第4話 その名は、シリウス様
「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げたらいいか」
すべての傷に回復薬をかけてもらった私は、男に何度も頭を下げた。
こんなに即効性のある回復薬は初めて見た。きっと高級な回復薬なのだろう。
「構わん。それよりもまずはシャワーを浴びるといい。話はそれからだ」
言われて思い出した。森まで全力で走ったために、私は大量の汗をかいていたのだ。さらに転んだことで泥まみれでもあった。
「ありがとうございま……ひゃっ!?」
いきなり男が私の身体を抱え上げた。
お姫様抱っこ……ではなく、俵を担ぐような担ぎ方で。
「あの、自力で歩けます。怪我も治して頂いたので」
「その靴で歩かれると城が汚れる。掃除は面倒だ」
「それは……その通りですね」
男はシャワールームまで来ると、私を床に降ろした。
そして懐から取り出した杖をバスタブに向かって振ると、バスタブが綺麗なお湯で満たされた。湯からは湯気が上がっている。
「リア、この娘の世話を頼む」
「かしこまりました」
男が告げると、いつの間にか近くに控えていた使用人が私に近付いてきた。
リアと呼ばれた使用人は、黒髪をおさげにした、私と同い年か少し年上くらいの少女だ。
「リアはこれからお前に付ける。何かあったら彼女に伝えるといい」
伝えることだけ伝えると、男はさっさとシャワールームから出ていってしまった。
「えっと……よろしくお願いします」
「こちらこそです、クレア様」
彼女は私のお世話係……なのだろうか。
私はペットだから、飼育係?
「さあ服を脱ぐのです」
「あ、はい……」
まさかこんな待遇を受けるとは思っていなかったので、どう接していいのか分からない。
野良猫に宿を貸す程度に扱われるとばかり思っていたのに。
「では、お身体を洗わせて頂きますね。砂だらけの髪もサラサラにしてみせます」
「そんなことは自分で」
「そう言わずに。リアから仕事を奪わないでください」
リアさんは優しい口調ながらも譲る気はないようだった。
ここは観念してリアさんに任せた方が良いだろう。
……ん? リア?
「えっ!? リアって、カラスのリアさんですか!?」
「気付くまで、だいぶ時間がかかりましたね」
「だってカラスが人間になるなんて。普通なら時間がかかっても信じませんよ」
「高貴な人はお忍びで町へ行く際に、魔法で髪の色を変えると言います。同じようなものです」
「同じようなものですかね!?」
髪の色だけを変えるのと、生き物の種類を変えるのは、だいぶ違う気がする。
リアさんは意外と大雑把なのだろうか。
「えっと……リアさんはカラスが本来の姿なんですか? それとも実は人間だったんですか?」
「元々はカラスなのです。森よりもさらにシリウス様の魔力の濃い城の中では、人間に変化することが出来るのです」
「へえ。魔法ってすごいんですね」
原理はよく分からないが、魔法を使えばよく分からないことが出来るらしい、ということが分かった。
「クレア様は、魔法に馴染みがないのですか?」
「大体の人はそうだと思います」
この世界に魔法が存在することは知っているが、魔法が使えるのはごく一部の選ばれた人間だけで、一般人にはあまり関係のないものだ。
魔法を見ずに一生を終える人間も大勢いる。
それなのに私は、今日一日でたくさんの魔法を目の当たりにしている。
「それよりも。ピカピカに磨き上げますので、お覚悟を」
石鹸を泡だらけにしたリアさんが、上機嫌で私の身体を磨き始めた。
「このドレスは……私が着てもいいのでしょうか」
「クレア様のために用意したドレスを、クレア様が着ないでどうするのですか」
リアさんは私にヒラヒラフワフワのドレスを着せようとしていた。私が一度は着てみたいと思っていたドレスだ。
しかし、私は知らなかった。
ドレスがこれほどに窮屈なものだということを。
「リアさん、そんなに締め付けたら苦しいです」
「ドレスは苦しいものです。お洒落は我慢、なのです」
リアさんが全力でコルセットの紐を引っ張る。
「お気に召さないようでしたら、これからはもっと楽な服を用意してもらいましょう。ですが、今日は、耐えて、ください、ませ…………ふう。終わりました!」
息も絶え絶えなリアさんが鏡を指さした。促されるまま鏡の前に立ってみる。
鏡の中には、美しい貴族のお嬢様が立っていた。
リアさんに連れられて廊下を歩いていると、大きなホールに着いた。ホールには先ほどの男が座っている。
男の前には長いテーブルがあり、豪華なご馳走が並べられている。
「見違えたではないか。次は食事をするといい」
「あの……いいんですか?」
究極の選択で、死神の所有物になることを選んだはずなのに、先程からやけに待遇が良い。
と、そこまで考えてからハッとした。
「もしかして、丸々太らせて生贄にする気ですか?」
私が言うと、一拍置いてから、ホール内にいる全員が笑い出した。
目の前の男だけではなく、ホールの端に控えていた使用人まで笑っている。
「そなたは面白いことを言うな」
「だって、こんな待遇はおかしいです」
「おかしい? 何が足りない。言うがいい」
予想外の言葉が飛んできたので、慌てて両手を振った。
「逆です。足り過ぎてるんです。これではまるでどこぞのお嬢様のような扱いではありませんか」
「それのどこが不満なのだ」
目の前の男は意味が分からないとばかりに首を傾げている。
「最近の人間はよく分からん」
この言葉には聞き覚えがあった。
倉庫で話した「死神さん」の言っていた言葉だ。
「もしかして…………あなたが、死神さん?」
私が尋ねると、男はにっかりと口の端を上げた。
「いかにも。余が死神であり、この城の主人でもある、シリウスだ」
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