第6話新しい世界の始まり5

「じゃあ次は魔法行こう!早速説明、と言おうと思ったけど、先に見た方が早いよね!見ててね、『魔力弾』」

 そう言うと、イリアの指先に白い光が集まる。

 イリアはその指を先ほど『スラッシュ』で傷つけた木の方へ向けると、指先に集まった光が木の方へ鋭く飛んで行った。


「初級無属性魔法『魔力弾』を習得しました」


 セイラのシステムウィンドウに新たなログが流れる。ステータス画面を見ると「魔法」の欄には『魔力弾』が載っていた。

「魔法はスキルとかと違って初級、中級、上級の3つに分かれるの。ランクもないから一度覚えた魔法の効果が変わることもないよ」

 スキル、武器、防具はすべてA~Eの五つのランクがある。ランクが上昇するごとにプラス補正値の上昇、マイナス補正値の低下、新たな効果の付与などが追加されることになる。

 それらに対して、魔法にはランクがない。

 例えばスキルであればATKの数値が同じでもスキルランクによって効果は大きく変わるが、魔法は同じINTの値なら同じ威力の魔法しか発動できないことになる。

 代わりに魔法には初級、中級、上級の三種類があるが、これはスキルなどと違い一つの魔法に対する効力の変化の内容ではない。あくまでその魔法がどの程度強いか、習得が難しいか、コストが掛かるかを示す指標のようなもので、さらに言えば『ファイヤーボール』と『エクスプロージョン』が同じただの魔法だと味気ないよね、頭に初級・中級・上級ってつけると差が生まれていいんじゃない?みたいな理由でつけられているに過ぎないのだ。

 そのため魔法は一度覚えてしまえばINTなどのステータスの数値を除いて、魔法単体として効力が変化することはない。

 ひとまずおおまかに魔法について理解を示したセイラは、その前に耳にした聞き覚えのない単語に首を傾げる。

「じゃあ無属性って?さっきの一二個の属性にはなかったと思うんだけど」

 教会で聞いた属性は火、水、土、風、雷、氷、鋼、毒、光、闇、聖、邪の一二だった。当然ここに「無」は存在しない。

「無属性は一二個の属性に属さないってこと。属性の効果が付与されてないってだけで普通の魔法だよ。自分の属性ごとに習得できる魔法の相性みたいなのがあるけど、無属性は誰でも覚えられるって感じかな」

 ああ、なんだか思ったよりも簡単そうだ。

 属性は少し面倒だが、その効果がイメージと大きく乖離していることはないだろう。無属性という新たなワードも悩むような難しいものではなかった。

 これなら覚えられると思ったのも束の間、にやりとした笑みを浮かべたイリアがやれやれと上から目線のような態度でわざとらしく肩をすくめて見せる。

「あ、セイラちゃん簡単そうだとか思ってるでしょ。このゲームは魔法の方が面倒なんだよ」

 若干イラっとしたが、努めて冷静に訊ねる。

「……どういうこと?」

「なんと中級以上の魔法には詠唱があります」

「え?」

 『Nine Worlds』には全プレイヤーの中である一致した見解が存在している。それは、スキルよりも魔法の方が面倒だ、ということだ。

 初心者が最初にこのゲームを始めたときに毛嫌いすることとして、スキルは発動するために特定のモーションが存在するものがある、ということ。これができなければ人によってはレベル50にも到達する前に躓くことになるだろう。

 が、実際やってみるとそれほど難しいものではない。

 なぜなら戦闘中即効的に使うスキルは最上位プレイヤーの中でも精々一〇、多い人でも二〇はないからだ。

 しかもそのスキルのほとんどはスキルの名称を言葉にするくらいの余裕がある場面で使うスキルばかり。実際に特定モーションで行わなければならないスキルは片手の指で数えられる、なんて人も少なくない。

 しかし魔法は違う。よく使われる中級以上の魔法は詠唱があり、その詠唱をすべて覚えなければならない。

 一応ステータスの「魔法」の一覧に詠唱は載っているが、まさか戦闘中にその画面を開いて戦闘には目も向けずに魔法を唱えるわけにはいかないだろう。戦闘前の付与であったとしても毎度ウィンドウの魔法欄を開いて詠唱を確認して唱える、ではプレイヤースキルが低いものと見られて誰も戦力として欲しがらない。

 詠唱を覚えていないでは実力が上がれば上がるほど伸び悩むことになる。

「詠唱は覚えなきゃいけないからねえ。スキル名を覚えるのと魔法の詠唱を覚えるのじゃ全然違うし。でもそんなことより、詠唱は中二病文ばっかだから恥ずかしいのが一番の弊害」

 だが詠唱を覚えるくらいなら大変とは言われない。

 一番のポイント、それは多くの人にとって詠唱は短文でも恥ずかしいということだ。

「大丈夫、詠唱は強い魔法ほど長くなるけど、詠唱を覚えれば強力な武器だから!なんと言ってもスキルと違ってクールタイムがないからMPがある限り連発し放題だからね!でもお姉ちゃん魔法はこの最初に覚えられる『魔力弾』しかないから詳しくは他の人に習ってね!」

