第6話 カラスも恩返しをするらしい


 自室として運び込まれた部屋には、子ども部屋のような装飾がされていた。

 可愛らしい絵の描かれた壁紙に囲まれた部屋の中には、いくつもの丸っこいぬいぐるみが置かれている。


「クレア様は幼児ではないと何度もお伝えしたのですが」


 部屋の装飾を見たリアさんが大きな溜息をついた。


 そういえば先程もシリウス様は私に向かって「幼児は寝る時間だ」と言っていた。

 死神であるシリウス様にとって、私は幼児に見えるのだろうか。


「シリウス様はどこかズレているのです。悪い人ではないのですが」


 リアさんが私に夜間着を着せつつ謝った。


「悪い人ではないのは何となく分かりました。まさかこんな歓迎会をして頂けるとは思いもしませんでしたから」


「もちろんクレア様の歓迎会ではありますが、クレア様に対するお礼も兼ねているのです」


「お礼、ですか?」


 お礼をされるようなことをした覚えはない、と不思議そうにする私の手をリアさんが握った。


「今朝、リアを助けてくれたではありませんか」


「でもそのときのお礼は、すでにリアさんがしてくれましたよ」


「使用人が助けられたら主人からも礼をするべき……というのは口実で、シリウス様は単に嬉しかったのだと思います」


「嬉しかったとは、何がですか?」


「この城に来たいと言った人間は、クレア様が初めてでしたから」


 それはそうだろう。

 私だって恵まれた環境で暮らしていたなら、わざわざ死神の城に行きたいなんて思わない。


「リアも嬉しいです。命の恩人には、もっともっとお礼がしたいのです」


 リアさんは握った私の手をぶんぶんと振りながら、曇りなき眼でそんなことを言ってきた。


「命の恩人は大袈裟ですよ」


「リアはクレア様に命を救われたのです。あのままあそこにいたら、いずれ野犬に食われるか餓死していたのです」


 ただ薪を退かしただけでここまで感謝されるとは思わなかった。義理堅すぎる。

 というか、もしかして。


「シリウス様が私に声をかけてくれたのは、リアさんがそうするように進言してくれたからですか?」


「はい。リアを助けてくれたクレア様を、今度はリアが助けたかったのです」


 私が侯爵家から逃げられたのはリアさんのおかげだったのか。

 お礼を言われるどころか、私の方こそお礼をしなければならない。


「本当にありがとうございました」


「何の話ですか?」


「リアさんがシリウス様に進言してくれたから、私は……」


「大変、もうこんな時間です。お話は明日にして、今日はもう寝ましょうね」


 リアさんが唐突に会話を打ち切り、夜間着に着替えさせた私をベッドへと誘導した。


「一人で寝られますか? 子守歌が必要でしたらリアが」


「リアさんまで子ども扱いして。一人で寝られますよ」


 私がぷうっと頬を膨らませると、リアさんは優しく微笑みながら部屋を出て行った。




「もう行った……よね?」


 ひとり部屋に残された私は、ベッドの上で飛び跳ねた。


 やわらかーい。弾む。ふかふかー。

 こんなベッドで眠れる日が来るなんて!


「でも、死神のペットって何をすればいいんだろう」


 明日から何をすべきか考えてみたが、死神のペットだった人の話なんて聞いたことがないから、想像もつかない。


「うーん…………まあ、明日になれば分かるか」


 考えても答えが出なかったので、とりあえず今はふかふかのベッドの上で転げまわることにした。

 そしてベッドの脇に置かれていた、丸くてころころとしたぬいぐるみを抱き締めながら、ぬいぐるみに話しかける。


「シリウス様っていつもあんな感じなんですか?」


 当然ながらぬいぐるみが返事をすることはない。

 だから私だけが次々に話しかける。


「リアさんは優しくて……あっ、狼の使用人さんの名前を聞くのを忘れました。今度聞かないと……ちゃんと覚えにゃいと……これからここで暮らすんにゃかりゃ……」


 話しているうちに、眠気でだんだん呂律が怪しくなってきた。

 いろいろありすぎる一日だったが、今日はいい夢が見られそうだ。

 疲労の溜まっていた私は、満腹なこともあり、柔らかなベッドの中で泥のように眠った。




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