24 碧落の森の中で - 3 -
抵抗虚しく座らされたテーブル席、人数分並べられている皿。
小屋の中にでも置いてあったのか、およそ旅人には似つかわしくない陶器で作られた皿がテーブルの上に乗せられていた。脇を飾る銀色のフォークとスプーン、白い皿の中で料理がほかほかと湯気を立てている。見るからに柔らかいであろう肉と、いくつかの野菜と香草だろうか。独特の香りのする葉が入ったやや黄色がかったスープだった。表面に浮かぶ小さな油がゆるく光を反射している。中央には大きめのやはり陶器の白い皿、その上には程よく焦げ目のついた肉の塊が乗っていた。こちらも独特の香りがする、食べやすいようにだろう、小さく切り分けられている。
「あとこれはレバーのコンフィ。ちょっとクセがあるけど、ともかく体力回復には食べる事だよ」
レバーは肝臓のこと、血を作る臓器だから貧血にはいいのだと、ルアードは小皿に乗った浅黒い何かをこちらへと差し出していた。どうでも食べる事は回避できないらしく、うんざりする。
「コンフィ、とは?」
「語源は保存って意味らしいね、油の中でゆっくりと低温加熱したものってとこかな」
保存食であることを付け加えるルアードに、天使が物珍しそうに皿の上の臓器を見ていた。
「内臓も食べるのですね」
「血抜きとかまあ面倒だったりもするけど、栄養価は高いからねぇ」
言いながらルアードはスープに口をつける、普段の言動からは想像できないくらい綺麗な動きだ。その隣でアーネストはばくばくと焼かれた肉とスープとを食べていた。見苦しい訳では無いが豪快な食べ方。保存食らしい硬いパンも、焚かれ続ける暖炉でこんがりと焼かれて皿の上に積まれている。どうぞとにこやかなルアードに言われ、おっかなびっくりしながら天使もスプーンで汁を掬って口へと運んでいた。熱さか、味か、青い瞳がくるくると色を変えている。
「……天使が肉を食っていいのか」
目の前に置かれた皿に手を付ける気にもなれず、三者三様の食べ方を肘をついて眺めながら口にする。元々食事は必要のない我々である。なんだ、赤ワインとか、パンがどうとか、信仰心の強い人間がそんな事を言っていたような気がしたが。
「禁止はされていない、と……思います」
小さな口で四苦八苦しながら食べ慣れない肉を咀嚼していた男が、ようやっと飲み込んだのだろう。僅かな間の後にえっと、と。口元に手をやりながらしかし曖昧な答え。断定しないのか。
「人の子らの間では戒律として禁止されている飲食物は確かにありますが……、〝口に入る物は人を汚しません。口から出るもの、それが人を汚すのです〟」
淡々と紡がれる男の言葉にぞわりと総毛だった。
全身を襲う悪寒にも似た嫌な音。いわゆる神の言葉だ、きん、と耳鳴りがする。
「口から出てくる言葉は心から出てくるものです。それが人を汚します。悪意や殺意、盗みや偽証、罵り、そのようなものは心から出てくるのです」
なるほどわからん。
両手で耳を押さえてもなんとなく聞こえてくる男の声を呪いながら、こじつけじゃないかと。そんな事を思う。人を傷付ける悪口は口にした自身を汚すが、食事はそうではないからから構わないという事らしい。
「それがヨシュアさんとこの教え?」
「教えの一つ、ですかね」
ルアードが食べる手を止めないまま問い、天使がそれに応える。一度に多くは食べられないのだろう、少しずつではあるが食事を進めている。その違和感と不気味さ。我々は人ではないのだから人の真似事などしたところで意味があるとも思えない。
「あえて食う必要もなさそうだがな」
「ご好意を無下には出来ません。それに、美味しいですよ」
溜息交じりに嫌みを告げるがどこ吹く風である。無駄すら気にしないのか。美味しいとにこにこしている男、緩く溶ける青い瞳がまあガラスのように綺麗に透明である。
ああ、そういえばこいつ酒も飲んでいたな……
