第5話新しい世界の始まり4

「最後の戦闘の基本は、スキルと魔法の発動の仕方!」

「そんなのがあるの?」

「ステータス画面から自分の持ってるスキル選択して発動する?一応それもできるけど」

「絶対やらない方がいいね」

 戦闘初心者のセイラでも、ステータス画面を広げている今ならわかる。

 このシステムウィンドウは大きく目の前に表示されるのが特徴だ。戦闘中にこんなものが現れたら半透明とは言え前が見にくくて仕方がない。

「まずスキル。スキルは最大二つの方法で発動するよ」

「二つ?」

「そう。一つはスキルの名称を言う。例えばこんな風に……『ワイルドディフェンス』」

 イリアの身体が黄色く光る。

「セイラちゃんちょっと私のこと殴って見て」

「な、殴る?」

「いいからいいから」

 言われてセイラは恐る恐るイリアを殴る。殴り慣れていないセイラの拳は猫と比べても弱々しいと感じるほどにへなちょこだった。

 ぱす、とイリアの胸にセイラの拳が当たる。

 セイラもさすがにこれは弱すぎたと思うほどに弱い拳だったが、途端にセイラはそんなことが考えられなくなっていた。

 身体が大きく後ろに吹き飛んだのだ。

 最初にこのゲームに降り立った時以来、本日二度目の尻もちをつく。

「え、え?何これ?」

「これが『ワイルドディフェンス』の効果。相手にノックバック効果、つまりは相手を後ろに吹き飛ばして数秒間動けなくする効果を持つ防御スキル。お姉ちゃん『ワイルドディフェンス』はAランクだから、セイラちゃん結構吹き飛んだね」

 イリアが『ワイルドディフェンス』と言葉にすると身体が黄色く光った。これがスキルを使用している合図だ。そしてその状態のイリアに攻撃をしたためセイラはスキルの効果を受け大きく吹き飛んだ。

 セイラが呆然としていると光っていたイリアの身体がもとに戻る。スキルの効果時間を終えたのだ。

「スキルはこうやって言葉にすると発動する。これが基本。二つ目は特定の行動をとること」

 セイラが尻もちをついたままぼーっとしている間にもイリアの説明は続く。

 次にイリアは自身に盾を装備した。身体を覆い隠せるほど大きな武骨な盾だ。

 それを自身の身体の部分が覆い隠れるように持つと、「ほらセイラちゃんもう一回!」と元気よくセイラを呼ぶ。

 立ち上がって下がった分だけもとの位置に戻り、セイラはさっきより強めに拳を突き出した。

 それに合わせてイリアは身体を盾と一緒に押し出すようにしてセイラの拳に合わせる。

「うわっ」

 するとさっきとは違いイリアは何も言っていないのに、セイラは身体を大きく後ろに吹き飛ばされた。本日三度目の尻もちだ。

「言葉にすると間に合わないときは、こうやって特定の行動モーションを取ることで発動するスキルもあるよ。ワイルドディフェンスの発動条件は、『盾を構えた状態で相手の攻撃に合わせてタイミングよく盾を押し出す』こと。これで言葉にしたときと同じような効果が得られるんだよ。このときスキル発動の合図みたいなものが頭の中に浮かぶから、誤爆したときにはそれを頭の中で拒否すればいい。そうするとスキルの発動もキャンセルされるよ」

 最近の完全没入フルダイブ型というのはここまで凝ったゲーム仕様なのか。セイラは予想外のゲームの凝り具合に唖然とする。

 言葉にすれば発動するというのはセイラもゲームを題材にした物語でも目にすることがあるが、特定の行動までスキルの発動条件となるのはかなり珍しい。しかもそれが現実の仕様としてあるのだから驚きだ。

「スキルにはクールタイムがあって、戦いの中での発動のタイミングがすっごく重要になってくるからね。スキルはむやみやたらと発動しないことが大事。でも必要なときにはどんな切り札でも温存せずにちゃんと使う。これが最初のうちは難しいから頑張ろう!」

