34 清麗ゆれて晴天うららか

 さざ波が頬を撫でていくかのような感覚にルーシェルは目を覚ました。

 ぼんやりと映る視界、真白いシーツの上。ほんの少しだけ開けられた窓からひんやりとした風が室内に入り込んできていた。冷たい。頬を撫でるのはこれだろうか。

 暖かなものが傍らで眠っていた。何故かうちわを手にしたままの突っ伏したようにしている猫型悪魔、くうくうと小さな寝息はあまりにも緊張感がない。肩から薄手の布がかけられていて、ああ、ここはあの待機室だかの奥に置かれたベッドだとそこでようやく気が付いた。柔らかく暖かな寝具、薄くひかれたカーテンの隙間から一筋の光が床の上に踊っていて綺麗だな、と。素直に思う。夜が明けたのだろう。

 もう一度目を閉じて、開く。瞬きは霞んだ視界をゆっくりと明白にしていく。

 霞がかったかのような視界で投げ出された自分の腕を見ていた。頭が重い。額が何故か痛むような気がする。口の中がねばついた様に乾いていて、舌先が少し痺れている。んん、と。喉の奥からべたついた呼気が漏れる。

 ベッドサイドの上に水差しが置いてあるのが見えた。

 透明なガラス製のそれは昨夜差し出されたグラス同様、細かな文様が刻まれていた。はて、グラス。確か注がれた金色の液体を飲んだような気がするが……どうだっただろう。

 のったりと身体を起こす、ずきりと酷く頭が痛んだ。万力で締め付けるかのようにぎりぎりとしている、胸の奥、腹の下が妙に重いのはなんだ。ええと、たしか、私は食事だ何だと勧められて、そして――

「おや、おはようございます」

 ふらふらする頭を押さえて水差しに手を伸ばしかけると、酷く優しい男の声が飛んできた。見ずとも解る、天使だ。ガシガシと頭を掻きむしる、昨夜丁寧に結われた黒髪はいつの間にか解かれていた。ぱさりと肩に落ちる黒髪をうっとうしく払いのけていると視界の隅でゆらりと影が動いた。男の声が聞こえた方向。

「体調はどうですか」

「貴様には、」

 関係ないだろう、と。

 言いながら声のした方へ眼をやって、……ぽかん、と。言葉は最後まで零れ落ちず、目の前に広がる光景に目をしばたかせた。なんだこれは。白昼夢か。まだ夢の中にいるのか。思わず目をこする。

 なにも置かれた状況が異常だったのではない。

 ただ、目の前にいる天使の様子が。いや待てこれは本当に現実なのか。

 男は長く綺麗な金の髪を首の後ろで一つに纏められ、金の鎖と透明な石で飾り立てられていた。着ている服も白くドレープの多いものだ、天界の天使どもが好みそうなずるずるとしたそれはしかし袖に細かなレースがふんだんにあしらわれている。一目見て女物のデザインとわかった、足元に至っては随分と長くはあったがスカートである。たっぷりと量のある布はさらさらと男の足元で軽やかに揺れていた。……異常と言えば異常か。昨夜は確かにこちらの世界の男物の衣服を着ていた筈である。

 呆気にとられ言葉もないこちらに近づいてきた男はごく自然にベッドサイドに置かれた水差しを手に取ると、実に優雅にコップへと水を注いでいた。袖口の豪奢なレースが目の前で揺れる。眼前に広がる情報を処理しきれず、どうぞとばかりに差し出されたコップを素直に受け取ってしまった。揺れる透明な水、目の前にいる男は本当にあのいけすかない熾天使なのだろうか。涼し気にいつも通りでいる男に対して未だかつてない当惑を味わっていた。

 ……似合うとか似合わないとかではなかった。

 いくら女顔でも、中世的な体格だとしても、男であるのだから女装としか言いようがない状態なのであるのにまるで違和感がないのは一体どういういことだ。これ以上ない程しっくり来ている、のは。この男にとって幸いなのか何なのか。いや待てただでさえ酒に焼かれ回らない頭は訳の分からない回転をする、幸いってなんだ。女と間違われても別段苦言を呈する事はない男だったが、ではだからと言って女物のドレスが似合う事が幸いなわけではないだろう。多分。

 まじまじと見つめると天使はなんとも居心地悪そうにゆるく微笑んだ。薄く色づく唇、いやまてうっすらではあるが化粧もされているな?