どうも勧められると拒否する事が出来ないらしい。実に主体性のない奴らしい、あの時も、と。宿屋にいた時のことを思い出して、芋蔓式に祝言がどうとかの話まで引きずり出してしまって頭を抱える。……一体何をしているのだろう、天敵たる天使と共に行動しあまつさえ祝言だ何だともてはやされ、下級悪魔に殺されかけたと思えば天使に治療され膝の上で夜を過ごした。らしい。覚えていないのが唯一の救いか。
こんな筈ではなかった。
こんな事になるのであれば天界を襲撃などしなかった。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ、だが一体誰が殺す事も殺される事もなく全くの異世界へとやって来るなどという荒唐無稽さを想像できただろう。元の世界に戻る為、再び殺し合う為の暫定的な時間。長い生の中での瞬きのような刹那である。溜息のような時間でしかないと言うのに、未だかつてこれほど心乱される事があっただろうか。しかもほぼ連日ときた。
「あーんしてあげよっか?」
「やめろうるさい寄るな近寄るな」
こちらが一向に食べ始めないからだろう、ルアードのはしゃいだ声に全力で拒否する。食べさせてあげるのもやぶさかではないと言わんばかりのその表情にいっそ頭痛すらしてきた。どうやら安息の地はないらしい。
一際長く重く溜息を吐いてスプーンを手に取る。
ほんの少しだけスープを口に運ぶのを、ルアードと天使がじっと見ているが無視を決め込む。……じわりと口内に広がるのは命の味だと思った、美味いか不味いかはわからないから余計にそう感じるのかもしれない。生きていた筈の生物は皮を剥がれ細切れにされ煮込まれている。骨ごとぶつ切りにされたそれが、皿の中でゆらゆらと存在を主張する。夢の中の血の海と重なるのを自分でも意識しないよう、ぐるりと大きくスープをかき混ぜた。揺れる水面。
人は食べなければ生命活動を維持できない。
食物連鎖、命の循環。そこから外れた自分達が生きていたものを口にする醜悪さよ。
――竜人は。
我々と同じように『食事を必要としない』種族だろうか。
それとも、人間と同じように『食べなければ死ぬ』種族だろうか。
後者の場合、この人間達はどうするのだろう。
「どうかな、アーネストが獲ってきてくれたんだ。ウサギなんて小さいのに罠も仕掛けずよくやるよねぇ」
こんがりと焼かれたパンをむしりながら、ルアードはのんびりと口にした。にこにこと美味しい? と聞かれても答えようがない、けれど。命を食べる、食べると決めたのなら最後まで喰らいつくすべきだろう。どうであれ口をつけてしまった、気取られぬようもう一度スプーンを皿に沈める。透明なそれは美しくも儚く。
「……褒めてないだろそれ」
アーネストが相変わらずよく食べながらじろりとルアードを睨んでいる。
小さなウサギを捕獲するにはそこそこ労力が必要そうではあった。異世界とは言えども似たような生き物がいるらしい、生態は定かではないが皿の中の骨を見る限りでは小柄のようだ。
……ごく自然に人間達と食事をしている天使は、生あるものを口にするという事をどう考えているのだろうかとも思ったが。聞いたところでまたろくな言葉が返ってきそうにもないので黙っていることにする。ただ、見ている限りとても丁寧に食べているようには見えた。
「そんなことないって、お前全部ウサギの首刎ね飛ばしてるじゃん。血抜きが楽でいいけど相変わらずやべぇ剣技してるよなって」
「褒めてない」
むっとしつつも食事の手を止めないアーネストに、褒めてる褒めてるとルアードは笑っている。
「この小さな生き物の首を、ですか?」
二人のやり取りを見ていた天使が目を丸くしていた。そこには純粋な賛美が宿っていて、うっと。アーネストがわずかに身を引いた。……面倒臭いやつだ、素直に褒められるとそれはそれで気恥ずかしいらしい。
「まあ――、その、……お前は、剣の指南は誰かから受けたのか?」
話題を変えたくなったのか、珍しくアーネストが話を振っている。
普段から口数の少ない何を考えているのか解らない男だったが、それなりに天使に対して興味はあるらしかった。私ですか、食べる事に慣れていない天使の受け答えは口に含んだものを飲み込んでからなのだろう、一拍の間、ワンテンポ遅れる。
