第2話新しい世界の始まり1

 完全没入フルダイブ型のVR機器はいくつかのパーツに分かれている。

 まず脳波に作用するためサングラスのように視界を覆うヘッドパーツ。

 脊髄への反射を制御するためシップのように張り付けるネックパーツ。

 頭から離れたところを正確に計測できるように両手首から手まで手袋のように覆うハンドパーツ。

 脹脛ふくらはぎから下の両脚を覆うレッグパーツ。

 これらを身体に装着し、ベッドの上に寝転がる。

 隣では姉が既にだらしない顔で眠っていた。準備をさっさと終え、もうゲームの世界へ入っているのだ。

 あまり待たせるわけにもいかない。完全没入型ゲームは最新の技術を使いゲーム内の体感時間を六倍にも引き上げていると聞く。

 星羅はヘッドパーツにあるボタンを押し、力を抜く。

『プレイヤーデータを取得中、少々お待ちください。……完了しました。ダウンロードフォルダに1つのゲームが存在します。起動しますか?』

 目の前に「はい」と「いいえ」の選択肢が現れる。「1つ」ということは姉が言っていたのはこのゲームなのだろう。

「『Nine Worlds』?」

 ありきたりな感じのゲームの名前だ。

 ――ま、変な名前のゲームよりかはマシか。

 「はい」を選択すると「NOW LORDING」が表示され、お馴染みのアイコンがぐるぐると回る。

 どれくらいかかるだろうか、と思っていた矢先、意外にも早く視界が明るくなった。

 そして明確な変化があった。さっきまで感じられなかった肉体がゲームの中に存在していたのだ。

 ――これが完全没入型……

 手をグーパーすると自分の少し小さめの手が現実と寸分変わらないようにグーパーする。

 しばらく手を動かして初めての完全没入型に感動していると、目の前に突然大きな鏡が現れ星羅を映しだした。

 鏡の中の自分は現実の星羅そのままだ。ただ鏡の中の星羅は簡素な白のローブを身につけている。

『パンパカパーン!ようこそ『Nine Worlds』の世界へ!『Nine Worlds』はGB社で発売された最新完全没入型VRMMOゲーム!最新鋭の技術を数々用い、様々な武器、スキル、魔法を駆使し、モンスターやプレイヤーと戦うことができるのです!

 しかし『Nine Worlds』の魅力はそれだけではありません。


 このゲームのコンセプトは「個性を重んじる自由なゲームプレイ」!


 それぞれが自分の信じる道を進み、自分が最もやりたいプレイをすることができる、というのが魅力となっております。

 魔法やスキルを駆使して最強を目指すも良し!

 錬成を習得して理想の武器を作るも良し!

 喫茶店を経営してカフェの店主となるも良し!

 情報屋となって情報の売買で名を挙げるも良し!

 プレイの仕方は一つじゃない、人の数だけ違ったプレイの仕方がある。それこそ当ゲーム、『Nine Worlds』なのです!是非あなたもそんな自分らしい自由なプレイを楽しんでください!』

 突然鳴り出したファンタジックな音楽とともに機械的だが明るい男性の声。

 音楽に合わせてくす玉が割れていたようで、上からはパラパラと中身が零れ落ち、地面に触れる前に消えていく。

 星羅が驚き硬直していると、男性の声はやや時間をおいて説明を続ける。

『『Nine Worlds』を始めるにあたってまず始めに、ここではあなたのキャラクターメイキングをすることができます。髪型、髪色、身長体型に至るまで、自由に自分をメイキングしてください。ただし『Nine Worlds』は現実への影響も鑑みて現実との大きな乖離を推奨していません。設定上、現実から必要以上の変更をする場合制限する可能性がございますのでご了承ください』

 男性の説明が終わるとシステムウィンドウが目の前に現れる。どうやら容姿変更はここで行うらしい。

「いや説明早すぎでしょ」

 正直今からキャラクターメイキングをする以外あまり聞けていない。

 不親切設計にため息を吐きつつ――実はログを確認できるのだが――、キャラクターメイキング画面の操作を始める。

「あ、結構細かく変えられるんだ」

 項目ごとにそれぞれ分かれており、目、鼻、口、耳、様々なパーツが事細かに変更可能だった。胸まで変えられるというのは驚きだ。果たしてどんな意味があるのやら。

 ――まあ別にいいかな。

 星羅は弓道界を除けば有名人でもなんでもない。身バレを考慮する必要はない。

 容姿もそこそこいい自信はある。わざわざ隠したいようなコンプレックスもない。

 どこも変更をせずに決定ボタンを押す。

 次にプレイヤー名を入力する欄が表示され、星羅は何も迷わず「セイラ」と入力した。

 さらに現れた確認ボタンも迷わず押す。特に大きな変更もなかったのだし確認する必要もない。

 その他利用規約への同意などいくつかのボタンが現れたがすべて軽く読み流しOK。

 良し、これでゲームが始められるだろう、そう安心して物珍しさに部屋の中を見回していると、システムウィンドウが消え、音楽が消えるとともに世界が解けて目まぐるしく変化した。

