlds』はその名の通り九つ世界があるんだよ。その全部とは言わなくてもいくつかは星羅ちゃんとも見て回りたい!」

 妹としては喜べばいいのだろうか。

 普通の旅行とかなら素直に喜べたのだけど。なんだか複雑な気分だ。

「じゃ、そういうわけだからこれ持って帰ってこれからもゲームプレイしてね」

 そう言って姉が渡したのはさっきまで星羅が装着していたVR機器。

「え、一緒にやるんじゃないの?」

「お姉ちゃんもお姉ちゃんで楽しまなきゃいけないからね!ギルマスのリアルが忙しいとは言えギルドメンバーと一緒にやることはあるし」

 そう言えばそっか、と姉の発言を思い返す。

 姉は何度か自分のギルドのことを言っていた。ギルマスがリアルで忙しくなったから誘ったのだったか。

 それで予定が空きがちになったとしてもギルドの誰もゲームをやらなくなるわけではないのだから、すべて星羅との時間にできるわけではないというのは至極当然だ。

「それでお姉ちゃんとできない日も私にレベル上げしろと?」

「どうせ他にやりたいこともないんでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

 今はもう弓を引く気はない。しばらくは趣味として触ることもないだろう。

 星羅の弓道への熱は、冷めてしまったから。

 姉から受け取ったVR機器をお弁当を入れてきた鞄に入れ、忘れ物はないか確認してから玄関で靴を履く。

 星羅がドアを開くと、姉がパタパタと裸足に薄着のままやってきて玄関まで見送りに来た。

「よろしくね!次会ったとき星羅ちゃんがめちゃんこ強くなってることを期待してるぞ!」

「私も空き時間にやるだけだから、期待しないで待っててよ」

「最初は一人じゃ大変だと思うからどこかのギルドに入るんだよ!あ、あとお母さんにもよろしく!」

 ドアを閉めると、夜の冷気に身体が震える。

 スマホを開いて時計を見れば六時過ぎ。高校生なら遅くまでの部活動をしていたとしても、もう家路に就いていておかしくない時間だ。

 本当にあの姉どうしてくれよう。そんな恨めしげな気持ちとともに、しかし星羅にはまったく違う感情が胸の奥にあった。

「ゲーム、意外と楽しかったな」

 弓道に代わるほどの熱は、まだ向けられる気はしない。

 けれど弓道への熱を失って、いろいろなものへのモチベーションを失った今の星羅にとって気晴らしくらいにはなるだろう。

 このときの星羅はそう思っていたのだけど。

 結局のところ、星羅には姉と同じ遺伝子が間違いなく入っていたのだ。今は何も気づいていないが、星羅は『Nine Worlds』の沼に嵌ることになるのである。

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