「そうですね、師匠から一通り」
「師匠……強いのか?」
「ええ、とても」
ふわふわと笑みを浮かべながら、どういうわけだが話は鍛錬の方に転がっていったらしい。
「基礎体力は元より足腰の強化、重心の取り方を徹底されました」
「……やはり体幹か」
「身体がぶれるとどうしても次への動作が遅れますからねぇ」
懐かしいです、天使は笑う。
「私も随分と師匠に吹き飛ばされていたものです」
霊力の指導とは別に、徹底的に体一つで戦えるよう剣技を叩きこまれた事。腕の振り、呼吸の仕方、体重移動。踏み込み方、相手の力をいなすやり方、撃ち合うよりも刃を流すやり方を教えられた事を天使はとつとつと語る。その生の大半を修練に費やす天使らしいと言えばらしいが、思っていた以上に努力と鍛錬由来なことに驚いた。天使とはもっと、こう、スマートなものだと思っていたのだが。
天使のスープは皿の半分にまで減っていた。丁寧に、ゆっくりと食べるその様を眺めつつ自分の分も食べ進める事にする。食事を勧められることも、拒否を貫くこともいい加減辟易としていた。相変わらず味の良し悪しは解らない。
「俺は、子供の頃親父から習ったな」
ぽつんと。
静かに天使の言葉を聞いていたアーネストが口にする。
「ただ本当に基礎だけだったから、そこからはまあ………自己流だな。やってみて効果的だったのを精査していったみたいな」
「いっつも死にかけてたよなお前、勝手に村抜け出すわ探しだしたら血まみれだわ」
困ったように笑うルアードに、思い出しながらだろう、ゆっくりと話していたアーネストは途端にむっとしたように眉を寄せる。
「……助けて欲しいなんて言ってない」
「おやまあ、俺結構甲斐甲斐しく面倒見てきたのにこの言い草ですよ」
「勝手にほざいてろ」
「んまあ何て言い草なんでしょ!」
「お前何でほんと時折女言葉になるんだ……」
相変わらずやかましい二人を眺めながら、仲がよろしいのですねぇと天使は天使で明後日の感想を述べている。嫌味にしか聞こえないのに表情を見ている限り、どうも本気で言ってるらしいことが解る分たちが悪い。相変わらず上っ面ばかりを見ている空っぽの人形だ。
「ルアードさんはどうでしたか?」
ふわふわと相変わらず笑みを浮かべる天使は、可愛かったのにだの、心配してたんだからとか、相変わらずアーネストを逆なでする事ばかり口にするルアードに問う。
「ん、俺?」
問われた男はアーネストにうっとうしいと押しのけられながらも、まるでへこたれた様子もなくきょとりと目をしばたかせていた。
「そうねぇ。エルフはあんまり剣とか使わないからな、弓の方が手に馴染むし魔法も習うし」
魔法、と小さく天使が呟く。
「こちらの術はどのように学ぶのでしょう、系統などあるのですか?」
なんだか火をつけたらしかった。
……先日のように構築式だのなんだの問い詰めらるのはごめんである。ころころと転がっていく男どもの会話を半分聞き流しながら、ノルマと言わんばかりによそわれた皿の中身と格闘することに注力する。
「えーっと。大雑把に攻撃系と回復系、補助系と分かれてるけど俺等エルフが使うのはあくまで自然の力を借りるというか……無から有は生み出せないんだよね。借り物の力であって、威力は術者の魔力の量によるんだ」
俺の場合宝石が持つ力を魔力で増幅しながら引き出してるに過ぎないんだと、そう言いながらルアードは腰に付けている小袋からいくつか石を取り出した。ころりとテーブルの上に転がす色とりどりの宝石は大小様々で、きらきらと光を受けて輝いている。こうやって見ると、魔石と宝石の違いは一見解らないように見える。
「俺の使う宝石と魔石の違いは、魔石は宝石と違い常時魔法を帯電してる状態っていうこと。ちなみに石の価値はそこらに転がってる魔石より宝石の方が断然上だよ。まず輝きが違うからね、ぱっと見同じようでも性質からして別物だし」