 この男が自ら進んでこのような格好をするとは思えない、であれば、例のお世話係達の作品なのだろう。あの勢いの女六人に取り囲まれたこの男が逃げられるとも思えなかった。他者からの好意は受け取るものだと常々言っていたが、その結果がこれなのだろう。

「…………嫌なら断ればいいと思うが」

「そんな、嫌だなんて、」

 言いながら天使は目が泳いでいる。

 本意ではないと言いたいのかもしれないが、されるがままこの状態でいるのだから説得力も何もなかった。部屋の中を見渡したとしても自分とリーネン、この男の三人しかいない。望んだものではないと言うのならさっさと脱いでしまえばいいと思うのだが。

「ご厚意でしょうし、無下には出来ません、し……」

 歯切れ悪く言葉を続けるがどうにも言い訳にしか聞こえない。

 言い訳、というか自身に言い聞かせているとでもいうか。

 ご厚意ねぇ。エルフ達の所業は親切心だけではないだろうに、この男も難儀なものである。基本的に受け身なのだ、向けられた他者からの感情を額面通りにしか受け取れないのだろう。その腹に何が座っているのか知りもしない、だからこそここまで突き抜けて腑抜けているのだろう。

「……ルーシェルは、昨夜の事は覚えていますか?」

 変に真剣な、笑みの薄らいだ表情で思い切り話題を変えてきやがった。

 いつかの悪筆の時と同様にこれ以上触れられたくないのだろう。強引な話題転換だったが、鈍く痛む頭ではこれ以上つついてやるだけの気力もなかった。別に、似合っていないわけではないのだ。美しく着飾られて見る者に与える儚さが増してさえいた。美しい天界の住人。汚濁を知らぬ穢れなきその身。

 グラスに注がれた水をく、と口に含む。喉を滑り落ちていく感覚、じわりと身体の中に広がっていく水はぬるく柔らかい。ふ、と零れ落ちた吐息は我ながら重く熱い。昨夜の事、だと?

「いや……」

「貴女、お酒を飲んで倒れたのですよ」

 額までぶつけて、続く男の言葉にだからか、と。痛む額を小さくさする。

 きれいな金色の液体を口に含んだことまでは覚えていた。あれは酒だったのか、舌を焼く感覚に驚いて飲み込んでしまった後の記憶が全くなかった。天使は以前結構な量を飲んでいたが、あんなものをよく飲めるものだといっそ感心すらした。木偶の棒は内臓まで鈍感らしい。

「……よく、覚えてないな」

 曖昧に告げて、水を飲み干した。

 いつかのルアードのように顔色でも悪いのだろうか、空になったグラスに男が水を再び注ぎこんでくる。もっと飲めとでもいうのだろうか、随分と甲斐甲斐しい事だ。美しく着飾っている女装した天使の酌というのは、いささか、こう、……いやなんて言えばいいんだこれ。絵面としては問題ないかもしれないが字面が最悪だ。

 細かな装飾が施されたグラスの中で揺れる透明な水。

 頭痛はするものの不思議と身体は軽かった。

 ――そういえば、夢を見なかったな。

 グラスの中で揺れる水を眺めながら、ふと気づいた。

 酒によるものなのか、それともこの屋敷全体に張られた厳重な封魔の術によるものなのかは判別がつかなかった。毎夜訪れるありとあらゆる方法で殺される夢。怨嗟。許さないと詰る声。魂にすら刻まれた闇色の世界はしかしついぞ現れなかったのだ。

 再びグラスに口をつける。ぬるい水が唇を濡らして柔らかくほどける。

 忘れる事など許さないと繰り返し繰り返し夢の中で怨ずる声、止むことのない糾弾。憎悪、咎は消えず厭悪は鳴りやまない。罪と罰。罪人は白日のもとに裁かれなければならない。

