第3話新しい世界の始まり2
頭を掻きながら大斧を担いだ大柄なプレイヤーが出てきたのを尻目に、セイラたちは神殿へと入る。
彼は二人を一瞥すると、軽くお辞儀するセイラに何ら反応を見せることなく不機嫌そうな顔で神殿を後にした。
「え、ここでいいの?今の人絶対初心者じゃなかったけど」
「ああ、神殿は死んだプレイヤーの復活ポイントでもあるんだよ。右が復活ポイント、左は初心者が最初に行く場所」
よく見ると右側からは凄そうなプレイヤーが次々と出てくる。
厳つい鎧を着た人、装飾の華美なローブを着た人、忍みたいな人。
そんないかにも強そうな彼ら彼女らがベッドのような形をした乳白色の石の上から光とともに出現し、あまり浮かない顔を見せながらとぼとぼ去っていく。
あまりいいことがあったとは思えない様子だ。それこそ、力及ばず何かに負けてしまったような。
彼らはゲーム内での死、すなわち敗北を味わったということなのだろう。
自分も将来経験することになるのか。そんなことを考えれば彼らに憐憫の眼差しを向けることはできない。
まだ起こってもいない未来を想像して少し憂鬱な気分になれば、足幅が小さくなってしまっていた。余計なことを考えても仕方がない。
慌てて姉の影を追うように左側を見れば、そこには姉以外に女性が一人――Non Player Character、NPCだ。白い修道服を着て簡素な椅子の上に目を瞑って座っている。
姉が先駆けてNPCの前まで行ったが、反応はない。目を瞑ったままだ。
姉は「おお」と感心したようにNPCの目の前で手を振っていた。
「やっぱり
「少し目を離した隙に何やってんのお姉ちゃん」
「興味本位」
「変なことしないで」
セイラたちのいる左側に来る人は現在いないとは言え、右側の復活ポイントからもこちらが見えるのだ。あまり変なことをやられて目立ってほしくない。
「じゃあセイラちゃんヴォルヴァから属性貰っちゃって」
「ヴォルヴァ?」
「彼女の名前。正確には職業だけど」
姉が下がり、セイラは言われるがまま女性の前に行くと、姉が何をやってもびくともしなかった女性が目を開いた。
NPCとは思えない優しい眼差しに思わず心臓が跳ねる。
女性は聖母のごとき柔らかな微笑みと澄み声を携えていた。
「初めまして、私はヴォルヴァ。預言を使用し、貴女にぴったりの属性を付与させていただきます」
「属性?」
タイミングが良かったのか、セイラが訊き返すのに合わせて属性の説明が始まる。
「属性とはこの世界『Nine Worlds』に生まれ落ちたプレイヤーが必ず持つもので、あなたの使う魔法やスキル、アイテムに効果を与えます。属性は『Nine Worlds』に生まれ落ちたときに一つ、レベル100以降になったときに最大でもう一つ取得することが可能です。こちらをご覧ください」
ヴォルヴァが手を差し出すとウィンドウが表示され、その中に属性名が表示される。
「属性は全部で12存在します。火、水、土、風、雷、氷、鋼、毒、光、闇、聖、邪です。それぞれの効果は属性の文字をタップしてご覧ください」
12の属性。初めてやるゲームには少し多い量だ。
どれだけ人間味溢れる聖母のような女性でもヴォルヴァはNPC、属性を表示するウィンドウと彼女との間を視線が行ったり来たりしても返答は帰ってこない。
「お、お姉ちゃん……」とセイラは後ろを振り返る。
「どういうプレイをしたいかによるよ。近接か遠距離か、攻めか守りか、自分が起点に動くか、仲間をサポートするか。属性によって合ったプレイスタイルっていうのは違うの。どういうのがいい?」
突然どういうのがいいと訊かれても。
頭を抱えたくなる気持ちを抑え、姉の言葉を一つずつ解決していくことにする。セイラは割と合理的に動きたい性分だ。
現実の星羅は学校もあり、それほどこのゲームに従事できないだろう。ましてこのゲームは発売されてから二年も経っているらしい。