言いながらルアードは回収した魔石を入れている袋からも石を取り出していた。宝石と違い美しく研磨されていない状態だが、ころん、とテーブルの上に乗せられたそれはそこそこの大きさと輝きを持っている。言われてみれば確かに石を中心に緩やかに立ち昇る力の流れ。
興味深そうにカットされ光を反射する宝石と、形こそ整ってはいないもののガラスの塊のような魔石とを天使が見比べていた。
「常時発動状態の魔石を制御するのが所謂増幅装置。ま、ご覧の通り魔石は生活の必需品なんだ。俺も魔法は使えるけど道具として便利でねぇ。魔石獲得の為に冒険者はごまんといる」
魔石を冒険者がメインに収集、石は魔力を帯びているがそれを魔力のない人間はそのままでは扱えない為加工が必要となる。加工師が魔具を作り、市場に出回る。どの街にもたいてい魔石の換金所がある事、レートが存在する事をルアードはかいつまんで説明する。前回も『魔』を倒し回収した魔石を換金して金にしたと言っていた、そうして必需品を買い込んだり宿代にするらしい。魔石は色ごとに宿る魔力が違うという、需要に応じて所謂買取金額も日々変わるようだ。
一通り説明をして、ふう、とルアードは一息つく。皿と一緒に添えられたコップから一口水を飲んで、小さく笑みをこぼした。
「……魔力は恐らく血に宿るんだと思う。人間が魔法を使えないのはきっと、俺達が寿命の長さと共に獲得したものだから」
そういう意味じゃルーシェルさんと同じだねぇ。
手にしたコップをゆるく揺らしながら、ルアードは続ける。
「人間の平均寿命がだいたい百年程度、エルフが約三百年。竜人ははっきりとはわからないものの、多分俺達よりもずっと長生きだ。あいつらが馬鹿みたいな魔力を持ってるのもそれだとすると納得できる」
暖炉の炎がぱちぱちと爆ぜる。
火を熾すにも赤い魔石が使われていた、水を浄化する青い魔石、火を熾す赤い魔石、光を発する黄色い魔石。それらすべて、竜人の呪いによって生まれた『魔』が再結晶化したものだ。ごく当たり前に使われる道具。命であったもの。砕かれたものはどこに行くのだろうな。
「本当、何があったんだろうなあ。アウヴィの口伝、竜人の王を倒したと言われる英雄。記録としては残っているものの、俺らエルフも当時を知っている奴は既にいないし都合の悪い事は残されないことの方が多い」
「改竄の可能性があるのですか」
「全面的に信じるのはどうかってこと。ヨシュアさんもさっき言ってたでしょ、焼失でもあったのかもね」
天使の言葉にルアードはまあよくあることだよね、と続ける。生命には限りがある。当時を知る者も限られる。記録は残るとしても埋もれていく、喪失だってありうる。不都合な事は代を重ねるごとに少しずつ書き換えられていくのだろう。
滅んだと言われている奴らの生き残りがいる事。
襲われる村や人間が確かにいる事。
表舞台には出てこないものの、確実に存在しているのに滅んだ事にされている。
「……でしたら。なおのこと何故滅ぼされたと伝わるのか解りませんね。英雄は魔法の使えない人間だったのでしょう?」
竜人の王は一人の人間の男によって討たれた。
そうして竜人は滅び、人間の世界になったのだと以前言っていた事を天使が言及する。
「んー、協力者がいたのかもしれないし、そもそも人間じゃなかったのかもしれない。竜人との混血だったらただの人間より可能性は上がるけど、エルフじゃないとも言い切れない。そもそも、もしかしたら竜人側に何か制約があるのかもしれないなあ。こればっかりはわかんないや」
言いながら、ルアードは弄んでいたコップをテーブルの上に置き直す。そうしてぐーっと背をのけぞらせて伸びをする。結局、はっきりとしたことは何も解らないということだ。解らないことをこねくり回して推論を重ねたとて意味があるとも思えない。
ことりと手にしていたスプーンをテーブルの上に置く、食べろと言われた量は何とか腹に納めていた。
「私が竜人なら、……手っ取り早く『食料』を『収穫』する為に『管理』するだろうな」
スープで濡れた唇を指の先で拭いながらぽつりと呟く。