 ほう、と口から吐息が漏れる。

 夢を見なかったからと言ってすべてがなかった事になるわけではない。未来永劫続く贖罪、汚濁に満ちたこの身に、両手に、膺懲の剣を振るうのはこの天使なのだろうと思う。目の前の男の恰好に気が動転していたが、天界からやがて迎えが来るのだ。連絡がついたのだと言っていた、恐らくもう幾ばくも無い。

 とんとん、と。ふいに扉を叩く音がして顔を上げる。

 天使がどうぞと返事を返せば回るドアノブ。

「おはよー、ルーシェルさん大丈夫?」

 昨夜は大変だったねぇと言いながら入って来たルアードが、こちらを見た瞬間びしりと動きを止めた。傍らにはそそと付き添う例のお世話係が二人、しんと静まり返ってまるで永遠にも近い一拍が横たわった後。

「わーッわーびっくりしたヨシュアさんだ!」

 悲鳴のような声を上げたルアードに、天使がびくりと肩を震わせた。

 旅装束から着替えたらしいルアードはエルフ特有の衣服なのか、機動性を重視したものではなく随分とゆったりとしたものを着ている。当然スカートではなく裾の長いズボンで――天使の現在の姿はもしかしたらエルフの伝統的な衣装なのかという一抹の希望も露と消えたわけである。普段あまり崩れる事のない天使の穏やかな表情が明らかに顔色を失っていた。

「え、なにこれどうしたの!? べらぼうに似合うんだけど!? てかこれ女物じゃ……」

「力作でございます」

「なにしてんの!?」

 胸を張って誇らしげにさえ見えるメイドにルアードが思い切り声を張り上げる。

「もちろんルーシェルさまの分もご用意しております~」

「いやちょ、……ねぇほんと何してくれてんの!?」

「お美しい方々ですもの~」

「光と闇のようなお二人ですもの、対にせねばメイドの名が廃ります」

「メイドってなんだっけ!」

「メイドたるもの主人の好みを把握し実行せねばなりません」

「俺そんなこと頼んでないよね!!?」

 頭を抱えて右往左往するルアードに、傍らにいたロージーともう一人とが満面の笑みでいる。それはもうやり切った職人の表情だ、対して天使など浮かべた笑みから色を無くしてさえいる。実に愉快な状況ではあるが自分の分の衣装も用意してあるらしい。天使のようにきらきらと着飾らされるのは全くもって御免こうむる。

「ヨシュアさんも抵抗しなきゃダメでしょ!」

「望まれたのであれば……わ、私は、拒否など、」

「そんな生まれたての小鹿みたい震えて何言ってんのさ!」

 ただでさえ痛む頭に、ルアードの大声が響きまくる。

 耳まで真っ赤にして俯く天使は女神のように儚かったが、まるで違和感がない事こそが問題なのだろう。喋りさえしなければ男とわからない、所作も美しく不快ではない。それでも流石に抵抗はあるのかふるふると小刻みに震えていた。最早半泣きである。

「おい何を騒いでいる、ハヤトの所にいくんじゃ」

 突然ばんと開く扉、見ればオリビアがそこには立っていた。いつまでも動きのないこちらに業でも煮やしたか、何をしているんだと言わんばかりの呆れた表情の女傑だったが、はた、と。天使を見て動きを止めた。これで三人が三人とも天使の姿を見て硬直したことになる。何をやっているのだと笑い飛ばすことが出来ないほど違和感のない姿、いっそ場違いな程きらびやかに着飾った男を呆気にとられたように見ているのだ。

 見つめ合う二人、互いに呆然としている。

 おず、と。

 天使が片手をあげた。

「あの、やっぱり着替えても良いでしょうか……?」

 ここまで顔色を悪くしている天使なぞ、未だかつて見た事がなかった。


   ※


「この度は誠に申し訳ありませんでした……」

 屋敷を後にした道すがら、幾度目になるかわからない謝罪をルアードは天使に繰り返していた。

 部下の不始末は主人の不始末である、天使を着飾るよう指示したわけではないのだろうが結果が全てである。まあ、まさか着替えを用意するよう伝えた結果あのような事になるとは流石に想定できないだろうが。随分と自由なメイド達である。

