第2話幽谷の影
たった一時間程度。それだけの時間で色んなことが一気に起こった。突然、『超越者』だという女が現れたと思えば、彼女を追っている敵が、こうして目の前にいる。
しかも、敵も『超越者』なのは間違いない。それも、火系統の力なのは、数分前の攻撃で明白となった。
ただ、考えてみれば、俺と彼は何の関係もない。彼が狙っているのは、俺の側にいる彼女だ。ならば、俺は関係ないと告げれば、この場から退散できるのでは。
「ねぇ、俺って関係ないと思うから、ここから離れてもいいかな?」
「いいぞ、なんて言うと思ったのか。この場にいる以上、そこの女も貴様も殺すのは決定事項だ!」
随分と、ご立腹の様子。まるで、その感情を現すかのように、体に火を纏っている。そのせいで、彼の歩いた後が焼け焦げた状態となっている。まさに、歩く火災と言ったところか。
「お前、あの男に何をしたんだ?」
「私は何もしていない。ただただアイツに狙われただけだ。『超越者』を殺しまくっている犯罪者として少しだけど名の知れた奴なんだよ」
「何で、君が標的に?」
「そんなの知らないし、知りたくもない」
つまり、彼女も厄介ごとに巻き込まれたというわけか。
そんなことを全て無視して、男は攻撃を仕掛けてきた。サッカーボールくらいの大きさの火の玉が次々に飛んでくる。
それを、彼女が張った風の壁が凌いでいく。
互いに攻撃と防御の一方的な時間が続いている。その間、俺のもとには、火の粉一つすら飛んでくることはなかった。それでも、周りに火が燃え移っているせいで、こっちにも熱が伝わってくる。
それと、この攻防の中で気になったことが一つ。
「何で、反撃しないんだ?チャンスはあったと思うが・・・・・・」
「う、うるさいわね。無理なのよ」
「は?」
「仕方ないじゃない。風を上手く操れないから、敵に攻撃が当たらないのよ」
『超越者』が力を操れない。これは、よくある話の一つだ。
だが、そうなると、彼女は敵を倒せないということ。つまり、頼りにならないのでは。
この風の壁だって、突き破られるのも時間の問題だろう。彼女だって、明らかに疲れてきている。
これ以上は無理か・・・・・・
「私が時間を稼ぐから、貴方は逃げなさい」
「俺を逃がそうとしているのか?」
「当たり前でしょ。【幽谷の影】に入ろうとしている私が、みすみす一般人を殺させるわけがないのよ」
「【幽谷の影】だと?あそこは、お前のような力を操れないような奴が入れるギルドじゃねぇんだよ!」
こうしている間にも、風の壁が薄くなってきている。
それにしても、思っていたよりも彼女は良い奴なのかもしれない。自分もピンチであるはずなのに、俺を逃がそうとすることを優先するとはな。
俺の中での、彼女に対する印象が変わった。最初は、高飛車で自分が『超越者』であることに浸っているだけの奴と思っていたが、今は違う。上手く力が使えない中でも、何とか俺を逃がそうとする姿には好感が持てる。
どうやら、俺は彼女のことを少しだけ誤解していたのかもしれない。
「おいおい、その守りも時間の問題だな」
男の言葉通り、徐々に敵の攻撃が壁を突き破ってきている。
そして、完全に風の壁が消えた。彼女は満身創痍で、その場から動くことすら困難な様子。それを敵が待ってくれるわけがない。
前から火の玉が飛んでくる。それに対して、彼女は立って両手を広げた。
当然、火の玉は彼女の体に直撃する。
何故そんなことをしたのか。それを聞くまでもないのは俺でも分かる。後ろにいる俺がいたからなのだろう。
「はぁはぁ、私が耐えられる間に逃げて!」
「馬鹿が、逃がすわけないだろ。お前を殺した後に、その男も殺してやるよ」
たしかに彼女は馬鹿だ。俺一人の為に、ここまでボロボロになるとは。
俺は、戦うことを好まない。それは殺しが出来ないわけでも、弱いからでもない。
戦うことは、落ち着いた普通の生活からは程遠くなってしまうからだ。それでも、全く戦わないこともない。
俺だって、戦う時はある。
既に、彼女はフラフラの状態。まともに立つのもやっとだろう。そんな彼女の体を支え、ゆっくりと座らせた。彼女は拒むよりも、どうしたのかといった目で俺を見ていた。それもその筈、俺は後ろで見ていただけなのだから。
俺がやること察したのか、彼女は俺の服の裾を掴んで離さなかった。
「ダメよ、貴方が戦っても死ぬだけ。私に構わず逃げなさい」
「今度は、お前が相手してくれるのか?」
服の裾を掴む彼女の手を離した。力が入らなかったのか、簡単に手は離れた。
彼女に代わって、俺が前に出る。
この敵のせいで、俺の望む生活から、少し遠退いてしまった。全ての原因は、この男。つまり、この男を消すしかない。
「出来るだけ戦いたくなかったんだけどな、殺すか」
「何を言ってるんだお前。俺の力で焼け死ね!【
さっきよりも、多くて速い火の玉が襲いかかってくる。後ろからは、逃げろと叫び続ける声が聞こえてくる。
残念なことに、彼女の心配は杞憂だ。
「全てを喰らえ【
俺の闇の力が、全ての攻撃を喰らった。敵が放った火の玉は全て消えた。その光景に敵は呆気に取られた様子。
まさか、本当にこの程度の攻撃で殺せると思っていたのか?
「あ、貴方も『超越者』だったの?」
「そ、その力、聞いたことがあるぞ。たしか、【幽谷の影】のボスが同じように闇の力を使うとか・・・・・」
彼女には多少の申し訳なさはある。それでも俺は、出来るだけ戦いたくなかった。
だが、戦うと決めたからには、容赦はしない。
俺が誰かを知った途端、相手の顔つきが変わった。それでも逃げようとはせず、さっきの倍の数と大きさの火の玉を出してきた。
俺は指先に闇を集約させて、相手と同じように玉を作った。そのサイズは、相手のものよりも何倍も小さく、数も一つだけ。それだけで充分の相手だということ。
「お前は、闇に食われたことはあるか?【
「な、何だよ、そんな小さい攻撃で、どうにか出来ると思っているのか?」
お互いに攻撃を放つ。攻撃と攻撃が、ぶつかる瞬間に、俺の攻撃が敵の攻撃を喰らった。
【黒死玉】は消えることなく、そのまま敵めがけて飛んでいく。ただ、敵も判断が早く、咄嗟に逃げた。それでも、【黒死玉】は追い続ける。
逃げながら、何度も攻撃をしているが、全て無駄。ただの火が、闇を消すなんて不可能。
そのまま突き進んでいき敵の半身を消し去った。そして敵は、その場に倒れ動かなくなる。敵の死を確認すると、俺は【黒死玉】を消した。
これで、俺の生活を邪魔する奴は消えた。彼女も無事なようだし、結果オーライとするべきだろう。
さて、また普通の生活に戻るとするか。
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