こんな状態で誰にも負けない強いプレイヤーになろうとは思わない。気分的にも合理的にもガチプレイは考えなくていい。そこは前提だ。
まず近接か遠距離か。
弓を引くことだけに生きてきたため運動神経こそ悪くないものの、近接戦闘なんて慌ててろくにできないことは容易に予想がつく。
目もいいし、遠距離の方がいいか。でも余裕があれば近接武器も手にとってみたい。
次に攻めと守り。
ちょっと怖いから、後ろからチクチクできるなら攻めがいい。でも仮にそれができたとして、攻め一辺倒もなんか違う気がする。いったん保留。
自分が起点になるか、サポートに回るか。
圧倒的サポート。迷うことなくサポートだ。自分が攻めの起点になるなんて無理。
「とりあえず遠距離サポート、攻めと守りはバランスよくって感じかな」
「なら光属性はどう?」
「光?」
姉に言われて光属性をタップする。
説明は次の通り。
光:サポート系の魔法、スキルが豊富。闇属性のスキル、魔法に有利な攻撃を持つ。
「このゲームってサポーターになるプレイヤーが少なくてね、特に最初から後方支援で行くって決めてる人は少ないから、光属性ってだけで重宝されやすいよ」
それに……と姉が何か言いかけてやめる。
どうしたの?と訊ねるも、なんでもないと笑う姉は言いかけたことを話す気がないようだ。
「うん。じゃあ光属性で」
姉が口を閉ざして誤魔化したことは気になったが、悪いようにしているというわけでもないだろう。
光属性のボタンを押し、決定を押す。
「光属性でよろしいですか?」
とヴォルヴァに訊ねられ、ウィンドウに「はい」と「いいえ」が表示される。
セイラは姉を信じ、「はい」を選択。
「それでは新たなプレイヤーであるセイラ様に光属性を授けます。どうぞ、『Nine Worlds』の世界をお楽しみください」
ヴォルヴァの前に小さな光が灯る。
それがセイラの中に入っていき、「セイラは光属性を手に入れた」というウィンドウが表示された。
***
教会で属性を手に入れたセイラは、「それじゃあレッツゴー!」と説明もなしに歩きだす姉についていくまま、街の外壁を通り抜け、大きな森へ入る。
そのまましばらくはハイキングに行く子供みたいに手を振りながら歩く姉に言葉もなく追従していたが、どうしても目につく表示が気になって声をかけた。
「お姉ちゃん、次のクエスト?があるんだけど……」
画面端には相変わらず小さく「!」がでていて、ウィンドウのクエスト欄を開くと『街のNPCに話しかけろ!』という新たなクエストが出現している。
「それは気にしなくていいよ~。必須クエストじゃないし」
「え、でも初心者はやったほうがいいやつなんじゃ」
「お姉ちゃんがいるから大丈夫なのだよ」
姉が平たい胸を思いっきり張る。
曰く、誰でもいいから街のNPCに話しかけると簡単なお使いが頼まれて、その報酬にポーションなどのアイテムが貰える、というものらしい。
「でもそのお使いクエストって本当に初心者に必要最低限のアイテムしかもらえないしその割には意外と時間食うんだよね。初心者のための情報も無駄に詳しく言うから逆に頭こんがらがるし。だから親しい間柄の人が始めるときは経験者がいくらかアイテム譲渡してこのゲームの説明を軽くしたらイベントスキップしちゃう方が賢いの」
「別に焦って強くなろうとか思ってないからいろんなイベント体験してみたかったんだけど」
「時間食う、つまらない、報酬少ないの三点揃いで割に合わないからいいの。そもそも『Nine Worlds』はNPCとのイベントが面白くないのばっかだから」
「それ言っちゃっていいの……」
「その代わり他が面白いのだよ!」
ウィンドウを開いてアイテムの欄を見る。
さっき姉にもらったポーションD100個、解毒薬D20個、転移結晶5個、装備アイテムとして魔法の杖D、魔法のローブD、魔法の靴Dが身につけられていた。