「いやね! 眼福ではあったのだけどもね!」

 余計な一言を力いっぱい里長の孫は言い放つ。

 全部が台無しではないだろうか。

「いえ……」

 側を歩く天使もごく普通のエルフ達の普段着だと言う服に着替えていた。化粧も落としていつも通りの姿に戻ったのだが、まるでこの世の終わりのような沈痛な面持ちであった。多分、本当に着せ替え人形のように扱われるのに抵抗はなかったのだろうと思う。常々自分の事を与える者だと口にする男の事だ、望まれるならばときっと安請け合いでもしたのだろうが……それにしたって限度がある。あの天使のきらびやかさから見ても絶対途中から悪ノリを始めたに違いない。

 好意を蔑ろにしないらしい奴だったが流石に女物の衣服で外を出歩く程厚顔ではないらしい、似合っているのだがなあとからかってやるつもりだったが、メイドたちの矛先がこちらに向きかねないので黙っていた。着飾るのは別にそこまで嫌いじゃないが、見ている限り問答無用である。彼女らの玩具になるのはまっぴらだった。あのまま残っていたら何をされるか分かった物じゃない、別に自分達と同じ境遇の子供なんぞに興味はなかったが着せ替え人形にされるのはごめんだ。

「配下の指導はちゃんとしとくべきだと思うが」

「返す言葉もございません」

 こちらの言葉にルアードは平身低頭で唸るように。

 事態を把握したオリビアにこれでもかと叱られたルアードと例のメイド二人、俺関係ないじゃん、というルアードの言葉も空しくこちらが着替えを済ませる間中怒号が響いていた。いつもすかした表情の天使がいたたまれなさそうにしている、その様子はまるで叱られた犬のようだった。毛並みの良い大型犬。

 大型犬という表現に、我ながらなんだかしっくり来た。従順なようでいて妙な所で頑固な所も、甲斐甲斐しく世話を焼く所も。金の毛皮もやわらかな穏やかな獣。

 ざわ、と吹き抜ける風が男の長い金の髪を揺らして視界に踊った。

 金糸のようなやわらかなそれが陽の光の中でふわりと揺れ、淡い空色の瞳に酷く映える。ごてごてと着飾らなくても、この男はそのままで十分――

「どうかしましたか?」

 こちらへと振り返った天使とばちりと目が合う。

 しょげかえった大型犬だったが、ふわ、と。何故か笑った。多分見慣れているからだろうと思う、違和感のないその姿にどこか安堵している自分がいた。なんでもない、告げるとそうですか、と男は不思議そうにしつつも素直に聞き入れていた。

 お世話係もといメイドだと言う女達の用意した服を悉く却下した結果、今はごくありふれた格好に落ち着いていた。服が駄目ならせめて御髪を! とごねにごねられた結果、いつも降ろしている長い黒髪はこれでもかといわんばかりに梳き上げられ、香油を揉み込まれた挙句一部を編みこまれていた。飾りだと言って髪につけられた銀色の装身具がしゃらしゃらと揺れる度に音が鳴る。不快ではないものの、妙に落ち着かない。彼女らのあの熱量は一体どこから来るのか。

「ルーシェルさんは身体大丈夫?」

 道案内として先を行くルアードがこちらを振り替えながら問う。

「別に、」

 酷い頭痛は二日酔いだという、初めての感覚ではあったが時間の経過と共に段々と治まってきていた。陽の光も羽織ってきたコートのフードを被るほどではなかった。着実に陽の光にも溢れかえる植物の気配にも慣れてきている。ぐるりと里全体を覆う結界は外部からの接触を断つ為だろう、不可思議に干渉してきてそこだけは妙に落ち着かなかったが多分、昨日のような醜態は晒さない。酒も飲まないでおこう、味の良し悪しを知る前に昏倒していては身が持たない。

 自分達のいた里長の館から出て石畳の上を歩く。

 すれ違うエルフ達、緑も多く賑やかだ。

 肩の上でリーネンが猫の姿になってうつらうつらしていた。どうやら昨夜寝込んでしまったこちらを一晩中うちわで仰いでいたらしい。忠臣ではありませんかと言う天使の賞賛は素直には受け取れなかったが、それでもまあ、弱いなりに頑張っていると思う。