 イリアが拳を突き上げる。

 スキルの発動の仕方。タイミング。

 覚えることが多そうだ。同じスキルを覚えている人でもプレイヤースキルで実力は簡単に差ができてしまうだろう。

「じゃあセイラちゃんも実践!」

「え、私まだスキルなんて覚えてない――」

「ちょっと見てて」

 セイラのウィンドウのスキル欄はまだ何も書かれていなかった。スキル取得に必要なRPだって0だ。

 しかしイリアがセイラの言葉を制止して今度は剣を二本取り出す。そして片方をセイラに渡すと、セイラから少し離れてスキルを発動した。

「『スラッシュ』」

 イリアの持つ剣が黄色く光る。そのままイリアが横薙ぎに剣を振ると、剣から斬撃のようなものが飛び、イリアの三メートルほど先にある木の幹に深い傷をつけた。

「どう?」

「どうって?」

 イリアの言葉にセイラが首を傾げると、次の瞬間イリアのシステムウィンドウに新たなログが表示される。


「スキル『スラッシュ』を習得しました」


「え?」

 イリアの話では、スキルはRPを支払わなければ覚えられない仕様だ。しかしセイラはRPを支払っていないどころかRPを持ってすらいない。システムウィンドウのログが目に入るが、セイラがRPを取得したようなログはなかった。

「最初のイベントをスキップしたでしょ?『スラッシュ』はそのとき覚えられるスキルなんだよね。初心者がなんのスキルもないのはさすがに駄目だから、スキル『スラッシュ』と無属性魔法『魔力弾』はRPを支払わずに見るだけで覚えられる仕様になってるんだよ」

「なんだそういうことか……びっくりした」

 友達の話では、ゲームにはチーターなる者がいるという。ゲームに不正なツールを使って強くなろうとする輩だ。

 まさかと、一瞬姉がそんなものを使ったのかと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。

「どうしたの?」

「いや、お姉ちゃんが不正ツールでも使ったのかと思って」

 そう言うとセイラの心配とは逆にイリアはからからと笑う。あまりに可笑しかったのか、腹まで抱え出す次第だ。

「『Nine Worlds』に不正ツール使うプレイヤーはいないよ」

「どういうこと?」

「『Nine Worlds』というか、完全没入型のゲーム全部に言えることだけど、完全に個人情報がゲームの中に記録されちゃうから簡単に永久バンを食らっちゃうんだよ」

「ああ」

 そう言えば最初に身体データ思いっきり取られてたな、なんて思いだす。

 完全没入型のゲーム発売当初はこの個人情報を取られるということに危惧した人々が多かったが、それらも国の法律による厳正な個人情報保護によって今は多くの人が抵抗なくゲームをプレイしている。

 むしろチーターがいないゲームとして、今は完全没入型がすべてのゲーマーに重宝されている時代だ。

「はいじゃあセイラちゃんも実践!」

 カンカン、と剣で地面を軽く叩き、イリアが持っている剣を使うように促す。

 持ち上げようとすると見た目より重たいそれはイリアのように片手で持つことができず、また両手で持っても剣の刀身は柄の高さより上がらない。

「え、ええと…『スラッシュ』!」

 そしてそのまま引けた腰でスキル名を口にしながら剣を横に振る。

 腰の引けた女の子が両手で握ったへなちょこな剣。誰でも止められそうなその剣から、しかし放たれたのは鋭い刃だ。

「おお……」

 結果は一目瞭然。

 イリアのように幹に深い傷をつけるまでは至らなかったが、間違いなく対象とした木の幹には真一文字の傷ができていた。

「スキルランクを上げれば飛距離も伸びるよ。威力はATKの数値次第だね」

「これ、まだまだ威力が上がるってこと?」

 絶対危険だ。そういうゲームなのは理解しているが、レベル1のセイラの斬撃で木の幹に傷をつけられたのでは、姉のような最上位プレイヤーはどうなるかわからない。

「威力は上がるし、『スラッシュ』は初期スキルだから他のスキルよりも控えめだね。もっと強力なスキルはたくさんある」

「それほとんど一撃で死んじゃうんじゃ……」

「そこは防御系のステータス次第だよ。お姉ちゃんの場合だと、セイラちゃんのステータスじゃ『スラッシュ』なんて何もしなくても1ダメージしか負わないし」

「うわあ……」

 セイラが姉の領域に立つのは随分と遠くのようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る