自治権など与えず、文明の構築を阻害し箱の中で飼い殺しにする。家畜のような扱いをすれば反抗される危険もない。あえてそれをしなかったのか、出来なかったのか。……なんとなく前者のような気がする。小さな虫が反逆するなど毛ほども思わぬのと同じだ、自治権を与えたのはひとえに面倒だったからではと。人間は短命だ、恐らく気にもしなかったのではないか。いずれ死ぬのだからと放置していた。その結果がこれである。
「……喰われる側からするといい気がするものじゃないな」
アーネストが実に不快そうに零す。
改めて考えれば、今この場にいる人間は彼一人だ。まずいと竜人に喰われないエルフと異世界からの天使と悪魔。つくづく妙な面子である。……我々も竜人の捕食対象に成り得るのだろうか。あの時の、フードを被った男どもはこちらが人間ではないことを認識していたようだったが。
「でもまあ効率を考えるとそうするよねぇ、どうもルーシェルさん達みたいに全く食べなくても平気なわけじゃなさそうだし」
安閑としたルアードの声。
それはつまり、『食べなければ死ぬ』種族だ。危険を冒してまで人を襲う必要があるという事だ。王を失い、同胞を数多失い、危険を冒してでも捕食を続けるのは種の保存の為だろう。人々の生活に根差すほどの魔石、流れた竜人の血による呪い。一体如何程の血が流れたのか。
記録は曖昧で何が正しいのか最早誰も知らないのかもしれない。
何があったのか知る術は最早失われたのかもしれない。
つくづく、厄介な場所にやって来たものだ。魔界にいた時と同じ状態であるなら恐らく何の問題のなかった事ではあるが、今、その竜人とやらと相対した場合の想定がまるで出来ない。多少の霊術は使えるようにはなったが、それでも万能ではない。むざむざと喰われてやる気はない、傍にいる天使にも気が抜けない。エルフの里に行くと言ってたが、その後どうするべきか現時点で何の目途もない。
――元の世界に戻る為の情報収集は必要、か。
そんな事を考えながらテーブルの上に片肘をつく。食事中にする話題ではない自覚はあったのか、視線の先の男どもはさらに会話を転がしていた。穏やかに紡がれる言葉、今度はこの世界の料理についての話を始めたらしい。ルアードは良くしゃべる奴だったが、天使もおしゃべり好きだとは知らなかった。言葉を交わしながらふわふわと笑っている、相変わらず何を考えてるのかよく解らない男。
――この男と、共に元の世界に戻る方法を探る。
この世界で絶大な力を持つと言う竜人との接触も視野に入れるべきなのかもしれない。いや……天使との対決は望むものだがそこまでして魔界に戻る必要があるのだろうかとも思う。現に襲撃を受けた、あちらはこちらを殺すように動いている。事情を知っていたであろう悪魔は、指示を出したであろう相手に簡単に潰されてしまった。来られるという事は戻れるという事だ、転移霊術の類なら術者が他にもいる筈だ。恐らくまた同じように刺客が来るのだろう、魔界に戻り霊力が戻れば自分に手を出せる存在はいない。なればこそ、この世界で始末をつけるつもりだ。きっと私が死ぬまで続く、いつ何時やって来るのか解らぬのものをひたすら相手にするのは少し――少し。
「…………つかれるな、」
ほつりと。
零れた言葉にはっとする。一際大きく弾けた暖炉の薪の音にかき消される。他の二人は気付いた様子などないのに、ふ、と。天使がこちらを見た。耳聡い奴。
「どうかしましたか」
それでも何を言ったかまでは聞き取れなかったらしい。こちらを気遣うようなそれだが腹の底で一体何を考えているのやら。
柔らかな声。温かな表情。晴れ渡った空の色。
天使も私をきっと殺すと言う。この状況に持ち込んだ私に対し天界側も黙ってはいるまい。報復はあるだろう、見事に四面楚歌である。く、と。口の端が歪むのは自嘲か嘲りか。
「なんでもない」
がたりとわざと音を立てて立ち上がる。
自身に集まる視線が不快だ。
「……いい加減気持ち悪い。水を浴びてくる」
暗に追って来るなと告げて、足早に部屋を出た。
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