「お姉ちゃん、このDとかって何?」
「ああ、それはランク。武器、防具、回復、スキルは基本的にA~Eの五段階にランクがあるの。だいたいレベル30くらいまではポーションDでほぼ全快するよ」
「じゃあ転移結晶だけランクがないのは?」
「それは上位の効果を持たないから。転移結晶は自分が最後に行った街に一瞬で転移するアイテム。モンスターと戦闘状態にあるときは使えないけどね」
「すぐに街に戻るときにいいってこと?」
「それもあるけど、一番はPK対策かな。特に普通のPKならまだいいんだけど、悪質な規約違反ギリギリのPKとかこのゲームにもあるんだよねえ。だから転移結晶はいつになっても必須常備アイテムなの。かなり高価だから便利に街に戻りたい!みたいな使い方はほとんどしないかなあ」
そんな高価なアイテムをぽんと初心者の妹に渡している姉は、いったいこのゲームをどれほどやりこんでいるのだろうか。
セイラがぼんやりとしていると思いだしたように「あ、インベントリに入れておくのはダメだよ。出すのに時間かかっちゃったらPK対策にならないからちゃんと身に着けておくように」と追加の注意を受け、インベントリから転移結晶を一つ取り出しローブについてきた小さなウエストポーチに一つ入れておく。
インベントリに入れておくのがよくないならポーションの類もそうだろうと幾つかポーチに入れると、「偉い!」と姉に褒められた。思わず顔が熱くなる。
「セイラちゃんは頭いいなあ」
「お姉ちゃんの方が地頭はいいでしょ」
「お姉ちゃんはただの超天才、セイラちゃんは努力のできる天才だよ。つまり、セイラちゃんの方が長期的には凄い人になる可能性が高い!」
「ゲームへの努力が半端じゃない人が何言ってんだか」
ゲーム、というか正確には『Nine Worlds』への努力だが、一日の半分をゲームに費やすというのは好きだけでは到底なし得られることではない。高価な転移結晶をポンと渡せることから考えても生半可な実力ではないだろう。
セイラの言わんとしたことを察したのか、姉は薄い胸を張って鼻高々に言う。
「確かに、お姉ちゃんはこのゲームの最上位プレイヤーだからね!」
「あー、はいはい」
「ちょっと!最上位プレイヤーはレベル800以上っていう風に言われてるんだから!凄く珍しいんだよ!お姉ちゃんの偉大さを感じてよ!」
「ゲームで偉大さを感じてもなあ」
別にセイラはゲームだから、という風に侮っているわけではないが、姉のゲームの上手さを尊敬しろと言われても難しい。
セイラの中の姉というのは、尊敬の対象というよりなんでもできる凄い人でしかないのだ。そもそもゲームの世界にあまり詳しくないため凄さがわからないというのもある。
――昔の弓の名手ならわかるけど。
とこんな調子である。
ちなみに『Nine Worlds』のレベルは最大999で、レベルカンストしている人はほとんどいない。レベル800に到達しているだけで『Nine Worlds』内の99%以上のプレイヤーには勝てると言っても過言ではないほど強いので、実際に最上位プレイヤーを名乗れる人はリアルの時間のほとんど費やすほどにこのゲームに熱中しているのだ。
ゲーマーからしたら尊敬の対象だし、ゲームは所詮現実じゃないと思っている人からしたらちょっと引くレベルのプレイヤーという認識が的を射ているだろうか。
「もういいよ!どうせセイラちゃんもこのゲームにはまったらお姉ちゃんの偉大さに気づくんだもんね!そのときになったらお姉ちゃんの凄いギルドメンバーたちを紹介してあげるよ!」
「そのときになって後悔しても知らない、じゃないんだ」
姉はなんだかんだ妹に優しいようだ。
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