第5話 ほかほかご飯とふかふかベッド
「おいし……おいしい!」
生まれて初めて食べるご馳走に、私はすぐに夢中になった。
テーブルマナーなどまるでなっていなかっただろうが、注意をされなかったため、そのまま食べ続けた。
肉も野菜も、どれを食べても美味しい。口の中で祭りが開催されている。
「気に入ったのならよかった」
顔をあげると、死神さんことシリウス様が、これでもかと料理を頬張る私を満足そうに眺めていた。
「あっ、すみません。テーブルマナーが」
「今日はそなたのための宴だ。好きなように食べるといい」
上機嫌なシリウス様の許しを得た私は、ご馳走の織り成すハーモニーを楽しんだ。
先程は生贄にする気かという問いに笑っていたが、こんなに豪勢な食事が出されるということは、やっぱりこれが最後の晩餐なのかもしれない。
その考えも手伝って、私は次から次へとご馳走に手を付けた。
ご馳走を食べても食べなくても殺されるのなら、食べた方が良い。
食べないことで、後で無理やり毒を飲まされるのなら、ご馳走に盛られた毒をご飯とともに美味しく摂取した方が良い。
そう覚悟してご馳走を食べ始めたものの、一向に身体に変化は現れなかった。
それならもう一口、もう一口、とご馳走たちはどんどん口の中へと吸い込まれていった。
「ディナーも終わったことだし、真面目な話をしようと思うのだが」
デザートまでペロリと平らげた私に向かって、シリウス様が微笑んだ。
「はい! すみません、食事に夢中になってしまって」
もしかすると彼は食事の最中にするはずだった話を、私がご馳走に夢中なせいで控えていたのかもしれない。それほどまでに私はご馳走しか目に入っていなかったのか。
急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「気にするな。面白いものが見られて余は満足しているぞ」
確かにこれでもかとご馳走を食べ続ける女性など滅多に見られるものではない。特に上位貴族はそんなはしたない真似はしないだろう。
「さて、真面目な話をしよう……と思ったのだが」
シリウス様はホールに設置されている時計を見上げた。つられて私も見上げる。時計は午後十一時を指していた。
「幼児はもう寝る時間だな。今思えばディナーもやめて先に寝させるべきだった」
これに私は首を大きく振った。
あんなにも美味しいご馳走をお預けされていたかもしれないなんて、そんなことは我慢できない。
「そんなにディナーが気に入ったとは。これからも手が抜けんな」
「はい。料理人の方にとても美味しかったとお伝えください。きっと王宮のお抱え料理人にも勝てる腕をお持ちですよ。私は王宮の料理なんて食べたことありませんけど」
「それはどうも」
「…………はい?」
私が首を傾げると、シリウス様が私と同角度に首を傾けて目線を合わせてくる。
「料理人の方にお礼を……」
「余だ」
「え?」
「余が作っている」
「城での料理を、城の主が作っているのですか?」
「そう言っている」
理解の外の言葉に、傾けた首を元に戻すタイミングを失ってしまった。
「料理がご趣味なんですか?」
「別に」
「では今日だけ特別に?」
「いつもだ」
趣味でもないのに主が料理を作っている? 使用人がいるのに?
「一体どうして」
「余が作るのが、一番早く、一番上手い」
「でもシリウス様は城の主なんですよね?」
「人間たちの間では、城の主が料理を作ってはいけないという掟でもあるのか?」
え。どうだろう。
そんなこと考えたこともなかったから分からない。
「ちなみにその服も余が作っている。仕立て屋よりも早く上手いゆえ」
「このドレスを、ですか!?」
「そうだ」
今私が着ているドレスは、美しいシルエットで、きらびやかで、きっと舞踏会に着て行ったら注目されること間違いなしの高級そうなドレスだ。
てっきり有名デザイナーが作ったものだと思っていたのだが、こんなにも素晴らしいドレスを、あの死神さんが作った!?
あらゆる分野に才能が有りすぎる。
「すごいです。こんなに綺麗なドレス……うぷっ」
ドレスを褒めようとしたところで、突然の吐き気が襲ってきた。
「どうした?」
「ドレスって……着ると食事が困難になるものだったんですね……知らなくて、食べすぎ……うぷっ。あと、身体が、突然のご馳走に驚いて……んぐっ」
「リア、早急に幼児を部屋に連れて行き、ドレスを脱がせるように。水も用意してやれ」
「かしこまりました」
「む、無念……」
私はリアさんに抱えられつつ、部屋へと運び込まれた。
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