 部屋の中に放って置くことが出来ず、こうしてほぼ無理やり連れて来ていた。寝不足でふらふらしている使い魔をあの部屋に残しておいたら一体どんな姿にされているのか。考えただけでも背筋が寒くなった。着飾ったリーネンは確かに可愛らしいかもしれないが、自分の使い魔を他人にどうこうされるのは我慢ならなかった。

 ほう、と。零れ落ちる重苦しい吐息。

 暖かな日差しはきつくはあったが、森の木々がいい具合に日除けになっていた。なんやかやと言い合いながら屋敷から随分と歩いたような気がする、例の子供は少し離れた所に住んでいるのだとルアードは言っていた。

「ハヤトさんてどんな方なのですか?」

 道すがら、天使が問う。

 自分達と同じように異世界からやって来たと言う子供。

「えっとねぇ、黒髪黒目の兄と妹でね。妹の方がアズサっていうんだ。ハヤトはしっかり者だけどアズサはかわいい子でねぇ」

「兄妹、ですか」

「そうそう、何だっけ、コウクウキ事故にあって、気が付いたら森の中にいたって言ってたな」

 コウクウキ――航空機?

 ちら、と天使を見やれば男の方もこちらに視線を向けていた。元居た世界の人間達が扱う道具。翼のない人間達が空を飛ぶ為に開発した鋼鉄の乗り物の事だろうか。

「当然言葉が通じなくって、言語変換の術で会話を試みるんだけどまあ怯えちゃって。二人硬く抱き合ってガタガタ震えてたのが凄くこう、胸に来るっていうか」

 さわ、と風が吹く。

 さんざめく木々、屋敷を中心にぐるりと建てられた家々から離れ里の奥へと進んでいく。歩くたびにコツコツと音を立てる石畳、見上げる程に背の高い木々が曲がりくねった道の周囲に聳え立ち、木漏れ日と影とを揺らしている。

「まあほっとけないよねぇ。その時アズサが八歳、ハヤトが十二って言っててね。今からえーと、八年前だったっけ、六年くらいアーネストと一緒に育ったんだよ」

 ぐーっと両腕を空に向かって伸ばしながらルアードは懐かしむかのように口にする。

 竜人に襲われた村の生き残りの人間、異世界からやって来たと言う兄と妹。

 そうしてやって来た自分達。なんだろう、アーネストはともかくこの辺りはそういったもの集まりやすい場でもあるのだろうか。イーサンやオリビアが頭を抱えるのも解る、まるで託児所だ。

 ――放り出せないあたり、彼らもまた善人なのだろう。

 人間と揉めたと言うエルフ達がアーネストを受け入れるまでの過程、その後やって来た言葉の通じない兄妹。里に突然やって来た側もほとほと参ったに違いない。自分達と同じであれば意味も解らずこの世界に放り出されたのだろう、航空機事故の被害者となれば恐慌状態になっていても不思議ではない。

「アーネストはあんなんだけど三人とも年も近くて仲いいんだ。オリビアが面倒見てくれてさ、ハヤトもアズサもアタック要因じゃなくてコツコツやるタイプ? 今は里のはずれで焼き菓子作ったり魔石の加工業なんかやってるよ」

 相当な苦労もあっただろうに、事も無げにルアードは笑っている。

 死ぬほどお人よしだと言っていたのはアーネストだったか。ルアードに対して随分と当たりが強いようだったが、多分信頼していることの裏返しなのだろう。

「…………彼らは、ここで生計を立てているのですか?」

「俺達も色々調べたけど帰る術は見つけてやれなかったし、何より二人が帰らないって判断したからね」

 驚いたような天使の問いに、ルアードは静かに答えていた。

「さて、そろそろ見えてくるかなー」

 前方へ視線をやると、開けた場所が見えてくる。緩やかな坂道を下って上った先、見上げる程の巨木に囲まれた赤い屋根の家がそこにはあった。

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