「……お姉ちゃん?」

「あ、それと後衛は前衛より遥かに魔法を使うから!だって魔法は詠唱があるせいで前衛はあんまり使えないからね!魔法は後衛に必要なのばっかだよ、頑張れセイラちゃん!」

「薄情者」

 セイラは必死に覚えた魔法の詠唱を人前で赤面しながら言う自分が脳裏を過り、思わず額に手を当てた。


「最後に、おまけ程度の知識をセイラちゃんに授けましょう」

「まだあるの……?」

「おまけだから大丈夫だって」

 セイラの頭をもういっぱいいっぱいだ。

 スキルや魔法の説明が多かったからではない。理解力はある方だし、ゲーム好きの友人の話を聞かされていたこともあったせいか初心者のセイラでもなんとなくだが把握はできた。

 けれど何よりも、密度が凄かった。

 あまりやらないゲーム、新しい世界、新しい常識。

 時計を見ればゲームを起動してからこの世界の時間で三〇分ほどしか経っていない。完全没没入型ではゲーム内の時間を現実の六倍に引き延ばすから現実時間ではまだ五分ほどしか経っていないということだ。

「疲れた?完全没入型ゲームは最初のうちは結構くるからね。そのうちセイラちゃんも慣れるよ!」

「もういいから、説明の続き」

 どうせならもうさっさと済ませてしまいたい。そんな気持ちから漏れ出た言葉だったが、親指を立てて笑顔を浮かべるイリアを見ると余計に疲れた気がした。

「じゃあセイラちゃん、ちょっとマップ開いてみて」

「マップ?」

 言われた通りシステムウィンドウからマップを開く。

 マップには一度通った場所が詳しく載っていて、それ以外は空白だらけだった。どうやら一度通った場所はマップに表示されるようになるらしい。

「もしかしてこれからこの地図を埋めるの?」

「ん?ああ、それでもいいけどマップなんてそのうち勝手に埋まるから今はいいよ。それよりもマップの右上見て」

 言われた通りマップの右上を見る。

 そこにはマップをフリックして移動させてもただ一つだけ変わらず右上に表示される文字。「ミズガルズ【始まりの森】」と記されている。

「ミズガルズ?」

 どこかで聞いた名前だ。アニメだったかなんだったか。あまりよく覚えていないが、まだ高校で始まったばかりの世界史ではやった記憶はない。

「聞いたことあるでしょ?」

「うん。でもなんだったっけ」

 セイラが首を傾げるとイリアは薄い胸を張り、短い腕を広げて大げさに言う。

「ここ『Nine Worlds』は北欧神話をモチーフにした世界なんだよ!」

「北欧神話?」

 そう言われると、なんだかミズガルズというのは神話っぽい名前だ。

「そもそも『Nine Worlds』っていうのは北欧神話にある言葉で、北欧神話上では世界は九つあるとされているんだよ」

「九つ?」

「そう。今私たちがいるのはミズガルズ。一つの世界だけでも広大なマップだけど、それが九つもあるんだよ!」

 イリアの目がキラキラしている。

 まずいな、と感じた。こういうときのイリアは話が止まらなくなる。

「最初に私たちが降り立つのは人間の国『ミズガルズ』。そしてこの世界で特定の条件を満たすと違う世界への門が開くようになるの。転移門っていうのがさっきの噴水から少し離れた場所にあってね、そこから違う世界に飛ぶことができるんだよ!それで世界が違うから風景とか全然違って場所によってはフィールドダメージとかもあって――」

「ええと、つまり?」

 話がヒートアップする前に止めるのは姉と話すときの常套手段だ。でなければ彼女の話は止められないままに三〇分でも一時間でも続くことになる。何よりどんどん説明が省かれて専門的な話になるものだから、早めに止めないと無駄な時間にしかならない。

 そんな二人のいつものやりとりだからか、イリアは話を遮られたことを気にした風もなく目をキラキラさせたまま言った。

「この世界を攻略するには北欧神話を知っておくとすっごく楽しいっていうこと!」

「へー」

「あれ、興味なし⁉」

「うん」

「そっかあ……」

 ゲームはあくまで娯楽だ、というのはセイラの考え方だ。ゲームのために本気で北欧神話の知識を得ようとするイリアとは違う。

「まあじゃあ、頭の片隅くらいには入れといてね」

「うん。それくらいなら」

「よし、これで最後の話終わり!あとは実戦をやりながら学んでいこう!ほら、これからはちゃんと楽しいぞ!」

「やっとゲームできるんだね」

 イリアの説明の長さになかなか苦労させられたが、きっとゲームの最初にイベントをやっていればこれがイリアからではなくNPCからあったということになる。もっと辟易しそうだ。

「ゲームのために知らなきゃいけないことが多すぎるよ……」

「ゲームなんてだいたいそんなもんだよ」

「私はたくさんのゲームに同時に手は出せないということは理解したかな」

「じゃあ『Nine Worlds』を極めようか!」

「極めるんじゃなくて楽しむだけだよ」

「セイラちゃんがいいならそれでもよし!でも極めたくなったらいつでもお姉ちゃんを頼ってね!まず初めはゴブリン退治から!」

「ゴブリンって北欧神話じゃなくない?」

 あれって民間伝承とかって聞いたような……

「細かいことは気にしないの!」

 北欧神話を学んでいるとより楽しめるってなんなのだろう。

 そんな気持ちを抱えつつも楽しそうにパタパタと走るイリアを見ると小さなことはどうでもよくなる。

 苦笑を浮かべた後、セイラも「待ってよお姉ちゃん」とイリアを追いかけた。




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