「え、え、」

 ぐるぐると回る世界。

 完全没入型VRMMOに慣れている人間ならそこまで慌てることはなかっただろう。しかしセイラにとっては初めての経験だ、思わずバタバタと手足をばたつかせ尻もちをついてしまう。

「痛ったあ。……うわあ、凄い」

 衝撃に備えてぎゅっと瞑った目。

 思ったよりも痛くないお尻の衝撃の後に目を開くと、そこには街があった。ファンタジー世界らしい西洋風の家々が並んでいて、目の前には大きな噴水がある。

 この噴水が『Nine Worlds』を初めてプレイする人が現れる場所だ。待ち合わせ場所によく使われる噴水のため数々のプレイヤーがこの場所を行き来している。

 想像以上にたくさんのプレイヤーと綺麗な街並みに自然と顔が綻ぶ。

「おっ、やっと来たね。やっほー」

 立ち上がって初めて見るRPG風な街の風景を「初心者です」と言わんばかりに見回していると、少し低い位置から女児みたいな声が聞こえた。当然それはセイラのよく知っている人間のものだ。

「お姉ちゃん?」

 視界に入ったのは、少し違和感はあるがよく見る姉の姿。

 しかし声を掛けたのとは反対に、姉はすぐに何かを操作する動きを見せる。何かを確認しているようだ。

「あれ、名前セイラで良かったの?」

「? うん」

 姉が確認しているのはセイラのPN(プレイヤーネーム)。『Nine Worlds』はフレンドにならないと相手のPNが見えないようになっているが、予め招待コードでこのゲームにセイラを入れた姉は、セイラのPNが確認できる。

 ゲームの世界では本名を呼ばないのは礼儀であるため星羅のことはPNで呼ぼうとしていたのだが、PNもまたセイラだった。

「ま、いいか」

「?」

 まさかPNが本名だとは誰も思わないだろう。

 そんな一瞬思索に耽っている姉を見て、じとっとした目を向けるセイラ。それは自分を放置して考え事をしていたことに対するものでもあったが何より――

「ねえお姉ちゃん」

「何?」

「なんで現実よりも小さいの?」

「それがこのゲームに来てお姉ちゃんに聞きたい最初のことかあ」

 セイラは意外にもこのゲームに入った瞬間に世界観というものが気に入った。グラフィックが綺麗だったし、肌の感じ方も現実に酷似している。

 唯一最初に感じたお尻の衝撃だけ小さかったのは、完全没入型によく言われるゲーム内の痛みを抑えるシステムだ。

 そんなセイラにとっての初めての世界は、姉の我儘に振り回されるだけのゲームではないような気がしてわくわくを感じ始めていたのだ。

 だがしかし、そんなことよりも何よりも気になることがあった。

 自分の姉の身長が現実よりも小さくなっていた。現実の身長が145に届かないくらいで、今はさらにマイナス5センチほどされている。よく見たらただでさえ童顔がさらに童顔になっているような気もする。

「いやあ、完全没入型って大きく容姿を変更できないからさ。大人っぽくなれないならいっそ幼女ポジ目指そうかと思って。意外とおじさんたちが優しくしてくれて得してます」

「お姉ちゃん……」

 しかも和装ロリというあたりが刺激的だ。黒髪に合う黒の着物がロリコンどもを喚起させること間違いなし。しかも微妙に気崩しているのが和装ロリとしてのポイント高い。

 星羅の知っている姉は意外と計算高いところもある。本人が幼女に似合うひらひらとした可愛らしい衣装を気に入っているのもあるだろうが、幼女の見た目はいろいろな役得をもたらすとわかっていてやっているのだろう。

 じと目を向け続けるセイラの圧に耐えかねたのか、姉は視線をそっぽにやりわざとらしく話題を変える。

「そ、そうそう。とりあえず神殿行こっか!システムウィンドウに『神殿に行け!』って書いてあるでしょ⁉」

 姉に言われて視界端についている「!」を選択してシステムウィンドウを開くと、「クエスト」のところに姉の言う通り『神殿に行け!』と書いてあった。ご丁寧に道順を示した地図も表示されている。

「ここは必須イベントだからね。神殿で属性を決めなきゃだから」

「属性?」

「まあ行ってみたらわかるって、ほら!」

「あ、ちょっと待って」

 姉がパタパタと先を駆けだす。

 行き交う人々をするすると避けていく姉を追いかけ、セイラは謝りながら神殿へと駆けた。

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